第13話 お茶会(1)

【1】

 お客様が続々とやってくる。子爵ご夫妻はお客様のお迎えに余念が無い。

 大奥様とお婆様は庭の片隅のテーブルに腰をすえて入ってくるお客様にご挨拶を受ける。

 私は大奥様の後ろで目立たぬようにひっそりと立っている。

 お母様はこちらに来て少しお話をした後に、街の商工会やギルドの関係者達の席に移って行った。


 聖教会の司祭様のご挨拶でお茶会が始まった。子爵様もその後にご挨拶をされたのだけれどももう誰も聞いていない。

 ガンバレ子爵様。


 開始からしばらくたってみんなの会話が弾みだした頃、執事長の声が響いた。

「侯爵様ご家族が見えられました」

 会場が静まり返る。


 侯爵様は四十手前と思しき小太りの男性だった。

 派手では無いが仕立ての良い高価な衣装と自信に満ちた堂々とした雰囲気で侯爵閣下の威光を振りまいている。

 侯爵夫人は三十過ぎであろうか、けばけばしい化粧が目に付く若作りの女性だ。まあ化粧すること自体がステータスであるこの世界では派手な化粧はその地位の高さを表すと思えば当然かもしれない。

 招待客の貴族婦人たちもチラホラと派手目の化粧をしている人は居るが、平民の商人たちの夫人にはあまり居ない。

 平民で派手な化粧をするのは娼婦という印象が強く派手な化粧を嫌う上、このような場では目立つ化粧は貴族婦人達の槍玉に挙げられるのだ。


 そしてもう一人、わたしと同年代と思しき幼女が居た。

 ピンクの髪のツインテールって時代背景無視と思うのだが、ゲームの世界だからなのか。お茶会は初めてなのだろう、興味深げにあたりをキョロキョロと見渡している。


「侯爵様、この度はようこそいらして下さいました。ささやかなお茶会ではありますがどうぞ寛いでご歓談くださいませ」

 ホストである子爵様と子爵夫人が挨拶する。

「わが侯爵領のあるブリー州の州都でもあるこのゴッダードの街で開かれるチャリティーだ。領主自ら出席せねば皆に顔が立たぬ。それに妻もうわさに聞いたゴーダー子爵家の庭園をぜひ見たいと申すのでな」

