第37話 緊急救急救命隊

【1】

 下山してきたマイルズ次席武官と言うシェブリ伯爵家の武官から山中の坑道での事故の状況説明が有った。

 私はカタリナとシャトランの二人の修道女と一緒に意識不明のシェブリ伯爵家の調査員の治癒に当たっている。

 心肺停止状態がどれくらい続いたのかわからないが、最悪の死も覚悟しなければいけない。


 幸い私の光魔法でどうにか意識は回復し話す事も出来た。若干呂律が回らないところは気になるが一命は取り留めた。

「後遺症が残る事も有るわ。手足がうまく動かないとかの症状が出るかも知れない。回復するには過酷な訓練が必要になるのだけは覚悟しておいてちょうだい」

 事実その可能性も有るのでしっかりと脅しをかけておく。


 足を挟まれた作業員は幸い打撲による内出血だけで骨には異常が無かった。

「あとは山の中に残っている作業員だけね。腹部を刺されたと言う事は早急に傷口の治癒が必要になると思うから直ぐに登るわ。今なら日の暮れる前に付けるかも知れない」

「「セイラ様それなら私たちも」」

 貴方たちは当初の予定通り子供達と作業員・管理官の治癒を継続してお願いするわ。それから明日の朝一番でそのオトマールと言う作業員を担架で運べるように準備して上ってきて。山頂の状況によって必要となりそうな機材も…。調査員さん、準備をお願いするわね」


「セイラお嬢様。爪付きの毛皮のブーツに毛皮の手袋、毛皮のコートとウールのセーターも調達してきました。それからガラスを嵌めたランタンも包帯や薬も準備しています」

 先程遅れて到着したマイケルが一式を差し出してきた。こちらに来る途中の馬車の中で私用の登山用品を直ぐに出せるように準備していた様だ。


「バカな。このような少女を今から連れて行く訳にはゆかんぞ」

 マイルスとか言う武官が異を唱える。

「この状況ならセイラ様が登るのは必然です。それに止めても強行してしまう人ですからそれならば万全の準備で送り出す方が安全と言うものです」

 護衛の副団長もマイケルに賛同する。


「それなら先導は自分がしよう。一往復して雪道の状態は把握している。体力もまだ十分残ている」

 マイルス武官が名乗りでる。

「もちろん俺もセイラ様の護衛としてついているのだから一緒に登る。それから今日下山してきたものは一晩ゆっくり休んで明日救助隊を組織して登って来るように」

 副団長がさも当然といった風でそう告げた。

「待ってくれ副団長さん。俺はこの山を何度も登っている。場合によれば抜け道や迂廻路を通る必要が出来るかも知れん。今日の道の状況も見ているから同行させてくれ」


「それなら俺もセイラお嬢様について…」

「マイケルはダメよ。一日馬車で走って体力も取られてるし明日の救助隊の準備の対応もして貰わなければいけないわ。明日の準備はあなたが仕切って仕上げてちょうだい」

「セイラ様、貴女は到着すればすぐに魔法治療が待っている。体力は温存するべきなので荷物は我々が全て持つ。場合によっては担ぐから覚悟しておくように」

 副団長が真剣な表情で私に告げた。


 こうして私は、副団長のノルマンとマイルズ次席武官そして道案内の村人の四人で村を出発した。


【2】

 採掘現場付近に近づくころには尾根に日が沈み始め瞬く間に薄暗くなってきた。

 マイケルの用意したブリキの箱にガラスの板の入った横型のカンテラはとても役に立った。

 夕暮れの薄暗がりの中、採掘現場の焚火が雪に反射してくっきりと浮かび上がっている。

 焚火にかけた鍋に燻製肉を削って放り込んでいる騎士団長が見える。

「オーイ、騎士団長様!」

 力一杯手を振る私に気付いて驚きの表情でこちらを見る。


「セイラ様! 良くぞいらしてくれた」

「オーイ! セイラ様が見えられたぞ。領主代行を、ルーク様を呼んでこーい」

 焚火の周りが急に慌ただしくなった。


「体が冷えただろう。熱い茶を入れよう」

「それよりも治療が先です。指先を温めたら治療にかかるわよ。その間に酒精の準備をお願い。包帯と新しいガーゼも」


 焚火の側にオトマールと言う名の作業員が担架に乗せられて連れて来られた。

 防寒用の上着を脱がせて患部の当りをカンテラで照らす。包帯は血がべっとりとこびりついて乾いている。

 無理に包帯を剥がすと傷口が又開いてしまいそうだ。私は鋏を取り出して傷口の周りの包帯を切り裂いて行く。

「滲みるでしょうけれど我慢してちょうだい」

 患部にへばり付いている包帯に消毒用のアルコールをかけて湿らせながらゆっくりと剥がして行く。


「アイテテテ!」

「叫ぶのは構わ無いけれど動かないで」

 ゆっくりと傷口を破らない様に包帯を引っ張って行くとザックリと開いた大きな傷が現れてくる。

 患部を新しガーゼにタップリとアルコールを滲み込ませて洗って行く。

「イテーよ! お嬢さん。グガ―、滲みる滲みる」

「男でしょ。泣き言をいうな」

「クッソー。キツイお嬢さんだなあ」


 包帯を剥がした事で溢れ出した血をガーゼで拭いながら右手をアルコール消毒して患部に押し当てる。

 意識を集中すると傷口は腸壁まで達している。腸を破るところ迄はいっていないが危ないところだった。

 下山させなかったのは良い判断だったと思う。無理に動かせば腸壁が破れて死んでいたかもしれない。


 傷を負った腸壁を治癒して行く。

 土木作業をしてきただけあって筋肉組織が頑強なので出血も少なく、冬の雪山であった事が幸いしたのか感染症のリスクも少なそうだ。

 脇腹の傷口はどうにかくっついた様なので回復力を上げて行く。要するに白血球や血小板や赤血球の活動を活発にしてやる。

「さあ、今晩は熱が出るかも知れないわ。その代わり熱がひいたら下山できるから。水分はしっかりとって食欲が有るならしっかりと食べなさい」


「さあ痛いのによく頑張ったわね。誉めてあげるわ」

 余程痛かったのだろう額に脂汗が滲み、血の気も引いている。

「あんた若いお嬢さんなのに俺のお袋みたいな奴だなあ」

 オトマールが血の気の引いた青い顔でそれでも微笑んでそう言った。


「バカ野郎。カンボゾーラ子爵様のご令嬢になんて口の利き方だ!」

「お前…この方があの『セイラと黒い司祭』のセイラ様だぞ」

「えっー、このじゃじゃ馬のお嬢さんが光の聖女」

 ノルマン副団長とヴァランセ団長がオトマールを叱り飛ばす。

「オトマール! あんたじゃじゃ馬は余計でしょ」

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