第11話 子爵家

【1】

 お母様はカマンベール男爵家の一人娘でした。お母様のお母様、すなわち私のお婆様がゴーダー子爵家の次女で男爵家に嫁いだそうです。

 そうして一人娘のお母様が生まれたのですが、お母様が成人し王立学校に入学した時にお爺様である男爵様が亡くなられたそうです。

 カマンベール男爵家はその跡をお爺様の弟に継がせて、お婆様は持参金を返された上子爵家に戻されたそうです。


 その頃は子爵家も代替わりしており、お婆様のお兄様である今の子爵様が跡を継いでおられました。

 お婆様もお母様も男爵家の出戻りとその娘という事で苦労されたようです。

 そんな中お母様は、評判の貴族家御用達の若手家具職人として子爵家に出入りしていた父ちゃんと出会い結ばれたと聞いています。

 そういう事でお母様の実家といっても男爵家とはまるで交流が無く、今でも交流があるのはお婆様の居る子爵家の方です。


 その子爵家で聖教会主催のお茶会が開かれるのです。

 もちろん聖教会のチャリティー目的(所謂資金集めパーティーです。)のお茶会なのであまりお金をかける必要はありません。

 先々代の子爵様が造園されたご自慢のお庭で優雅にアフタヌーンティーを楽しもうという企画です。

 それでも子爵家の体面は守らねばいけません。なので子爵家から地位は無いけど金は有る我がライトスミス家に資金援助の相談が来た訳です。

 我がライトスミス家としても子爵家お抱えの料理人に加えてもう一人料理人を応援に出そうとご提案させていただいた次第です。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして今私達は当日のレシピの仕込み中なのである。

 まずは前菜の塩漬け鰊とサーモンのマリネと生ハムのハバリーサラダ添え。

 鶏肉のフリッターは南蛮漬けに変更しタルタルソース添えに。

 鴨肉は薄切りにして芥子マヨネーズを付けてオーブン焼きにする。

 そしてマヨネーズで味付けしたブロッコリーとニンジンにベーコンを加えたココット。

 飲み物とケーキ、デザート、パンは子爵家にお任せだ。

 白パンが主となるだろうけれど、念のため食感の違うライ麦パンも持ってゆこう。

 当日のご相談に来られた子爵様とお婆様に料理をお出ししたところ非常に好評だった。


 お茶会の日にはお婆様のお手伝いという口実で私もお招きに預かった。

 私の役目はお婆様にお茶や料理を運ぶだけの役だが王立学校に入るにしても行儀見習いに行くにしても勉強になるといわれて参加することにした。

 もちろんグリンダはアンと一緒に子爵家の給仕のお手伝いだ。

 あとはダドリーの手伝いという名目でエマ姉とウィキンズも来させよう。

 特にエマ姉は再来年には何処かの貴族に行儀見習いに出されるかもしれないから絶対連れてゆく。

 エドと裏通り組はどうしようかなあ。

 エドは、頭はいいけど不器用でぐうたらだから役に立たないしなあ。

 裏通り組は単純で真面目だけど行儀が悪いから顰蹙を買う可能性もあるし。

 エーイ、泣くよか翔べって司馬遼太郎も言ってる。(違います。鹿児島の格言です。)

