第12話 厨房

【1】

 オーブンを使う料理は二つ。

 鴨のオーブン焼きとココット。

 オーブンを使わずにどう料理するか。

「よし。蒸そう」

「蒸す?? どういう意味だ?」

 ダドリーが不思議そうに聞き返してきた。

 そうなのだ。

 欧米に蒸し料理は無い。

 近い調理法は有っても蒸して料理すると言う概念が近代になるまで無かったのだ。

 蒸し料理はアジアの料理なのである。


「エマ姉、エド、手伝って」

 ザルに針金でフックを作り寸胴の縁からぶら下げて簡易の蒸し器を作った。

 寸胴に水を入れ、ザルに鴨を乗せて蓋をして火にかける。

「エマ姉、エド。湯気が出始めたら時々蓋を開けて金串をさしてみて。串が向こうまで通れば完成だから火を止めて。それから水が無くならない様に定期的に水を追加してね」

「こう言う調理は始めて見た」

「ダドリー、これで鴨には火が通るし余分な油も落ちるから淡白な仕上がりになると思う。ほぐしてマヨネーズと和えてもハバリーサラダと一緒に和えても美味しいと思うよ」

「それじゃあ駄目だ。前菜と被ってしまう。もともと主菜の予定メニューが前菜になるとインパクトが無くなる。せっかくの新しい調理法が勿体無い」

 ダドリーが顔を顰める。

「それじゃあ芥子マヨネーズをつけてフライパンで焼けばどうだ。お貴族様は煮てから焼くとか手間が増えた料理を喜ぶんだろう」

「うーん。でもなあ」


「セイラー。鴨が出来たよー」

 エドの声がする。

「早いなあ。見せてくれ」

 ダドリーがとんで行って鴨を調理台に移すとナイフで少し切り取り口に放り込んだ。

「これは! 使ったのは水だけだよなあ。煮たのとはぜんぜん違う。やっぱりフライパンで焼くのは勿体無い。くっそー! 時間が足りない。もっと考える時間が欲しい」

「お酒で香りを付けるのはどうかなー。この間、父さんが居間でブランデーを飲んでいる時に姉ちゃんが火魔法を使ったら父さんの頭ごと燃えてすごく良い香りがしたんだー」

「そうねえ。あれはとても綺麗だったわねえ」

 この姉弟半端ないわー。

 二人のお父さんが可哀想になってきた。

「ダドリー、あんたも火魔法が使えるんだよねえ」

「ああ、俺は火属性だからな」

「鴨はもともとあんたがお茶会の場で取り分けてソースを添えて振舞う予定だったよね。みんなの見ている前で鴨肉を炙ってみない」

 もともと料理人見習いとしてのダドリーをアピールする企画である。顔繋ぎでダドリーが料理を切り分ける予定だった。

 それなら芥子マヨネーズ焼きの予定通りに、見ている前で炙り焼きを披露すればインパクトは絶大だ。

「よし! それで試してみよう」


【2】

 次はココットだ。

 これは簡単。

 オーブンで焼くのを蒸すに替えるだけで出来る。

 そもそもこの世界でのココットはココット鍋で作るオーブン焼きの事で今回のレシピはオリジナルだ。

 でもなあー。

「ねえフリッターで使った鶏の骨をさっきの寸胴に入れて煮出してよ」

