第39話 崩壊
【1】
フイゴのハンドル回し位なら手伝えると申し出たのだが却下されて近づかせて貰えない。
仕方が無いので朝食の準備にかかった。
持ってきた野菜のヘタや皮を放り込んでクズ野菜で出汁を取る。
塩コショウで下味をつけたニンジン・玉ねぎ・燻製肉はシッカリ炒めて小麦粉とミルクとだし汁を加えレンズ豆とソーセージを入れてシチューを作る。
ジャガイモやカボチャが有れば良いんだけれどこの世界には未だ無い様だから仕方ない。
日の出前ではあるが匂いにつられてみんな次々と起き出してきた。
手の空いている者から順番に食事をして作業中の者と交代して行く。
「これは旨いなあ。これをお嬢様が作ったのか? シェブリ伯爵家の晩餐よりこちらの方がずっと旨い」
「そうですね。以前主エブリ伯爵家主催の晩餐会の警備の時にいただいた料理よりもずっと旨い」
「そう言っていただけると嬉しですが本当に庶民料理ですわ」
「そんな事は無い。炒めた上に煮込むなど貴族料理の手法ですぞ」
特に教導派貴族の常識では根菜は地に生えるもので下等、干し肉や燻製日が経っているので下等特に豚肉は特に下品。
だから庶民料理なのだ。
まあ出汁を取ったり下拵えをしたりの技術はセイラカフェやハバリー亭の関係者しか知らないから、北部貴族の料理には負けないと自負しているのだけれど。
そうこうする内に山肌も白み始めて日が昇って来た。
皆何杯もお替りしてたくさん作ったシチューも空っぽになった。心なしか皆作業に力が入ってきたように感じて少しうれしい。
鍋を洗い焚火で湯を沸かしながら作業中の坑道を見ていて違和感に気付いた。
フイゴで坑道に外の空気が送られている為中の空気が押し出されてくる。
その空気が薄っすらと白い。そうだ坑道から出てくる空気が外の大気に触れて白く見えているのだ。
…いったいどういう事。
作業員の二人の体温で中の気温が上昇している? でも夜半に焚火に照らされた坑道でも今朝日の出の直後に見た時もあんなに白くなかった。
日が昇り切った今の方が気温は上昇しているはずなのに。
「伯父上! ルーク伯父上! 大変だ、坑内の温度が上昇している。ガスが…毒の空気が噴き出るかも知れないわ!」
私の声と同じくして坑内からも声が聞こえた。
「坑道が通ったぞ! おーい、奴を引っ張り出すのを手伝ってくれ」
【2】
マイルス次席武官は崩落した岩盤の上にどうにか体が抜けられそうな穴を穿つ事が出来た。
そこからロープを放り込むと中に向かって言った。
「ロープを…命綱を結べ。しっかりと外れんようにな」
穴の中から文官の顔がのぞいた。
オイルランプの灯りに照らされた顔は目の下に隈が出来て死人のように目も虚ろだった。
「遅いぞ! よくも私をこんな目に合わせたな。私の成果を妬んでいるのだろう。サッサとここから引っ張り出せ。帰ったら伯爵様に訴えてやるから覚悟しろ!」
文官は狂気を宿した目でマイルスに悪態をつき続ける。
「分かったから早く命綱を結んでくれ。しっかり結べたか? ここから出られなければ成果もくそも無いんだからな。訴える為にもシッカリ命綱を結んでくれ」
それを聞いて文官がのろのろとロープを体に結び始める。
「これが外れると出られない…。そうだ私の成果を示さねば…」
ブツブツ言いながらもロープを堅結びに結んで行く。
「…ああ! そうだ、私の成果を、証拠を持って行かねば証拠だ証拠がいる」
そう叫ぶと坑道の奥に取って返した。
「ああっ! バッバカ! どこへ行く」
駆け戻ろうとする文官の命綱を慌てて引く。
「離せ! 私の手柄を妬んでいるのか! 痴れ者! 離せ」
どちらが痴れ者だ。
そう思いつつも奥の岩壁から崩れた石を必死で搔き集めている文官の命綱を引っ張る。
そうするうちに残って手伝っている作業員のヨーゼフが応援にやって来た。
「頼む、あのバカ者を引っ張り出すのを手伝ってくれ!」
ヨーゼフは頷いて命綱を握った。
二人で力一杯引っ張ると文官は転げて地面を引きずられてくる。
救出口のすぐ近くまで引き摺って来るとマイルズは手を伸ばして文官の右手首を握って引っ張り上げた。
「離せ…。わっわだしの手柄を、手柄を…」
ムッとする嫌な卵の腐ったような臭いが救出口から漂い出てくる。
文官は手を振り払おうとするが非力な文官にまいるすの手は払えない。
屈み込もうとする文官の右手からフッと力が抜けた。
腐った卵の様な臭いが強くなっている。
引っ張り上げて救出口から頭を出させた文官は虚ろな目をして意識を無くしている様に見える。
セイラが言っていた即死と言う言葉が頭をよぎる。
「ヨーゼフ! こいつを引っ張り出したら直ぐにここに置いて逃げるぞ!」
「エッ? エッ? どういう事ですかい?」
二人で文官を穴から引っ張り出しながらマイルスが作業員のヨーゼフに告げた。
ヨーゼフは困惑しながらも文官を引っ張り出し地面に転がした。
「直ぐに這い出せ! 外に向かって這い出せ!」
マイルズの剣幕に驚いてヨーゼフは坑道を大急ぎで這い出して行く。そしてマイルズ物の後に続く。
坑内が異様に暑くなり湿気てきている。マイルズは汗だくになりながら抗外に転がり出た。
「毒が出た! 危険だ! 外から命綱を引いてくれ!」
ヴァランセ騎士団長とノルマン副団長が駆けつけて二人が命綱を引く。
他のメンバーも加わって綱を引いて行く。
坑道の口まで引っ張り出された文官は意識が無い様だ。途中坑道の岩や石にぶつかったり擦れたりしてあちこち血を流しているが反応が無い。
嫌な臭いが坑道の中から漂い出ている。
「みんな! 早くコッチに逃げて来て!」
調理の為に鍋をかけていた焚火の横でセイラが呼んでいる。
焚火の横には毛皮が敷かれている。
オトマールもセイラの医療道具を入れた鞄を持ってその横に待機している。
四人で文官を抱え上げると全員がその焚火の側に避難した。
「さあ急いで。心肺蘇生をお願い。風魔法と火魔法を使える人はいるかしら?」
「心臓の圧迫は昨日もやった。俺がまたやるから風魔法を使えるのはいないか?」
調査員が名乗りを上げた。
「昨日の作業員は下山したしな。誰か風魔法を」
「俺がやる。カンボゾーラ子爵領でも聖教会でレクチャーを受けたからな」
ノルマン副団長が文官の頭の横に座り頭を自分の膝にのせて気道を確保すると口と鼻に手を当てて空気を送り始めた。
調査員も文官の腹の上に座り心臓の当りに手を当ててマッサージを始めた。
さっきまでいた坑道の口からは朝日に照らされながら白い靄が湧き出している。
「あれは一体?」
「火山脈から湿った硫化水素ガスが噴き出しているようね」
「? いったいどういう事だ?」
「地下に溶岩の溜まりが有ってそれが毒の風を吹き上げているのよ」
「まだ何か起こりそうな悪い予感がするのは俺だけじゃないよな」
ルークが眉をひそめて誰に聞かせるでも無くそう言ったがその言葉を否定する者はいなかった。
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