第62話 大司祭就任式(1)

【1】

 就任式の馬車の車列は王宮聖堂から始まった。本来はその司祭が所属する聖教会から就任する大聖堂へ向かうのが筋である。

 しかし学生の身で父親への忖度で特に実績も無く司祭になったジョバンニ・ペスカトーレは所属聖教会も無い。


 普通に考えるなら王立学校の聖堂から出立すべきなのだろうが、王立学校の聖堂は今や完全に教導派とは名ばかりで、清貧派の平民寮の修道士や修道女が占拠している。

 毎日ジャンヌの講話やジャンヌの聖霊歌を唄う聖霊歌隊の喜捨が行われている場所だ。


 それならば形だけでも何処かの聖堂や聖教会に籍を置く事も可能だったが、彼は不遜にも王宮聖教会の聖堂を選択した。

 本人が望んだのか父親のペスカトーレ枢機卿がゴリ押ししたのか。

 まあその両方だろう。

 国王陛下にしたところで母の王太后はペスカトーレ教皇の妹に当たるのだから異を唱える事も無い。


 その結果一介の学生司祭で侯爵家の庶子という立場の男が王宮から馬車を仕立てて行進しているのだから呆れてものが言えない。

 一部の宮廷官吏や古くから宮廷につかえる宮廷貴族たちは眉を顰めるものが多いが、王宮を牛耳るモン・ドール侯爵家やペスカトーレ侯爵家の威光を前に何も言えないのだ。


 王宮の正門を抜け市街地に入ると動員された教導派の信徒が歓迎の歓声を上げる。

 実際のところはかなりの市民がジョバンニの大司祭就任に期待を持っており、その就任を歓迎をしていた。

 事実パレードに合わせて白パンの配給を王都内各所で行っている。


 それに合わせて清貧派聖教会でもささやかだがクズ野菜の出汁を使って臓物を入れたスープの炊き出しをしている。

 もちろんクズ野菜などは貴族はもちろん裕福な一般市民にとっては廃棄物扱いだが、そのクズ野菜は下町の貧民たちの食料になるのだ。

 臓物もしかりである。…まあ海の向こうのノース連合王国では王宮でも普通に食べているのだけれども。


 まあ前世でならクズ野菜のスープは格段に美味く栄養価の高い出汁が出る、俗にいうベジブロスなのだが。

 それに臓物…ホルモンも美味いに決まっている。まあスープより焼肉の方が絶対美味いのだけれど。

 今回は細かく刻んで出来るだけ多くの人に行き渡るようにスープにした。


 市民はお祭り気分で教導派の白パンと清貧派のスープを食べながら見学を始めている。屋台も出てちょっとしたお祭り騒ぎだ。


【2】

 王立学校の上級貴族たちと三年のAクラス生には王都大聖堂から招待状が届いている。

 参加するかどうかは個人の判断。当然ジョン王子たちやヨアンナやファナやカロリーヌは参加しない。

 そして平民のゴッドフリートたち幾何の学生とハウザー王国の留学生には招待状も来ていない。当然エマ姉とオズマもだ。


 ただジャンヌはジャンヌ・ボードレールの名で招待状が来ていた。

「この世に今までもこれからもジャンヌ・ボードレールという名の女性は存在しません! これを認めれば父上の、スティルトン騎士団長の否定になります!」

 ジャンヌは激怒している。

「そうよね。ジャックのお父さんやドミニク司祭様の事も全否定する事に…、ドミニク様があんなに苦労してまだ司祭なのにジョバンニの野郎は何一つ実績も無しに。あの糞野郎!」

 私の沸点が上がった事でジャンヌは落ち着いたようだ。


 今はロックフォール侯爵家の清貧派聖堂でジャンヌと相談中だ。

「ねえ『父さん』が、もし教導派の立場ならこの状況を何か利用するんじゃない」

「失敬な。別に私は陰謀家じゃないよ。まあこう好意的な聴衆が集まっているなら大衆受けするポピュリズム丸出しの政策演説でも打って、不利な話を煙に撒いて…」


「ジョバンニはやるかしら?」

「この前の事があるからな。ジョバンニのバカはともかく多分アントワネット・シェブリが仕掛けてくる可能性が高いな」

「私もそう思う。ただ何を仕掛けてくるか予想がつかないの」

「そうだね。ただ確実性は無いけれど多分感情に訴えかける様なもの。ジョアンナ様の件をまた持ち出して来るんじゃないだろうか」


「ねえ、ナデテはどう思う? 私もお母様の事を絡めてくるとは思うんだけれど身分の事や平民の治癒については認めないと思うの」

「ええそうですねぇ。でもぅ、ジョアンナ様絡みで攻めてくるのは確実だと思いますぅ」

「そう考えればジャンヌ様は今日も参加なさらない方が良いと思いますよ。きっと御不快な思いをなさる事になる上に、何も言えずに我慢しなければいけない事態に陥ると思うのです」

「賛成ね。見つかればジャンヌさんを祭り上げて評判を落としにかかる可能性が大きいですよ」


 アドルフィーネの言う通りだろう。私がジョバンニの立場ならジャンヌを演壇にあげて前回と同じ事を言って土下座でも何でもする。

 それに対してジャンヌが少しでもきつい言葉を言えばそれだけでジョバンニの勝利だ。

 いや何も言えなくても教導派に主導権を握られた様な物だ。


「ならセイラさんも…」

「セイラお嬢様は良いんですよ。揉めてもこれ以上評判は落ちませんし、こういった時は実弾を投入する方がいいかも知れませんよ」

「そうですぅ。今回は一番前で聞いていただきますぅ。何かあっても私達が付いていますぅ」


「でもセイラさんは大聖堂に入れてもナデテ達は入れないわよ。…多分そうなったらセイラさんは入り口で暴れて摘み出されてしまうわ」

「ジャンヌ様も良くご理解してらっしゃいますね」

「大丈夫ですぅ。リオニーも安心して欲しいわぁ。今回もあの男は外で演説するみたいですからぁ」


「ナデテ、どうして知ってるの?」

「先ほどぉ入った情報ではぁ、大聖堂前にまたあの演壇が設えられたそうですぅ」

「多分清貧派へのアピールならそこでやりそうね。ふざけた事ぬかす様ならぶん殴ってやれそうね」

「セイラさん、節度は守って頂戴よね。今の街の雰囲気なら反感を買う恐れもあるんですから本当に慎んでくださいよ」


「ジャンヌ様のご指示通り私たち三人はセイラ様から離れませんし、状況を見て撤収の判断はこちらで致します。ご安心ください」

「アドルフィーネ、セイラさんをくれぐれもお願いします。今回は暴発しても危険な事は無いでしょうけれど様子を見て早めの判断をお願いしますね。変にすばしっこいので本当に気を付けて」


 どっちが親なのかわからない様な事をジャンヌに言われて私たちは王都大聖堂に向かうのであった。

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