「ああ、さっきの蒸した後の湯は鴨の油が出てるしガラスープにして賄いにしよう」

 ダドリーは寸胴に火を入れるとガラスープの灰汁とりを始めた。

「ねえダドリー。聞いてくれる」

「なんだ?」

「ココットも蒸して調理できるんだけど私試してみたい蒸し料理があるの」

「それはここにある食材で出来るのか?」

「うん、多分ね」

「じゃあ、是非やってくれ。失敗したらココットに戻せばいい。俺は今、誰も知らない調理方法を知ったんだ。何でも試してみたい」

「わかった。じゃその鶏ガラスープも使うから気合入れてやって」


「エマ姉は野菜の湯通しをお願い。それと溶き卵を作るからウィキンズは卵を割って。エド! エマ姉も! 卵には触らないで」

「溶き卵なら私得意だよ」

「エマ姉。ジャリジャリの溶き卵は困るのよ」

 とりあえずお試しだ。

 小さなボールに卵と鶏ガラスープ・塩・胡椒を入れて牛乳を加えて掻き混ぜる。

 スフレ皿には塩茹でしたブロッコリーとニンジンそれと刻んだベーコン。

 そこに濾し器を通してボールの溶き卵汁を注ぐ。

 洋風の茶碗蒸しだ。

 そしてココットは同じスフレ皿の具材をマヨネーズで和えてチーズを入れた上に卵を割って落とす。

 どちらも2個づつ。

 浅めの平鍋にお湯を張りスフレ皿を並べる。

 茶碗蒸しは縁に爪楊枝をわたして小皿を蓋代わりに載せる。


 出来上がったココットと茶碗蒸し、そして蒸し鴨のスライスに芥子マヨネーズを乗せた皿も二つ。

 私とダドリーは大奥様とお婆様の居る居間へ向かう。

「大奥様、お婆様少しレシピを変えました。味見のほどをお願いいたします」

 まずは茶碗蒸しとココットを並べる。

「まあこれはスープのようなプディングのような、なんて不思議な食べ物なんでしょう。とても優しくてあっさりして美味しいわ。こちらの卵のお料理も美味しいのだけれどチーズやベーコンの油は年寄りには少しきついの。でもこちらは同じ食材でもとても食べやすいくて滋養もありそうだわ」

 大奥様は茶碗蒸しを絶賛してくれた。

「そうね。こちらのココットは前にいただいたのと少し違っているようだけど差ほど変わらないわ。でもこちらはまるで別物。私達のような年寄りや女性にはきっと喜ばれる味よ。蓋付きのものにお替えなさい」

 お婆様の了解も取れた。

 次は鴨だ。


「大奥様、お婆様この料理はこれで完成では有りません。ここでもう一手間加えます」

 私は二人に断りを入れた。

 ダドリーは小皿を手に取ると指先に炎を灯す。

 そして蒸し鴨に指を向けると一瞬鴨の上に炎が走る。

「どうぞお召し上がりください」

 驚いて口元を押さえていた大奥様は、相好を崩し微笑むと皿を手に取った。

 フォークで口元に運ぶともぐもぐと咀嚼する。

「もっと熱いのかと思ったのにまるで熱くないのね。それにこの鴨、煮た訳では無いのね。油が落ちているのに鴨肉の旨みが薄まっていない。これもローストよりもずっとあっさりして私達にピッタリのお料理よ」