 みんな連れてゆこう。


 当日、食材を抱えてぞろぞろと付いて来るみんなを見ながら、ダドリーは不満そうに言った。

「こいつら何なんだ。、セイラ」

「だから手伝いって言ったでしょ」

「エマはともかくウィキンズやエドや裏通り組が料理なんて出来る訳無いだろう」

「ウーンどうだろう。エマ姉も料理なんてしたこと無いんじゃないかなあ」

「それじゃあ尚更役に立たねえじゃないか」

「失敬な。俺は毎週旧市街の一膳飯屋に通ってるんだぞ」

「「「それなら俺たちもお前の店に通ってるぜ」」」

「僕の姉ちゃんはすごいんだぞー。割った卵がその場で溶き卵になって焼いて食べるとジャリジャリ音がするんだぞー」

「セイラ! コツら全員帰らせろ」

「そういわないでよ。エマ姉とエド以外は力仕事も出来るし」

「それじゃあエマとエドは全くの役立たずじゃねえか」

 ダドリーはあきらめて深いため息を吐た。

 そんなこんなで私達はにぎやかに子爵邸に向かった。


【2】

 子爵邸は子爵様ご家族が暮らす本館と隠居した前の子爵様が暮らしておられた別邸に別れており、前の子爵様が亡くなられてからは大奥様(私のひいお婆様)と私のお婆様が暮している。


 私達はお婆様の別宅の厨房をお借りすることになっていた。

 普段の食事は本館で調理されて運ばれるため、ここは大奥様とお婆様のメイドがお茶や軽食の準備をする程度しか使っていない。

 そのメイドたちも今日はお茶会の給仕に借り出されたので、私とグリンダは大奥様とお婆様のメイド替わりだ。

 私は先に食材を厨房に運び込むとダドリー達に後は任せて、大奥様とお婆様にご挨拶に向かった。


 居間に入ると大奥様とお婆様はグリンダの入れたお茶を飲んでいた。

「大奥様、お婆様お招きいただきありがとうございます」

 私は部屋に入ると軽くカーテシーをして挨拶の言葉を述べた。

「まあまあ、レイラの幼い頃にそっくりで本当に可愛らしいこと」

 大奥様は目を細めて微笑んでくれた。

「セイラ。今日は宜しくお願いしますね」

 お婆様も微笑んでそう告げた。

「セイラ、悪いのですが今日はこちらに着替えてもらいます。グリンダ、セイラを手伝ってあげて」

 お婆様がそういうとグリンダがメイドの衣装を持って私を別室へ促した。


 グリンダは私の着替えを手伝いながら愚痴をこぼす。

「奥様はお嬢様を目立たせたくないようですねえ。この間お婆様が見えられたときドレスを着せてお茶会に参加させようとご提案されたのに給仕役でと仰ってこの様なメイド服までご用意されて。お嬢様ならきっとドレスのほうがお似合いですし、お茶会に参加すればその言動で話題をさらえる事間違いなしなのに」

「ねえグリンダ、私に何を期待しているの?」

「もちろんお嬢様がこのお茶会に群がった貴族男子を踏み台にして更なる頂点を目指すことですわ。そうすれば私はその筆頭メイドとして権力を使い放題ですわ」

「えらく他力本願な夢なのねえ」

「このグリンダお嬢様には期待しているのです。あら、メイド服も可愛らしいですわ。これならすべてのロリコン童貞の萌豚どもをキュン死にさせることも可能ですわね。それなら今日はその方針で、」