「それは有り難き幸せにございます。王都の名園と比べると拙い物で御座いますが、ぜひご堪能下さいませ」

 子爵夫人も侯爵夫人にお愛想を述べる。

「わたくしの娘も初めてのお茶会ですの。王都での正式なお茶会を前にこちらで慣れさせようと連れてまいりましたの。王都で粗相をさせる訳には参りませんものねえ」

 割とあんまりな言い草だと思うが理屈は有っているともいえる。

 そこに更に司祭様がやって来て話に加わった。


 中央に設えてあるテーブルに向かう侯爵たちの中で、侯爵令嬢は焦れ始めたようだ。

 どうもいやな予感がする。

 あの侯爵令嬢に場を引っ掻き回されそうな雰囲気がするのだ。

 完全に想定外のイレギュラーの発生だ。早めに対策を講じる必要がある。


 成人した大人ばかりのこのお茶会で、あの侯爵令嬢のターゲットになりそうなのは年齢が近い私とグリンダ。

 そしてこの後、鴨肉のサービスに出てくるダドリーと茶碗蒸しを運んでくる他のメンバー。

「お婆様、アンを呼んで頂けないでしょうか」

 お婆様はアンに向かって視線を向けると手元のベルをチリンと鳴らす。

 少し先のテーブルで給仕をしていたアンは、背を向けていたにも拘らずクルリと向き直るとスタスタとお婆様の元へやって来る。

「アン、侯爵様のご令嬢に付いて差し上げて、それからセイラは一旦奥へ戻します。その間はグリンダをこちらに着けて頂戴」

 私が何も言わなくても意図を察したお婆様がアンに指示を出す。

「かしこまりました」

 アンはそれだけ言うと音もなくグリンダの脇を抜けてそっと侯爵夫妻の近くに待機した。

 グリンダがこちらに向かうのを目にした私は大奥様とお婆様に一礼して急ぎ足で別邸の厨房に向かった。


「ダドリー、私みたいな子供が喜びそうな料理今から作れる?」

「そんなマニアックなレシピは今すぐには思いつかねえ」

「セイラちゃんじゃあ、凝った食材かレシピで無いと満足しなさそう」

「ゴメン、言い方がまずかった。九歳か十歳くらいの貴族の女の子が喜びそうな料理」

「わかんねえ。子供に料理作ったことも貴族に料理作ったこともないもん。俺の回りこんな奴らばっかりだし」

「じゃあさあー。パンの上のハムをお花にしたら良いよー」

「エド、お前冴えてるなあ」

「それから料理の運搬は私がやるから、他のみんなは出てきちゃあ駄目よ」


 大きなワゴンに南蛮漬けとタルタルソースを盛った大皿を乗せて会場に戻る。

 幸いなことにダドリーの前菜の皿は大盛況の様だ。

「ハハハハ、こうして摘まんで一口で食べられるのは、行儀は悪いが便利で良いですなあ」

「フム、立食パーティーなどにはちょうど良いではないですか」

「ついでにカードゲームの時でも手札を見ながら食べられますぞ。ワハハハ」

 大皿を降ろして貰い汚れた皿が回収されるのを待ちながら、私は侯爵令嬢のいるグループの言動に聞き耳を立てた。

「このパンは色が一杯有って綺麗だけど、全然可愛くないのだわ。もっと可愛いのを持ってきなさいよ。これだから田舎のセンスはイヤなのだわ」

 タルタルソースを盛った生ハムのオープンサンドを咀嚼しながら、侯爵令嬢は口上を述べていた。


【2】

 私はワゴンを押して厨房に戻った。

 十個ほどの種類や造形の違うオープンサンドができている。

「前菜はこれで良いよ。あとは普通に戻して」

「えっ? もっと一杯作った方が…」

「これは侯爵家専用の皿にするの。その方が、特別感があって良いから。それから茶碗蒸しも具材を工夫した特別仕様をいくつか作っておいて」


 私はそう告げると中皿に出来上がったオープンサンドを乗せて会場に急いだ。

 お茶会会場の入り口に差し掛かると、侯爵令嬢の後ろに控えていたアンがいきなり私の方を向いた。そしてスタスタと歩いてくると私から中皿を受け取り運んで行った。

 アンは何故か見えてなくても私の存在を感知できるようだ。少し怖い。


「皆様、オードブルの追加が参りました」

 アンはそう告げると、わざわざ侯爵令嬢の目の前を通してテーブルに出そうとする。

「うわー!とても可愛いのだわ」

 侯爵令嬢が一番に歓声を上げる。

「まあ、なんて素敵」

「本当にお皿に花が盛られているみたい」

 前菜皿の周りにいたご婦人方からも歓声が上がる。

「駄目よ!このお皿はみんな私のだわ。このお皿のパンはわたしがわたしのパパとママに分けてあげるのだわ」

 そう言うと侯爵令嬢はアンに向かってクイッと首を振りアゴで侯爵家のテーブルを示した。

