閑話13 福音派の画策(2)
★★★★
「見栄と欲の塊のような方ですわ、あのお方は」
テンプルトン子爵令嬢は吐き捨てるように言った。
「でも伯父上様ですよね」
「伯父上だからですわ。エレノア王女様のご親族はどうか知りませんが、私はあのお方を側で見てまいりましたから。会えばどこどこの侯爵家が挨拶に来ただの、伯爵家の者が仲立ちを頼みに来ただの、誰がどれだけ喜捨を持って来たとか、浅ましい事この上御座いません」
「そう仰いますが、ラスカル王家も似たようなもので御座いますわ。父上の御兄弟は皆身罷られていらっしゃいますが、親族の侯爵家の方々も似たようなもので御座いますよ」
「それでも王属や高位貴族の方々でしょう。伯父上は意地汚いのですよ。貰うものは幾らでも貰うのに、自分が出す物は舌でも嫌だと言うような方ですわ。時折聖餐に招かれておりましたが、その名の通り聖教会の聖餐そのままですのよ。聖餅代わりのライ麦パンに野菜だけのスープ、一つのチーズを皆で取り分けて一本のワインをみんなで分けて一杯づつ。あとは牛乳だけと言うものですよ。これが人を招待して饗する聖餐というのだから呆れてしまいますわ」
「まあ、それでしたらこちらからお持ちするのは失礼になるのでしょうか」
「いえいえ、それこそ自分で出さなくて済むなら大喜びで御座いましょう」
「それならばお茶菓子を沢山お持ち致しましょう。それで本題なのですが、テンプルトン総主教様は第一王子派なので御座いましょう」
テレーズはここで本題を持ち出してきた。皮肉な笑顔を讃えていたテンプルトン子爵令嬢の顔か笑顔が消える。
「ええ、教導派や清貧派とは犬猿の仲の福音派ですから。第二王子派に着く事は御座いませんわ。かと言って南部貴族が支持する第三王子派は王子殿下が幼いため有力貴族の発言力が大きいので大きな顔ができないのでしょうね、オホホホ」
ならばやはり清貧派の留学生たちに対する牽制なのだろう。
この一年間で清貧派の名を掲げてテレーズたちはかなり派手に立ち回っている。
別に作為的に立ち回った訳では無いのだが、結果的に世間の耳目を引いている事は事実であるし、その活動が留学生の四人にとっても同級生の神学生たちにとっても良い影響を及ぼしていると言う自負もある。
少しぐらいの圧力で手を緩める事は出来ないが、かと言って子供たちに不都合がおこるのも避けたいのだ。
これまでも神学校はテレーズたちの活動を苦々しく思ってみていた事だろうが、神学校にとっても新たな治癒魔術というのは実利が大きいのであからさまに否定する訳には行かない。
なにより下町での治癒活動は庶民の絶対的な支持も得ており、留学生たちは清貧派の看板を掲げているもののハウザー王国の王位継承にはこれといって態度を表明している訳でもない。
ここでテレーズたちの顰蹙を買って他陣営に肩入れされてはデメリットは有ってもメリットは無いのだ。
多分牽制と陣営への引き込み。
牽制はともかくどれかの陣営に肩入れしようものならば、他陣営からの攻撃が襲ってくる上に組した陣営からの保護は期待できないだろう。
幾ら相手が甘い言葉を述べてもそれは結局ゲームの駒に過ぎず、ましてや余所者の彼女たちは捨て駒でしかないのだ。
「テレーズ先生、何かあれば私が直接乗り込んでも宜しいのですよ。何ならご同席させて頂いても構いませんわ」
「テンプルトン子爵令嬢様、それならば貴女より私がご同席する方が面白い事になるかも知れませんわ」
「まあプラットヴァレー公爵令嬢様それはそれで面白いかも知れませんわね。なら二人でご一緒しても…」
やはりこの子たちも子供なのだろう。
自分たちの我儘やムチャがすんなりと認められると思っているのはまだまだ幸せなのだろう。
「あなた方を巻き込むような事は出来ません。何より指導講師の立場で生徒を巻き込むつもりは有りませんよ」
「「えー、面白そうなのに」」
この二人だけでなく他の留学生もこの程度の感覚なのだろうが、だからといって彼女たちに現実を突きつけるような酷な事をするつもりもない。
この際子供たちには今まで通りただの食事会として参加させよう。
★★★★★
テンプルトン子爵から提案を受けたときは正直戸惑ってしまった。
しかし考えれば考えるほどに手段としてはよく練られていると思うに至った。さすがに総主教を輩出する名家だけの事はある。
案としては上出来であるが、さて手立てとなると乗り越えねばならないハードルはいくつかある。
プラッドヴァレー公爵はそのために思案している。
テンプルトン子爵からの提案はとてもシンプルなものであった。
ハウザー王国のジョージ第一王子殿下にラスカル王家から第一夫人を迎えるというものである。
初めに聞いたときはなにを言い出したのかと正気を疑ったほどだ。
あの国の特にあの王室は人属至上主義の長らく反目し続けている仮想敵国である。
ましてやラスカル王室が信奉しているのは教導派聖教会で、ハッスル神聖国の犬とまで呼ばれている筋金入りの教導派王室である。
ラスカル王国の王室に婚姻の打診をしたところで教導派の王女が来るわけもなくどう考えても不可能ではないのか。
そもそも福音派の総主教家としてそれは許容できるのか。
その答えは単純だった。
「第一王妃と言っても地位だけのお飾りで構わぬではありませんか。少なくとも子供を産ませるつもりはさらされ御座いませんぞ。ラスカル王室の血を継ぐ王子など認めるわけにもゆきませんからな」
「なら何のために王妃などと…」
「もちろんジョージ殿下の箔付でございますよ。ラスカル王国との国交を回復し融和に尽力した。そしてラスカル王国の後ろ盾も得られる。願っても無い事では御座いませんか」
「しかし…それならばハスラー聖公国でも」
「国王と大公では格が違いましょう。それにエヴァン王子の友人であるラスカル王国のジョン王子はハスラー聖大公の孫にあたるのです」
「それで聖大公はこの提案を受けぬと言う事か。ならラスカル国王も…」
「それが然に非ず。ラスカル公国のジョン王子と国王は犬猿の仲。その関係は冷え切っているそうですな。少なくともブル・ブラントンからの報告ではそのようでした」
「ブル・ブラントンと言えば昨年ラスカルで捕縛された護衛騎士か。近衛騎士団で情報収集に当たっていたそうだな」
「エヴァン王子とジョン王子は大変懇意だと聞き及んでおります。そのジョン王子は清貧派の公爵家から妻を迎えるらしく、教導派からは怨嗟の声が上がっておるとか」
「ムッ、政治的な話としては面白いのだがな。可能性は少なかろう。ハウザー王国にやってくるような王女がおるのか? 充てがるのか? はなはだ疑問だがな?」
「何を仰っておられるのです。すぐ近くにおるではありませんか、ラスカル王家の王女殿下が」
「あっ!」
ラスカル王国の権力争いのため母国から弾き出された留学生たちは、また自らの意思とは関係なくハウザー王国の権力争いに絡め取られて行く。
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