第36話 救出隊の下山
【1】
坑内はひどい惨状だった。
三人の管理官はどれもぐったりしている。二人はどうにか意識があるが体が思うように動かないようだ。
そして三人目は意識がない。呼吸も止まっている。
「誰か風魔法を使えるものはいないか? 地魔法で治癒術の心得のあるものは?」
「ご領主様、俺は少しなら風魔法が使える…」
「治癒術はわからないが仕事柄地魔法は得意だ」
作業員と調査員が名乗り出た。
「調査員殿、この管理官の心臓を地魔法であんたの鼓動に合わせて押してくれ。風魔法のお前は同じタイミングで地魔法がかかった後に口から風を送ってくれ。すぐにかかれ」
ルークは以前アナ聖導女から教わった蘇生法を二人に指示して実施させた。
マイルス次席武官に抱えられたオトマールは脇腹を刺されて意識はあるがかなり深手だ。表に運び出して救助員に応急の手当てをさせるよう指示を出した矢先だ。
採掘坑の奥で轟音が響き土煙が坑口に噴き出してきた。
「崩落だ! 作業員と文官がのまれた」
ヴァランセ騎士団長の悲鳴にも似た叫び声が坑道を突き抜けて聞こえてきた。
「団長は無事なのか?」
救助隊の村人たちが坑内に入ろうとするのをルークが押しとどめる。
「バカモノ! 下手に入り込むと二次災害に繋がる。俺が入るからお前たちは命綱を頼む。それからランプを持ってきてくれ」
「ルーク殿、あなたは此処の指揮官だ。外に残って指揮を執ってくれ。自分たちシェブリ伯爵家の武官が対応する」
マイルス次席武官がオイルランプを持って坑内に入りだした。カマンベール子爵家の護衛官も後に続く。
「坑道は狭いから二人しか通れんな。おーい騎士団長殿。無事かー?」
「わしは無事じゃが作業員が足を挟まれとる。掘り出すのを手伝ってくれ」
「文官はどうした? 死んだか?」
「いや、まだ崩落した岩盤の向こう側にいるようじゃ。声が聞こえるでな」
落礫を掘り起こして半刻ほどで作業員は救出された。
足も軽い打撲程度で済んだようだ。
呼吸の止まっていた管理官もどうにか息を吹き返して蘇生は間に合ったようだ。あとは意識の回復を祈るのみだが。
一番の問題は崩落現場に閉じ込められた文官だ。錯乱した叫び声が聞こえるので意識はある上に大きな怪我を負っているわけでも無い様だが精神が持つかどうかだ。
交代で穴を掘り進めさせているが、作業できるのは一人がやっとだ。
「どうにか手が入る穴が通じたわい。水と食い物をそこから渡してやれる」
騎士団長の報告を受ける。
崩落が起こってから鐘一つ分ほど時間が経過している。
本来の目的は作業員と子供の下山である。決断のしどころだ。
「下山できる者は下山させよう。子供たち四人は予定通り背負って降りてもらう。それから管理官の三人は麓の村で治療だ。あそこには治癒術師がいるしセイラ様もいる。意識のある二人はどうにか歩けるだろう。補助でだれか抱えてやれ。意識の無いこの男は担架で頼む。管理官! 異存はないな」
「はい、お願いいたします。こんなところで死にたくない。もうこんな目に合うのはごめんだ。呼吸の止まったものの蘇生ができる程の技術があるんだからその治癒術師のところに連れて行ってくれ」
「あとはケガをしたその作業員は肩を借りれば歩けそうか?」
「へえ、大丈夫です。俺も坑道に入るのはこりごりだ」
「刺されたオトマールは動かすのは難しいな。仕方がない、悪いがセイラ様に上ってきてもらおう。あとは文官の救出だが、俺はここに残って対処する。何人か残って手伝ってほしい」
「儂は力が有り余っておるから残って手伝おう」
「シェブリ伯爵家の家臣の不始末だ。我らも残ろう」
「いや、マイルス次席武官殿は下山者の指揮をとって一緒に下りてくれ。下山した後の信用のおける報告を出来る者がシェブリ伯爵家の関係者でも付いていて欲しい」
「それならルーク殿に従おう。部下のディビス武官を置いてゆくので存分に使ってほしい」
「坑道掘りの専門家も必要でしょう。俺が残ります。相棒は採掘場の報告も必要なので下山させましょう」
「ならば俺が担架の片方を担ぎますよ」
「最後にロドリゲス護衛官。お前も下山だ」
「自分は領主代行とここに残ります!」
「聞け。任務がある。カマンベール子爵家の家臣として報告があるだろうが。それに帰ったらすぐに応援を組織してセイラ様を無事にここに連れて来て欲しい。オトマールをこのままここで死なせる訳にはゆかないからな」
こうして最低限の人員を残して救助隊は下山した。
八の鐘、午後の二の鐘までには麓に到着できるだろう。冬の日没は早いので明日の早朝に村を発って五の鐘のころには応援部隊が到着するだろうから丸一日坑内の文官にもオトマールにも持ちこたえてもらわねばならない。
「オトマール。あと一日の辛抱だ。麓の村から聖女様が来てくれる。その力は儂が保証する。なにせ死にかけの儂の命を救ってくれた方だからな」
「少し痛いが大丈夫でさぁ。血も収まってきやしたし、死ぬこたあねえですよ」
こうして坑道で救出作業が再開された。
水とパンとソーセージを差し入れてから文官は大人しくなったようだが何やらブツブツという声が聞こえているので生きていることは間違いない。
ルークは救助作業を進めながら残った調査員に構内の状況を聞いてみる。
調査員が言うにはこの山の一体はもともと火山だったそうで、硫黄や鉄の鉱脈は少しあるらしいのだが採算がとれるほどの鉱脈の兆候はないという。
「文官は金だと叫んでいたがどうなんだ?」
「俺は思い込みの間違いだと思います。あんな暗い坑内で見分けることなどできないしこんな場所で出るとも思えない」
「それで崩落と毒の空気のことはどうなんだ?」
「崩落は板で補強しながら確実に掘り進めれば…人が一人這い出る穴が開けられればそれで良いのでそちらは大丈夫でしょう。毒の空気は今のところ収まっているようですが文官の野郎が坑道の奥で馬鹿なことをすればその限りじゃあありません。もしそうなったら見捨てるしかありませんよ」
「あっさりと怖いことを言うなぁ」
「二次被害を防ぐには非情にならないと務まりません。それよりも漏水の危険もありますからそちらも怖いんです」
「水か、それの何が…」
「水が吹き出せば冬の雪山です。濡れて体力も奪われて救助作業も進められないでしょう。文官さんは凍えながら死を待つほかありませんよ」
「そいつは怖いな。そうならない様に文官には気をたしかに持ってもらいたいもんだ」
そろそろ日が陰ってきた。
夕食の準備を進めながらも穴掘りの手は休められない。
夜間も交代で掘り進める計画だ。坑内の監視も続けなければいけないので食事が済めば交代で仮眠を取らせてゆこう。
そんな事を考えていると登山道から声が聞こえてきた。セイラがこちらに手を降っているのが見えた。
マイルス次席武官が応援の第一陣を連れて帰ってきたのだ。
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