第14話 お茶会(2)

【3】

 洗濯したてではあるが正装とは言い難い私服姿のウィキンズだが、堂々とした物言いとシャンと伸びた姿勢で立っていると他の給仕と比べてもさほど見劣りしないと感じた。

 体格も姿勢も良く口調も丁寧なウィキンズを屋敷の使用人と思ったようで侯爵も奇異に感じなかったようだ。

「さっきのパンと同じ人がわたしの為に作ったのだわ。あなたなの?」

「いえ、わたしは本日のシェフの手伝いです。用意したのはあちらのシェフで御座います」

 ウィキンズがダドリーの方を向いて手のひらで指し示す。

「フーン、ならデザートも可愛いお花にするのだわ。あのザコにそう言っておいて」

「はい、心得ました」


 ウィキンズに付いて私も下がる。

「おい、お嬢どうする。デザートはダドリーの担当じゃないぜ」

「今から間に合うかどうかわからないけど料理長の所に行ってくる。最悪の場合はダドリーにフルーツの飾り切りをして貰いましょう。あんたはナイフを取りに行って」


 私は本館の厨房に駆け込んだ。

「おやレイラ様のお嬢様。そんな恰好でどういたしました」

 料理長が駆け込んできた私の姿を見て驚いて声を上げた。

「お婆様と大奥様のお手伝いをしているの」

「ああそれでメイドの格好を」


「ああお嬢様。レイラ様の連れてこられた子供たちに謝っておいてください。売り言葉に買い言葉とは言え本当に大人気無い事をしてしまいました。下げられた皿を見せていただきましたが素人レシピなどと言ったことが申し訳ない。工夫を凝らしたレシピばかりで本当に驚きました。あの工夫を一般のレシピと交換などと申し訳ないことを言ってしまった。あの少年にはレシピの交換などと言いません、どこの厨房に下働きに入るかわかりませんがそれまでに私の基本レシピを教えますと言っておいたください。できればうちに来て働いてもらいたいのですがね」


「いえ、料理長。私たちの方こそ経験のない子供のくせに無礼な事を言ってご心配をおかけいたしました。仕事が終わればみんなに謝りに越させます。それよりも侯爵令嬢の事でお話があるのです」

「えっ」

 料理長の顔が曇る。


「侯爵令嬢はデザートもお花にしろと。あとは蜂蜜煮の人参も喜んで食べてくれましたから甘ければあまり好き嫌いはなさらない様ですが辛いのは苦手の様です」

「ありがとうございますお嬢様。しかし侯爵夫妻もお茶会にあんな分別のない子供のようなお嬢様を連れてくるなどとは、何を考えていらっしゃるのか」

 料理長はぶつぶつ言いつつ、ふと私の顔を見て慌てて言い直した。

「ああ本来侯爵令嬢様の様な方があのお年頃の子供なのでしょうが、セイラ様を見ていると勘違いしてしまいますなあ」

「そう言えば侯爵令嬢はピンクと黄色がお好きの様です。サーモンとタルタルソースの前菜をカメリアだと言って自分の色だと言っていました」


「花はいろいろと形を工夫すればよいのですが、色はすぐに無理ですなあ。人参の蜂蜜煮を食べられるのなら果物のコンポートを使いましょう。あとはタルトやクッキーやクレープを使って花の形を工夫して、黄色はカスタードクリームを使いましょう。さあみんな取り掛かっておくれ。数はいらないが時間は限られているぞ」