「却下よ! 却下!」


 着替えて居間に戻ると大奥様が大層喜んで私に手招きをした。

「なんとまあ可愛らしいメイドさんだ事。こちらに来て一緒にお菓子をおあがりなさい」

「大奥様メイドが一緒にお菓子を食べているのはおかしいですわ」

 私が答えると大奥様は言う。

「お茶会が始まるまではあなたは私の可愛いひ孫よ。そうそうグリンダもお給仕はいいから一緒にお茶をいただきましょう」

「二人ともお母様がああ仰っているのだから、こちらに座って一緒にお茶に致しましょう」

 お婆様の言葉に私はグリンダを促してソファーに座った。


【3】

  四人でお茶を飲んでいると居間の扉がノックされた。

 グリンダが扉を開くとドアの前にはエマ姉が立っていた。

「あのねえセイラちゃん、困ったことがおきたからダドリーが呼んできてくれって」

「困ったことって何?」

 私はあわてて立ち上がる。


「あっ、セイラちゃんのお婆様とひいお婆様。初めてお目にかかります」

 大奥様とお婆様が微笑んで会釈をする。

「で、エマ姉。何が有ったの」

「いつもセイラちゃんやセイラちゃんのお母様にはお世話になっているので父からも良くご挨拶をするように言われてまいりました」

「だからエマ姉…」

「うちは服飾や装飾品の取り扱いもしておりますのでお気が向けばぜひ一度当…」

 私はエマ姉の手を引っ張って廊下へ引きずり出した。

「で何があったの」

「うんとねえ、セイラちゃん。オーブンが使えなくなったの」


 厨房に入るとダドリーは南蛮漬け用の鶏肉の下拵えをしていた。

 ウィキンズはでかいボールで卵と酢をかき混ぜていた。

 裏通り組みは、ポールは生ハムをスライスしピエールはサーモンをスライスしていた。

 ジャックはキャベツを刻んでいる。(やっと三人に名前がついた)

 エドはなぜか卵の殻を数えていた。

「ダドリー何があったの。オーブンが使えないってどう言うこと」

「いきさつはエマに聞いてくれ」


 そもそも別邸の厨房にはオーブンが無い。

 厨房自体大して使わないし、オーブンを使うような料理は本館で行うということもあるが、そもそもオーブンを設置する毎に税金が取られるのだ。

 だから今回もオーブン料理はこちらで仕込みだけして本館の厨房を使わせて貰う事になっていた。

「それでね。向こうのコックさんがダドリーにオーブンを使わせるからレシピを教えろって」

「えらく一方的な言い方ねえ」

「うん、それでね。わたしがそっちは何を教えてくれるのって聞いたら、白パンとケーキやクッキーのレシピを教えるって」

「それで?」

「それならうちは、ココットと鴨のオーブン焼きのレシピを教えるって言ったら、マヨネーズのレシピも教えろって言ってきたの。向こうはプロのレシピを教えるんだから素人料理のレシピじゃあ割に合わないって」

「それで喧嘩になったの?」

「ちがうの。ダドリーがね、それじゃあ店で出しているハバリーサラダのレシピも教えるからそれで手を打ってくれって。それで向こうも折れたから、私が契約書を作るからそれにサインしてくれって言ったの。そしたらそんな面倒な事しなくても約束は守るって」

「じゃあそれでオッケーじゃないの」

「うん、でね。向こうのコックさんが素人料理相手にあっちのほうが損だけどプロの料理を教えてやるって。そしたらね、エドが誰でも知ってる糞みたいなレシピとダドリーのオリジナルのレシピが引き換えになるんだから感謝したほうが良いよって諭したの。そしたら向こうのコックさんが怒っちゃったの。可笑しいねえ」

「諭してねぇわ! 煽ってんだ!」

 ダドリーが怒鳴る。


「俺とダドリーとで必死に謝ったんだけど向こうの料理長が激怒しちまって取り付く島も無い有様さ」

 ウィキンズがため息を吐く。

「エマとエドは使えねえとかの話じゃねえ。邪魔だ。迷惑だ」

 ダドリーも怒っている。

「でもエドの気持ちも分かるんだよなあ」

「そうそう、お嬢とダドリーのレシピをあんな風に言われちゃあなあ」

「殻の回収に行ったとき食わせてもらうマヨトーストにハバリーサラダを乗せたやつなんて最高だもんなあ」

 裏通り組がエドの弁護をする。

「解かってるよ、そんなことは」

 ぼそりとダドリーが呟いた。

「それならダドリー。私も一緒に行くから、向こうの料理長に謝罪しよう」

「それは嫌だ。謝罪はしない。エドの言ったことを否定することになるから」

 ダドリーがそう言うとウィキンズが噴き出した。

「アハハ、お前もやっぱりそう思ってたんじゃないか」

「でもダドリー。オーブンはどうするの?」

「オーブンは使わない。他の方法を考える。それでお前を呼んだんだ。だからセイラ、知恵を貸してくれ」

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