「あなた達、私たちの事まで気遣ってレシピを変えてくれたのかしら。本当に私は良い孫を持ちましたよ」

 お婆様はそう言うと涙を流し、私の頭をそっと抱きしめてくれた。

「あの、じつは…グッ」

 私は余計な事を言いかけるダドリーのつま先を踏み付けながら、お婆様に笑顔を見せた。


【3】

 厨房に帰るとみんなに報告する。

 一斉にみんなから歓声が上がった。

「それじゃあ、本格的に準備に入るぞ」

 すると裏通り組みから声がかかる。

「それがなあ、悪いんだけど地味にまずい事がおきてる」

「鴨肉を小皿で出すことになっただろ」

「それに茶碗蒸しの蓋にも使うだろ」

「「「「「あっ!!」」」」

「そうなんだよ」

「小皿が足りない」

「前菜を盛る小皿が」


 ダドリーは呆然としていた。

 前菜の準備は終わっている。

 サーモンや鰊も生ハムもスライスしてある。

 ハバリーサラダも出来上がっている。


「仕方が無い。全部大皿に盛ろう」

 ダドリーがあきらめたように言う。

「でもそれじゃあ芸が無いと思うの、ねえセイラちゃん」

 エマ姉ー、そんな事言って私に振られても思いつかないよう。

「仕方ないじゃないか。別にみんな取り皿を持っているだから自分で取らせればいいじゃないか」

 ウィキンズもダドリーに賛同する。

「そういうわけには行かないの。貴族は自分で取ったりしないの。給仕に取り分けて貰うのよ」

「えー、面倒くさいなー。自分で好きなだけ取った方が言いと思うんだけどなー」


「子爵家のメイドとうちのアンやグリンダまで動員してもう給仕は手一杯なの。これ以上増やすわけには行かないのよ」

「セイラちゃんもメイド服着てるじゃないの」

「私は大奥様とお婆様の専属なの」


「そんなの勿体無いわ。セイラちゃんならもっとやれると思うの。前菜取り分け一回で銀貨2枚はかたいわ」

「なにそれ」

「あとはねえ。お席まで運んであげたら銀貨3枚。銀貨一枚追加で美味しくなーれのおまじない付き」

「エマ姉。話の論点ずれてるから」

「そんな事無いよ。これもみんなチャリティーだよ。それでね、銀貨三枚に付きチケットを一枚わたすの。チケット30枚で生セイラちゃんの握手券をもらえるの」


「嫌よ。そんなメイド喫茶みたいなシステム」

「えー。絶対いいよねえ。メイド喫茶って何?」

「良いんじゃないか。俺もありだと思うぜ」

「「「うん」」」

「うるさい!! そんな事より小皿でしょう。小皿」

「そんな事よりさっきの話。プロデュース料10%で良いから契約書つくろうよ」

「エマ姉。それ絶対グリンダに言わないでね。あの娘良からぬ事を企むから」


「ねえー。皿が無ければパンに乗せたら良いよー」

「「「「「それだ!」」」」

「ダドリーの店で食べたパンは美味かった」

「パンにマヨネーズが塗ってあってハバリーサラダも乗ってた」

「生ハムの上にハバリーサラダを乗っけたの乗せてもきっと美味い」

 裏通り組が言う。

「それにサラダに乗せる野菜も色々替えたら見た目が違って綺麗だぜ」

 ウィキンズもアイディアを出してきた。

「それをセイラちゃんが取り分けて運んだら銀貨5枚はいけるわ」

「だからそれはやらない」


「それじゃあ早速取り掛かろう。パンも白パンとライ麦パンを混ぜて使うぞ」

 一斉にパンを切り分けマヨネーズを塗ってゆく。

 普通のマヨネーズパンと芥子マヨネーズパンの二種類にする。

 皿の上に白パンとライ麦パンが乗るだけで市松模様のようで綺麗だ。

 その上にサーモンや鰊・生ハムのスライスを乗せてゆく。

 その上にハバリーサラダ、ダドリー作のコールスローだ。

 さらに飾り付けにココットの材料から転用したニンジンやブロッコリー・ベーコン・チーズなどの飾り付けを添える。

 色鮮やかなオープンサンドの出来上がりだ。


「よーし。それじゃあ前菜を運んでくれ」

 ウィキンズと裏通り組みが大皿を抱えて運んでゆく。

 エマ姉とエドもカトラリーを揃えて付いて行く。

 ダドリーは南蛮漬けの準備に余念が無い。

「それじゃあ、ダドリー。私も行くから頑張ってね」

「セイラ、このレシピもありがとう。フリッターは揚げたてじゃないと味が落ちるが、このレシピなら冷えていても美味い。助かったよ」

「そう言って貰えると嬉しいわ」

「それとな、みんなにも謝っておいてくれ。役に立たないって言ったこと。俺は見る目が無かったって」

「それはあんたから言いなさいよ」

「そうだな。全部終わったらお礼を言うよ。エマ以外はみんなとても役に立ったって。本当に見る目が無かったよ、使えるかもと思ったエマだけが邪魔だったなんて」

 それは私も否定できない。


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