 流石は料理長だ、次々と流れるようにイメージを作り指示を出す。

「それではよろしくお願いします」

 もう此処での私のする事は無い。私は一礼すると会場に戻った。


 幸いなことに侯爵家の一同は茶碗蒸しを気に入ってくれたようで、一時的に喧騒は収まっていた。

 空になった皿は下げられ、入れ替わりにフルーツやデザートが並び始めた。炙り焼きも一段落ついて、場も少し落ち着いてきたころだった。

 デザートの搬入に気付いた侯爵令嬢がゆっくりと並んだデザートの皿を見回り始めた。そしてしばらくするとつかつかとダドリーに向かって歩いてきた。


「あの男はちゃんとあなたに言ったのかしら。わたしが言ったのに守られていない様なのだわ」

「あの侯爵令嬢様それは…」

 慌ててフォローに入る私に向かって侯爵令嬢はピシリと言った。

「あなたには聞いていないのだわ」

「すまねえ。俺はデザートの担当じゃないもんでな」

「あなたやっぱりザコね。下品なしゃべり方をするのだわ。でもわたしは心が広いから許してあげるのだわ」

「そいつは済まねえな。俺の代わりにさっきこいつが厨房にお願いに行ってくれた。少し待っててやってくれ」

 そう言って私の方を向いて顎をしゃくった。

「わたし待たされるのが嫌いなの。でも今日は機嫌がいいから少しくらいなら待ってあげるのだわ」

 そう言うと席に戻って行った。


「何だあの娘。お前と年は変わらないようだけど随分とガキだなあ」

 いや私の場合は(俺)と合わせると五十五歳だから。

 取り敢えず苦笑いでごまかしておいた。


 しばらくすると料理長がワゴンを押してやってきた。

 侯爵令嬢が待ちかねたように手を挙げてワゴンを呼ぶ。

 ワゴンの上にはクッキーを花弁のようにあしらったカスタードクリームのタルト。

 クリームでピンクのバラをかたどったプチフール。

 桃のコンポートや色とりどりのベリーを乗せたタルトもある。

 花型に焼いたクッキーには真ん中にカスタードクリームで花弁があしらわれていた。

「田舎料理にしてはまずまずの出来なのだわ」

 侯爵令嬢はそう言うとプチフールを手に取って一齧りする。

 料理長はやれやれと言うように私に向かって肩をすくめて見せた。


「ねえそこの下品なザコ。あなたはもう何もできないの。デザートは腕が無いから出来ないのかしら。あなたもあなたのお手伝いもやっぱり下品な田舎料理のザコなのだわ。ザーコ、ザーコ」

 侯爵令嬢の子供じみた安い挑発にダドリーはムッとした表情を見せた。

「ウィーキーンズ」

「おう」

「おまえ度数の強そうな酒を何本か持ってきてくれ」

「おっ、おう」

 ウィキンズはダドリーの剣幕に戸惑いながらも厨房に走る。


 ダドリーはペティナイフを取り出すと大ぶりのオレンジの皮を剥き輪切りにする。

 折りたたんだクレープを円を描くように皿の上に並べると皮を剥いた輪切りのオレンジをその上にあしらった。

 そして上からカラメルソースをかける。

 皿一杯にオレンジの花芯を持ったクレープの花が咲いた。


 次の皿には桃のコンポートを薄切りにして花弁の様に並べてその上にイチジクのジャムを乗せる。

 真ん中に輪切りのオレンジを一つ置き、上からオレンジを絞って果汁を垂らした。


「見た目だけ飾っても内容はまだまだなのだわ」

 侯爵令嬢が鼻で笑る。

 ダドリーは戻ってきたウィキンズが持ってきた酒瓶のにおいを嗅いで、キルシュヴァッサーの瓶を選ぶとそれを両方の皿に盛大に振りかける。


 ダドリーは盛大にアルコール臭が漂う二つの皿を侯爵家のテーブルに運んで行った。

「君、これは」

 侯爵が困惑した表情でダドリーを見つめる。

「炙るから気を付けてくれ」

 そう言うとダドリーは二つの皿に一気に火を放った。

 青白い炎が一気に燃え上がった。

「きゃー」

 侯爵夫人が悲鳴を上げる。

「火が収まれば取り分けから、それまで待ってくれ」

 テーブルに着く全員が炎に魅せられたように凍り付いている。

 炎がおさまるとダドリーはペティナイフとフォークでデザートを小皿に取り分けて行く。

 テーブルの周りには甘いサクランボの香りが一杯に広がっていた。

「できた。食べてくれ」

 ダドリーはそれだけ告げるとすっとその場を離れた。


 侯爵家のテーブルに集まった人たちから感嘆の声と拍手が巻き起こった。

「これもエドが言ってたやつだよなあ」

「ああ、これだけはエマの手柄だ」

「これでエマ姉のお父さんも少しは浮かばれるわね」


「なあ君。さっきと同じものを我々にも作ってくれないかなあ」

 招待客が数人やって来てダドリーに声をかける。

 ダドリーがほほ笑んで頷くと横から声がした。

「それは駄目なのだわ」

 侯爵令嬢だ。

 ダドリーがムッとして侯爵令嬢を見る。

「あなたはわたしの許可無くこのデザートを作ってはいけないのだわ。なぜなら私がザコに作らせた料理だからこれはわたしだけの料理なのだわ」

 ダドリーが怒りを込めて反論しようと口を開きかけるがそれに被せる様に侯爵令嬢が続ける。

「だからあなたはこれから毎日私にこのデザートを作りなさいなのだわ。それからあの壺焼きもカメリアのパンも私に造り続けるのだわ」

 侯爵令嬢は両手を腰に当てて鼻息も荒くふんぞり返りながらそう告げた。

 横合いから侯爵様が現れて続けて言う。

「聖年式が終われば王都の私の屋敷に来てもらうからそれまでに準備を済ませておきなさい。ゴーダー子爵殿に指導するよう命じておくので行儀と特にその喋り方は改めてもらう。支度金は子爵家を通して君の家族に支払わせよう。君は今日から我が侯爵家の使用人なのだからな。わかったね」

 それだけ言うとクルリと背を向けて席に戻って行った。


「わっ、わかった、りました」

 ダドリーは侯爵の背に向かって不器用に最敬礼した。

「あなたが礼を言うのはわたしになのだわ。それからさっさと次を作りなさい。今度はクレープにネクタリンも乗せるのだわ。桃のコンポートもベリーのジャムも一緒にするのだわ。もちろんオレンジもイチジクのジャムもなのだわ」

「それじゃあもう全部乗せじゃねえか」

「そうねえ、それもいいのだわ」

 案外ダドリーとご令嬢は相性がいいかもしれない。

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