 アンは、すまし顔で頷くと侯爵令嬢の後について皿を運んでゆく。


 侯爵家のテーブルは侯爵夫妻とその取り巻きの貴族婦人が数人座っていた。

「ほう、田舎貴族のお茶会にしては中々見事な前菜じゃないか」

「まあ、このサーモンはピンクのバラのようね。赤いバラは生ハムかしら」

「こちらは鰊の上にキャベツのサラダが乗って、その上に人参の花びらが散っているのですね」

「このお皿はわたしの為にザコシェフが作ったのだわ。私が可愛くしろと言ったからなのだわ。だからこのお皿のお花は全部ザコに指示を出した私の物なのだわ」

 侯爵令嬢はドヤ顔でそう宣言する。

「おやおや、そうなのかい。ファナが独り占めするのかい。パパには貰えないのかな」

「わたしが欲しくないお花を選んでパパ達に分けてあげるのだわ。だからこのピンクのカメリアと人参のお花畑のパンはわたしのものだわ」

 侯爵令嬢はそう言うと巻いたサーモンの真ん中にタルタルソースを乗せたものとハバリーサラダの上に人参の花を散らしたものを右手と左手に持った。

「このにんじんはとても甘いのだわ。蜂蜜の味が染みているのだわ」

 オープンサンドを一口齧って侯爵令嬢が声を上がる。

 ダドリーは人参を蜂蜜漬けにしてソテーしたようだ。


 掴みは上々だ。

 厨房に戻りかけると、ダドリーがワゴンを押して出てくるところだった。

 これから炙り焼きのパフォーマンスの開始だ。

「侯爵家のテーブルからはなるたけ離れた位置でやって」

「どうして?」

「あのチビッ子に引っ掻き回されないように。あんたは口を開いては駄目よ。特にあのチビッ子とは話さないように」


 侯爵令嬢が花のオープンサンドに気を取られているうちにダドリーがパフォーマンスを開始する。

 男性客を中心に野太い歓声と称賛の声が聞こえる。

「煮た上に焼くとはなかなか手間をかけた良い料理ですな」

「この煮方も余分な脂が落ちている割に味が薄くなっていない。なかなかの腕の様だね」

「いやー、目の前で火で焼くとは見せてくれるじゃあないか。それにこの辛子の入ったソースもなかなかの出来だぞ」

 私はダドリーのサポートで炙った皿を次々に招待客に手渡しながら侯爵令嬢をうかがっていたが、こちらの騒ぎに気付いた様で一直線に向かってきた。


「ちょっとあなた!」

 ダドリーを指さして言う。

「ザコだから知らないようなので教えてあげるのだわ。こういう事をするのなら、まず侯爵令嬢たる私に一番に出すべきなのだわ」

 私はダドリーを手で制すと侯爵令嬢に向き直った。

「すみません。でも火を使いますので侯爵様ご家族に危険が及んではいけませんし、余り可愛くない料理ですので侯爵家の皆様のお目汚しになってはいけないと控えさせていただきました」

「あら、それでは仕方ないのだわ。ならばわたしとパパとママの分を三つ作ってわたしについてくるのだわ」


「パパ、ママ。お二人の分も私が持ってきてあげたのだわ」

 私は侯爵夫妻と令嬢の前に鴨の炙り焼き皿を置く。

「鴨肉にしてはさっぱりしているな」

「手間がかかって辛みが効いた良い料理ですわ」

「これは辛すぎるのだわ。それに可愛くないのだわ。もっと可愛いのをお出しなさいなのだわ。」

 ご夫妻には高評価の様だが令嬢には辛子マヨネーズは辛すぎたようだ。

 私が下がろうとすると横から声がかかった。


「それではこちら等は如何でございましょうか」

 小さなトレイの上に茶碗蒸しが四個並んでいた。

 聞きなれた声に驚いて振り向くとウィキンズがトレイを差し出していた。

「これは壺焼きかしら。蓋がついているのね」

 侯爵夫人がそう言う。

「熱くなっておりますので蓋をお取り致します」

 茶碗蒸しをナプキンで包んで掴むとテーブルの上に順番に並べながらウィキンズが告げる。


 順番にふたを開けて行くと茶碗蒸しから湯気が上がる。

「うわーーー!」

 どの器にもそれぞれ違った花が浮かんでいた。

 巻いた生ハムの赤いバラ。

 鰊の白いバラ。

 サーモンのピンクに卵の黄身を乗せたツバキ。

 そして人参を飾り切りにして浮かべたダリア。

「ねえ、このダリアはさっきのように甘いのかしら」

「はい、蜂蜜でしっかりと煮込んでおります」

「それなら、ダリアとカメリアはわたしのものだわ。ピンクと黄色は私の髪と目の色だからわたしの物なのだわ」


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