閑話17 クロエの卒業式(2)

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 王立学校の卒業式は何といっても夕刻からの舞踏会が本番である。

 それまでの全ての行事は舞踏会の為の添え物なのだ。


 午前中にもようされる卒業式典で、その年の特待生三名の表彰が行われた。

 異例ずくめの年であった。

 先ず女性が特待生に選ばれること自体が稀である。

 クロエにとっては、叔母のルーシーや大叔母のレイラが特待生であったと聞いているので当たり前の事だと思っていたが、女性が特待生になるのは十年に一~

二度程度の事らしい。

 それが今年は二人である。


 更に異例なのはその中に大貴族が入っていない事。それも王族が在籍したこの年に於いてである。

 下級貴族の女性が二人、そして男性は近衛騎士ではあるが平民である。

 それもこの三年間この三人が特待枠を守り通しているのだ。


 式典に列席している貴族たちの中には眉をしかめる者も多く存在する。

 この表彰に対してあからさまに苦言を呈する者も多数いた。

 Aクラスには王族や侯爵家の子女も居るのだ。それを差し置いて平民や子爵家の子女が特待枠に居座ること自体が、不遜であり上位の者に敬意を欠く所業だと口にする者も何人か居た。


 しかし列席者の不満の声に反して、学生たちの人気は非常に高い。

 子爵令嬢のクロエ・カマンベールと近衛騎士のウィキンズ・ヴァクーラの恋物語は今や公然の事実で、特に女生徒の大半を占める下級貴族と平民の女子の憧れの物語なのだから。

 下級貴族と平民の恋物語とあって、特に気を使う事の無い身分の話でもあるので市井でも評判になり、最近王都の芝居小屋が新しい外題を掲げたと言う。


 その二人が壇上に並ぶのだから、会場はらしからぬ歓声に包まれた。

 居心地悪げに佇むウィキンズの横で、周りの喧騒など一切耳に入っていないクロエはウィキンズの顔しか見ていない。

 大人しそうで内向的に見えて、その実目標を定めれば一切動じない図太さのあるクロエを見ながら、ウィキンズはこの先尻に敷かれるんだろうなとカミユ・カンタル子爵令嬢は微笑ましく二人を見ていた。


