第63話 大司祭就任式(2)

【3】

 当然王都大聖堂が獣人属メイドの同伴を許す事など無く招待状を見せたが追い払われた。

「いえ、あれは名前を見て拒否されたのだと思いますよ。あの教導騎士は私たちの顔すら見ておりませんでしたから」

「えっ、そうなの。ならなんで私に紹介状だしたんだよ、あの野郎は!」

「多分来るはずがないと高を括っていたのでしょう」


「おい! お前ら! 光の神子が来てやったのに追い出したのはてめえらだからな! 首洗って待ってろよ!」

 私は捨て台詞を残して大聖堂を後にする。

「「「……」」」


 私は広場を睥睨すると大聖堂前に位置する広場から大玄関の真正面至る階段の途中の踊り場に演壇が設けられその足元の階段に四方に向かいメガホンが設置されていた。風魔法の術士であろう修道士がそれぞれメガホンに取り付いて調整を行っている。

 演壇の上からメガホンに音を流せるように幾らか改良しているのだろう。


 演台や階段まわりは立ち入り禁止にされているので演壇の正面下に向かう。

 もう既に階段下は人混みでごった返している。

「通してくれるかしら?」

「なんだよ、おまっ…セイラ・カンボゾーラ!」

「えっ! 清貧派の乱暴者!」

「ごっ極悪子爵令嬢!」


 教導派の信徒たちから声が上がる。

「いったい私を何だと思っているのかしら、まったく」

「教導騎士にあそこまで悪態をつけば誰もそう思うでしょう」

「何よ私が悪いって言うの?」

「さあ、それは帰ってからジャンヌ様にご判断願いましょう」

「アドルフィーネ、告げ口する気!」

「そう思われるなら、誰が悪いかもお分かりになっていらっしゃるのでは?」

「解ったわよ。大人しくするからジャンヌさんには内緒にして」


 そんな話をしていると人混みの中から私を呼ぶ声が聞こえてきた。

 見ると演壇下の正面あたりに風除けの幔幕を張り巡らした一角が有った。

 幔幕には大きくアヴァロン商事のマークが染め抜かれている。

「セイラお嬢様ー!」

 その幔幕から顔を出してアヴァロン商事の番頭をしているマイケルが手をブンブンと振っている。


「マイケルはぁ、王立学校に入ってぇパウロに対抗意識剥き出しなのですよぉ」

 私たちはマイケルに呼ばれて幔幕の中に入ると、既に並べられた多くの椅子やテーブルには取引関係の商会主たちがすでに腰を掛けていた。

「これはセイラ・カンボゾーラ様まさがいらっしゃるとは」

「これはミハエル・ポートノイ服飾商会長様、ああ靴加工協会の方々もいらっしゃったのですか。まあアーチボルト・オーヴェルニュ会頭まで」

「マイケル殿の求めでね。教皇庁の方針が実際に変わるのか、おためごかしで終わるのか見極めねば方針を見誤るのでね」

「賢明ですね。前回のジョバンニ様の演説は綺麗ごとを並べて煙に撒かれましたが、結果は全て教皇庁の考えを踏襲するだけでしたから」

「今日の演説も何か耳触りの良い実弾を放って来るのでしょうな」


【4】

 そうこうしている内に王都大聖堂の中から盛大な拍手とざわめきが聞こえた。

 ジョバンニ・ペスカトーレの就任式が始まったのだろう。

 喧騒は直ぐに収まり中から重厚な教導派の典礼曲が奏でられ始めた。

 退屈なセレモニーが鐘一つ分も続いただろうか、やっと大聖堂から振り香炉と燭台の司祭が現れ、それに続きジョバンニ・ペスカトーレ大司祭が姿を現した。


 さすがに長く待たされて聴衆は疲れが見えて、テンションも下がりつつある。

 ただその様子を気にする事まなくジョバンニは演壇へとゆっくりと歩を進めた。

 遠目でもその表情に聴衆を気にかけている様子は見られない。こいつの本質は何ら変わっていないのだろう。


 ジョバンニは演壇に上がると口を開いた。

『この中に聖女ジャンヌ・ボードレール伯爵家令嬢はおられぬか!』

 開口一番にかましてきやがった。

 本来集まった聴衆に謝辞を述べるのが一番だろう。


『そのような方は存在しない! 聖女は自らの幼子を守って凶刃に倒れられた騎子爵スティルトン卿の娘、ジャンヌ・スティルトン様ただお一人よ!』

