第4話 なめし革
【1】
新学年が始まってからクラス内はピりピりしている。
教皇派の四人と主に私達清貧派女子貴族の対立が表面化しているのだが、ジョン王子は腹を括った様で次期王位継承を公言している。
それに対してイアンたちも暗にその言葉を認めてジョン王子支持を態度で表している。
近衛騎士団員の三人は王族の警護が使命だと公言しているが、かなりカプロン卿に色々と吹き込まれている様であの事件以来顔つきまで変わってしまった。
留学生四人は内政が絡む事なので両陣営と意識的に距離を置いたスタンスをとっている。エポワス伯爵令嬢は当然このグループであるが、アイザックとゴッドフリートは私の指示でこのグループに入っている。
私やジョン王子の側にいると間違いなく政争に巻き込まれて危険な目に遭う可能性が高い上、私たちのアキレス腱にもなりかねない。
エヴァン王子たちに二人を守ってもらう様にお願いしている。戦闘力では留学生の四人は皆現役の騎士なのだから。
基本的にはクラス全体の雰囲気はジョン王子支持の空気が非常に強い。二年間共に学んできているし、そもそも清貧派が多く何より男子生徒は聖女ジャンヌの支持者が多いこのクラスでは教皇派は浮いた存在になっている。
その為教皇派は非常に攻撃的で頑なになっているように見受けられる。
中間派のエヴァン王子たちにも歩み寄る訳には行かないのは教義上の制約があるからも有るだろうが、メアリー・エポワス伯爵令嬢が絶妙なタイミングで橋渡しを請け負っている。
そしてその手駒になっているのが驚いた事にアレックス・ライオルであった。
それと無く教皇派の四人から情報を収集し、エマ姉やオズマがボッタクリの商品情報をメアリー・エポワスを通して流している。
そのお陰も有ってメアリー・エポワスは辛うじて教皇派の末席に数えられている。
…本人は教皇派に残ること自体に未練も執着もないようなのだが。
【2】
エヴェレット王女との今後の打ち合わせに上級貴族寮に向かうとヴェロニク・サンペドロとメアリー・エポワスが部屋に居た。
この二人はさしたる用も無いのにエヴェレット王女殿下の部屋に入り浸っている様なのだ。
そのメアリー・エポワスからの情報によるとこの秋に入ってからハッスル神聖国より牛の生皮の輸入が増えているのだそうだ。
輸入というよりも北部教導派諸領に無理やり送り付けられているのが正解のようだ。
ラスカル王国で皮鞣しを行いそれをまたハッスル神聖国に送り返しているという。
本来ハッスル神聖国で牛の屠殺などもほとんど行わないようなのだが、何故か最近は屠殺と皮剥ぎ迄はハッスル神聖国で行っているのだそうだ。
多分牛ごとラスカル王国に送ると数が捌けない事と、食肉加工品もラスカル王国に売り付けるつもりなのだろう。
北部諸州でも皮鞣しはあまり工房が多くない上に残暑の残るこの時期では腐敗も早く臭いも凄いという。
北部でも中央に位置するエポワス伯爵領はその被害に遭っていないが、国境周辺の諸領は苦労の割に鞣革を買い叩かれて利益が出ないと溢しているそうだ。
鞣した革の値段もさることながら、生皮を買い取らされてなめし革を安値で買い上げられるからだ。
全量鞣してしまえればどうにか儲けも出るのだろうが、腐敗した生皮は鞣す事が出来ないので廃棄処分となる。
そうなれば買い上げ量が下がるためまるで赤字なのだ。
「鞣革ならばハッスル神聖国の倍の値段で買っても良いのだけど」
いつの間にか湧いて出たエマ姉がポツリとそう言った。
「別に私はどうでも良いわ。我が領の事でも無ければ不満を言っている領地に恩義がある訳でも無いのだもの」
「でもお父上のエポワス伯爵様は革装備の調達に奔走していらっしゃるとか」
「あらお父様に義理立て? あなたがそんなこと考えるなんて意外だわ。でもね、国軍の装備調達ならすべて国内産で賄った方が良いわ。何より馬鹿高いハッスル聖公国産の生皮を輸入する必要なんて無いでしょうに」
メアリー・エポワスが肩をすくめてそう言う。極めて正論ではあるが幾つか現実が見えていない部分もある。
「でもエポワス伯爵令嬢様、今から始めても革の国内調達が軌道に乗るまでには数年かかるわよ。その間の繋ぎは必要でしょう」
私の差し出口にメアリー・エポワスは眉間に皺をよせて答える。
「それは解っているわ。父上も後二~三年は本格的な対応が出来ないからしばらくは供給を絞ると言ってたわ」
ああ、そこはもう諦めてるんだ。現実が見えていないわけでもなさそうだ。
「そこでシュナイダー商店より提案です。その繋ぎにハッスル神聖国産の生皮の鞣革をかっさらいまーす」
「あら、面白そうな事を仰るのね」
「商会で調べた限りではハッスル神聖国の鞣革の買取価格はとても低いの。倍の値段で買い上げても国内産の二割増しに満たない価格なのよ」
「そうなの、でも二割増しなら高いのは高いじゃない」
「ええ、でもそれで北部国境沿いの領地に恩を売れたら安い物だと思うわ」
「それで国境沿いの諸領を清貧派に引き込むつもり? それは無理よ。ハッスル神聖国からの報復は怖いでしょうからね」
「いえいえ、それは承知していますわ。お世話になっているポワトー伯爵のお顔を立てる為に伯爵様のお名前でオーブラック商会を通して買付させましょうよ」
「まあ、近衛騎士団の輜重費用を使わせるつもり? でもそれなら割り増しなんて付けないわよ。せいぜいハッスル神聖国の買い上げ価格の七割増しね。国内価格より高いなんて父上も無駄な費用は使わないわよ」
「だから輜重部隊には国内価格分を出して貰ってそれ以上はうちが出しますよ。色々とお世話になってますから。その代わりその革を使った縫製と加工の受注をお願い致しますわ」
「ほほほ、あなたらしいわね。良いでしょう父上にその事を話してみるわ。教皇庁には睨まれるでしょうけれど国境辺の貴族の評価も上がるでしょうし。天秤にかければプラスサイドかしら」
メアリー・エポワスはエマ姉の話に乗ったようだけれど、私はどうしても釈然としない。
エマ姉がこんな温い条件で契約を結ぶなんて考えられないのだ。
もちろん大量受注を取れるなら単価も下がるし、エマ姉たちの傘下の革工房は効率化され製造単価も個人の革工房からすると格段に安い。利益は出るだろうが別に国内価格の二割増しになるような倍の値段でなめし革を買い取る必要など無いだろう。
国内定価と同額で仕入れて卸価格を一割程度下げる方が受注は確実ではないだろうか。
何よりもなめし革を全てエマ姉が買い上げてしまえばハッスル神聖国が何か報復に出るはずだ。
どうせなめし革を買い叩いて加工品にしてまたラスカル王国に高値で買い取らせるつもりなのだろうから。
そう言った事も含めてエマ姉の目論見には裏が有りそうだ。
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