 来賓を迎えて簡単な昼食会の後は、学校内はもう舞踏会に向けた準備に全力が注がれていると言っても過言ではない。

 卒業生の女子生徒は皆女子大貴族寮に集合して男子生徒のエスコートを待つ。

 平民寮の女子は幾つかあるお茶会室が控室代わりに割り当てられているが、大貴族は州内、領内の派閥女子を自室に迎え入れて、夜会開始まで待機させるのが恒例となっている。


 大貴族女子にとっても多くの女子生徒を自室に迎え入れている事が自分の勢力のアピールにもなるので、顔見知りの者は皆声をかけて回る。

 その為平民や下級貴族の卒業生で複数から声を掛けられた者は、忙しくあちこちの部屋のお茶会を梯子してあいさつに回る者も少なくない。


 今年はクロエたちは皆、ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢の自室に招かれていた。

 クロエもカミユも大貴族、特にモン・ドール侯爵令嬢やリチャード王子殿下を差し置いて特待生を取り続けた事に対して、大貴族寮の中では非常に当たりがキツイのだ。

 事実ここに来る間にも色々とイヤミを言われていたが、舞踏会開始までに露骨な嫌がらせや暴力沙汰のおこる可能性すら考えられる。


 というのも、今この寮内には卒業生の家族も待機しているからだ。

 卒業生は卒業式に来た家族をこの日だけ自室に招く事が出来る。カマンベール子爵家の皆は今クロエの部屋で一休みしているのだ。

 下級貴族寮も平民寮も騎士団寮も今日だけは部外者である卒業生の家族が入り込んでいる。


 もちろん上級貴族寮も例外ではない。

 今この寮内にはモン・ドール侯爵家の面々が来ているのだ。救貧院の利権を潰された事に怒り心頭のあの侯爵が。

 その怒りは三年間、特待生の座を譲らなかったクロエとカミユに向いている。

 出くわせば何をされるか分からないのだ。


 まあその牽制の為に王立学校内のセイラカフェ系のメイド達が多数、女子上級貴族寮に召集されて警備にあたっているのだが。

 それにロックフォール侯爵家の面々も同じ階のイオアナの私室に待機している。

 ロックフォール侯爵夫妻と次男のファン・ロックフォールがファナと一緒にその部屋でモン・ドール侯爵家の動向を監視させているのだ。


 そして主役のイオアナ・ロックフォールはと言うと、ファナの部屋に居た。

 あのファッションショー以来イオアナを慕う平民や下級貴族の娘たちが増えて、この日も最後の一日を一緒に過ごしたいと押しかけているのだ。

 もともと容姿にコンプレックスが有ったイオアナは在学中も目立たず、どちらかと言えば周りにも不愛想で人と係わりになるのを避けていた。


 それがあのファッションショー以来同じ、コンプレックスを持つ娘たちから慕われて、心を通じ合えるようになった。

 チョットした工夫でお洒落も出来る様になり、上手なメイクも色々と教わりイオアナのグループは周りからも注目を集め出したのだ。

 さすがにエスコートに来る男子生徒はいないだろうが、それならばお互いにドレスを工夫してあのショーの時の様にみんなでこの姿を見せつけてやろうなどと話して盛り上がっているのだ。


 同じころヨアンナの部屋のドアをノックする者がいた。サヴァラン男爵令嬢とエダム男爵家令嬢だ。

 関係する州内の貴族家や声を掛けられた貴族家に挨拶に回って来たのだ。

 もともと挨拶回りの後はヨアンナの部屋で寛ぐ予定になっているので、本番のドレスもこの部屋に置いてあるのだ。


 メイドのフォアがドアを開くとシーラ・エダム男爵男爵家令嬢がにこやかに入って来た。そしてそれに続くブレア・サヴァラン男爵令嬢は誰かの手を引いている。

「さあ、何を遠慮してるのよ。早く入りなさいな。みんな待っていたんだから」

 そう言って手を引かれて少し俯いてはにかみながら入って来た者の顔を見て、カミユとクロエは驚きの声を漏らした。


「テレーズさん! 良くいらしてくれたわ。会いたかった」

「そうですよ。ゴルゴンゾーラ公爵家の聖教会にいらっしゃると聞いて三度ほど会いに行ったのですよ。でもお忙しいようで会えなかったから…」

 クロエはもう涙声になっている。


「ごめんなさい。退学した身でもあり、治癒修道女としては修行中の身でもありますし、あんな事が有ったので皆さんにお会いするのが憚られて…」

 テレーズは一度は裏切った身である。改心したと言っても彼女達と顔を合わせる勇気も無く後ろめたさが募っていたのだ。


「何を言っているの。ケイン様の命を救ったのは貴女じゃないの」

「それも有るので、きちんとケジメをつけたくて、皆さんに謝りに参りました。あの時は合わせる顔も無く黙って退学してしまいました。大事には成らなかったと言え、私の短慮が原因であんなことを引き起こしてすみませんでした」

「結局何も起こって無いじゃないの。それに退学したと言っても一年一緒に学んだのだから、私たちは生涯友達じゃないの」

「ありがとうございます。私は…私は…」

 後の言葉はテレーズの嗚咽で聞き取れない。それにつられて他の四人も肩を抱き合って泣いた。


「さあ、感動の再会はそこ迄かしら。テレーズ様をここに呼んだのは他にもお願いが有るからかしら」

 テレーズが驚いて顔を上げる。

「お願とはいったい何の事でしょうか?」

「私は思っていたの。卒業生に祝福を捧げる聖職者が教導派の寮付き礼拝堂の修道女なんて、私たち清貧派を侮っているのかしらと」


 それを聞いてカミユ・カンタル子爵令嬢が頷きながら微笑む。

「そうですわね。清貧派には清貧派聖教会の聖導女が祝福を行うべきですわね。ねえテレーズさん、皆さんもそう思いませんか?」

 その言葉を聞いてクロエ達三人も頷く。


「待って下さい。そんな勝手をして大丈夫なのですか?」

「テレーズさんは何も知らない! 何も見ていない! やるのは私たち卒業生」「文句を言われても卒業してしまえば怖くないわ」

「ウィキンズ様たちにもメイドの使いを走らせて協力して貰いましょう。ケイン様を捕まえておいてもらわなければいけないわ」


 テレーズを残して卒業生四人の最後の悪戯の相談が始まって行く。

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