第38話 救助作業

【1】

「ルーク伯父上、下山させなかったのは適切な判断だったと思いますよ。下山していたら命の危険が有ったと思います」

「セイラさんがすぐに駆けつけてくれたことの方が大きい。…とっ言うと思ったか! あと半刻遅かったら日が沈んでいたんだ。夜道は遭難の危険すらあるんだぞ。あんたに何かあったらレイラ様やオスカー様に顔向けが出来ん。あんたを巻き込んだのはカマンベール子爵家の責任だ。だから…あんたがカマンベール子爵家やカンボゾーラ子爵家にさえも義理立てする必要は無いんだ。…ありがとう。俺の命令で死なせかけたオトマールを救ってくれて。感謝する」


 ルークは麻疹事件の事で負い目を感じている様だ。けれどこれは私の暴走が招いた結果で、父ちゃんやお母様に辛い思いをさせたのも全て私の責任だ。

 お母様の故郷を守る事は私の責務だと思っている。ルークが負い目に感じる事など微塵も無いのだ。


「ノルマン副団長。少々軽率だったのではないか。セイラお嬢様の無鉄砲を考えると家臣としてはここは止めるべきだったな」

「面目ない。麓で事情を聴いて自分も少々焦っていた様だ。セイラお嬢様を同行するべきでは無かったな。反省しているヴァランセ団長殿」

「私はみんなからどんな風に見られているのかしら…」

「俺は命を救ってくれた聖女様だと思っているぜ。誰が何と言おうとな」

 オトマールそう言いながら温めた羊乳を飲んだ。


「ところでルーク伯父上。坑道の様子はどうなっているのですか?」

「調査員の話を聞く限りではかなり悪い。いつ毒の空気が噴出してもおかしくないそうだ。それに水が噴き出す可能性もあるらしい。そうなれば中の文官は見捨てろと言われている」

「正論ね。迂闊に救助に向かうと二次災害発生は確実ですものね」

「へえー。セイラお嬢様なら真っ先に突っ込んで行くと思ったがね」

「団長。そこはわきまえてるわ。みんなにここまで言われてそんな馬鹿な行動はとりませんよ。それより副団長、例の物を早速試してみてわ」


 私の言葉にノルマン副団長が思い出したようで盛って来た荷をほどき始めた。

「マイケルが用意してくれた手回し式のふいごよ。これで坑道内に風魔法士が居なくても風を送れるわ」

 要するに箱形の送風機である。木綿のジャバラダクトと組み合わせて坑道の奥まで風を送る事が出来る。

 風魔法の様に一人に負担をかける事無く交代でハンドルを回す事で連続作業も可能だ。

 何より坑道の外から操作できるので安全性が高い。


「ヨシ! 早速設置してくれ。それからセイラ殿は飯を食ったら直ぐに暖かくして寝てくれ。文官が救出されたら治療の必要が出てくるだろうからな」

 ルークが作業の指示を出す。

「それじゃあ男共は飯を食ったら三人一組で交代で作業にかかるぞ。作業にかからないものは仮眠を取れ。鐘一つ置きに交代で日の出までには救出の目途をつけたいからな」


【2】

 私が目を覚ました時周りは漆黒の闇の中だった。

 治癒治療で疲れていたこともありルークに言われるまま食後すぐに眠ってしまったのだが、到着したのが夕暮れで治療が終わって眠りについたのは夏ならまだ日の沈みきっていない時間帯だった。

 そのおかげで夜中に目が醒めたようだ。


 宿舎代わりの坑道から這い出すと焚き火の明かりの向こうで調査員たちが救出作業に当たっているのが見えた。

 私は鍋に雪をたっぷり入れるとそれを焚き火にかけて湯を沸かす。

 湯が沸き始めると茶葉を放り込んでしばらく煮立たせてから銅のマグカップに入れる。

 片手に二つんだずつ四つのマグカップを持って救助作業中の坑道へゆく。


「調査員さん、少し休憩しませんか?」

「おおありがたい。おーい、二人共お嬢様が茶を入れてくれたぞ。休憩にしようか」

 その声に行動内から残ってくれていた作業員と次席武官が出てきた。

「中の様子は、中の文官はどんな様子なんですか?」


「今は眠っているようだ。少し前まで喚いていたが疲れたんだろうな」

「向こうからも掘ったりとかしてないんですか?」

「助けてもらうのが当たり前のように思っているようだな。罵倒と不満ばかり叫び続けている。まあ我が領もだがどこでもの貴族家やその家臣連中は似たようなものだろう」

 次席武官の言葉に曖昧に相槌を打つにとどまった。私はそんな貴族もそうでない貴族も沢山見てきたから。


「まあ余計な事をしないだけマシと思わなければやってられませんね」

「そうは言うが旦那、こっちは助けようと必死に頑張っているのに罵倒され恨まれちゃあ腹も立つぜ。出てきたらぶん殴ってやりてぇよ。まあ、出来ねえけどもよう」

「勘弁してやってくれ。俺がお前たちのことは守ってやる。信じてくれ」

 マイルス次席武官もその部下も誠実そうな人で助かった。


「そういえばノルマン副団長が持ってきてくれたフイゴはとても助かりましたよ。こんな使い方は知らなかった」

「これはうちのマイケルという若い商会員が考えて持ってきたんですよ。うちの商会員は優秀なものが多いんです」

「これで毒の空気が淀まないで作業できます」

「毒の空気? それは?」

 調査委員やマイルス次席武官の話を聞く。


 茹でた卵のような臭い?!

 それって硫化水素じゃないの?

「もしかしてこの辺りに火山脈が走っていませんか。もしそうなら早くしないと命に関わりますよ」

「よくご存知ですね。それに地下に水脈もあるようで湿った土が出てきているんですよ」

「…もしかして坑道の奥のほうが温かいとか」

「そうです! そうなんですよ。お嬢様どうしてそんなことまで」

 地下水脈、火山、硫化水素…。

 特に硫化水素は火山性ガスとして噴出することがある。水溶性なので地下水脈に溶けて緩和されているのかもしれないが、噴出すると少量でも直に吸引すると即死するうえ暴露が続くと変異毒性もあったはずだ。


「なにか臭いがきつくなったり中の温度ががったりしたら無理せずにすぐに避難してください。本当に即死する危険がありますから。あまり臭いがきつくなりすぎると感覚が麻痺するので外でフイゴを回している人は臭いに気をつけて危ないと思ったら命綱を引いてください」

 作業している三人も緊張した面持ちで頷いた。

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