 教導派が用意したメガホン程度の物はライトスミス木工所の技術が有れば簡単に作れるのだ。

 私はアドルフィーネが操作するメガホンでジョバンニに向かって吠えた。


『セッ…セイラ・カンボゾーラ! なぜお前が…』

『ご招待に応じたら大聖堂の入り口で教導騎士に追い払われたのよ』

『セイラ・カンボゾーラ! お前は聖女ジャンヌの伯爵家に繋がる高貴な血筋を否定するのか!』

 私の存在に狼狽したのだろう。私の言葉に乗ってしまったのはジョバンニの失態だ。


『違うわ、聖女ジャンヌ自ら騎子爵スティルトン卿とその妻で聖女だったジョアンナ・スティルトンの娘である事を誇りにしているのよ。庶民の中に在って庶民を無償で治癒し続けた聖女ジョアンナと平民の身で聖女とジャンヌ様を命を賭して守り続けたスティルトン卿の娘である事を! 平民として庶民の中に身を置く事を誇りにした聖女ジョアンナ様の娘としてその意思を継ぐためにね』


 その言葉に広場の聴衆は沸き上がった。少なくともこの一瞬だけは広場の聴衆は私に追い風となった。

 前回の枢機卿の発表にも水を差す事が出来た。


『もう良い! 創造主が定められた貴賓の役割も弁えぬ子爵令嬢風情に何を申しても通じぬ。お集りの諸氏よ、聞いて欲しい。聖女ジャンヌ・ボード『ジャンヌ様はジャンヌ・スティルトンよ!』…クッ、聖女ジャンヌに王都大聖堂大司祭として謝罪する。聖女ジャンヌが以前述べた通り聖女ジョアンナの行った治癒治療に何ら問題など無い。そもそも治癒治療は創造主が聖職者に与えられた救いの御手である。高位聖職者と一般庶民とでその効果の優劣は有るであろう。しかし施す者のその志は優劣が無い』

 そこ迄行ってチラリと私の方を見た。

 当然反論も揶揄も出来るが野次を入れたところで清貧派の評判を落とすだけだ。


『それではなぜ聖属性が現れるのか? 高位聖職者の指から零れた者を救うため、高位聖職者の志を広める者としてその慈悲を遍く広げる為である。聖女ジョアンナはその志を体現して治癒を施してきた』

『ジョアンナ様は…』

 反論しかけた私の口をリオニーが塞ぐ。


『いま問いたい。原罪とは何だろう。治癒治療とは何だろう』

 予想だにしなかった言葉がジョバンニの口から出た。

 私もアドルフィーネたち三人も意表を突かれた。


『そもそも聖職者が聖教会で治癒治療を行うのは何故か? 本来原罪を癒しそれによって肉体の治癒を行うためである。しかし肉体の治癒だけならば治癒施術だけでも済ます事が出来るのだ。いや、聖女ジョアンナの事を申しておるのではない。彼女は先ほど申した通り教皇猊下の志の下に施した治癒については原罪も併せて治癒されているのだから』


「ひどい詭弁ね。教皇の指示で行った行為だけは原罪が治癒されているって、庶民への治癒活動の否定じゃないの」

「カンボゾーラ子爵令嬢の言う通りですな。しかし一般庶民は気付かんでしょう」

「教皇庁は今まで通り高額の喜捨の有る治癒しか認めんという事だね」 


『聖教会での治癒治療が高額になるのは何も病やケガの治癒の為だけではない。そこで原罪も癒しているからだ。もちろん大司祭の意向で行われた治癒も同じ事である。ならばそれ以外はどうか? 市井の薬師や冒険者の行う治癒でも肉体の治癒は行われる。昨今話題の診療所も同じ事だ。肉体の治癒についてはあの診療所の金額に妥当性はあるのだ。前王都大聖堂の大司祭はその教義を理解していなかった。市井で行われる治癒治療は今のままでも何ら問題は無いのだ。肉体の治癒はそれでなされる。王都大聖堂の大司祭として皆に宣言する。今市井で行われている治癒治療に何の瑕疵も無いと!』


 ジョバンニの、アントワネットの野郎、姑息な手を使いやがって。

 やられた! 気付くのが遅かった! 奴らのやろうとしている事に気づくのが!


『お集りの諸氏に告げる。原罪を癒す事と肉体を治癒する事とはまるで意味が違うのだ。本日より王都大聖堂も市井と同じ治癒料金の体系を採用し、原罪を癒すために贖罪符を発行する』

 奴らめ、治癒治療と贖罪符を切り離してきやがった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る