第3話 海軍設立法案

【1】

 フラミンゴ宰相は国王陛下に呼び出されて溜息をついた。

 まさか王太后がここ迄直情的な行動に出るとは思わなかった。

 ここ二年で王太后の影響力は大幅に下がっているが彼女はその事実に気付いていないようだ。

 いやその暴走を許している国王陛下の派閥自体が事の重大さを弁えていないのが問題なのだ。

 そうでも無ければこれほどの愚策に打って出るのを座してみているような愚かな事はしなかっただろう。


 もしあの場で王妃殿下が死んでいれば、今頃はハスラー聖公国を巻き込んだ内戦に発展していただろう。

 マリエル王妃病死などと言う戯れ言をハスラー聖公国が信じるとでも思っているのなら目出たいにも程がある。

 今回は王妃殿下は一命をとりとめたが、事件の事はもうハスラー聖大公の耳の入っているだろう。

 失敗したお陰で王妃殿下暗殺未遂という結果が表沙汰になった事は成果だろう。


【2】

「国王陛下、フラミンゴ宰相が参られました」

 近習が国王の執務室のドアを開く。

「ああ、来たか」


 国王の執務室になぜペスカトーレ枢機卿とモンドール侯爵ここに居るのだ!

 今回の厄介事を止められなかった上に尻拭いをさせようと言うつもりなのか!

「それで如何なるご用件で御座いましょう。王妃殿下の暗殺未遂の調査で御座いますかな?」

「いやそんな事を宰相に命じる訳があるまい。その件では無いぞ…」


 それはそうだろう。そんな事をすれば王太后に、そしてモンドール侯爵家やペスカトーレ侯爵家ひいては国王陛下自らに火の粉が降りかかって来る。

 さすがにそんな事は出来んだろう。手駒の司法卿にでもお座なりの捜査結果を出させて犯人をでっち上げるか迷宮入りを企んでいるのだろう。


「今日貴公を呼んだのはその件とは直接は関係が無い。いや無くもないがそこで不穏な言動があったと漏れ聞いたものでな」

「いったい何を仰りたいので御座いましょう?」

 本当に呼びつけておいていったい何が言いたいのだ。


「モン・ドール侯爵より息子のマルコ・モンドールがあの場に居合わせて不穏な言動を聞いたと報告が有ってな」

「ああ我が息子、ジョバンニ・ペスカトーレもその事実を王立学校で本人たちから聞いたと申しておった」


 一体何を問題にしようとしているのだろう?

「何のお話か見当がつかぬのですが?」

「ああ、カロリーヌ・ポワトーがアジアーゴを焼き払うと宣言したそうだ」

 その件ならばついこの間息子のイアンから報告があったな。

 どうもセイラ・カンボゾーラの仲間たちがジョン王子支持を表明したようだが。


「なんと不穏な事を…。いったいどういう経緯で話が合ったのでしょうか?」

「経緯も何も、我がペスカトーレ侯爵領への宣戦布告ととらえられても仕方ないような言動ではないか」

 それでポワトー伯爵家を処分しろといいたいのか?


「それはあの王妃殿下暗殺未遂事件の場で交わされた言葉であったとの認識で宜しいいのでしょうか?」

「暗殺などと軽々しく、王妃はまだ生きておるではないか!」

「ええそうですな。王宮治癒術士団は役立たずで、暗殺者は離宮に串刺しで晒されておりましたが、あの犯人が誰かはまだ分からないのでしょうか」


「その話はもう良い! 要するにその場でカロリーヌ・ポワトーが王太后殿下にそう申したという事じゃ」

 モン・ドール侯爵が国王の話を引き取って話を続けた。

「それでポワトー伯爵家を処罰しろと? さすがにそれは不可能でしょうな」

「いやさすがにそこまでは申しておらぬ。売り言葉に買い言葉だった様だがその原因となったのはセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢だそうだ。不遜にも王太后殿下に盾突いた上に国を割ってやると宣言したと聞いている。さすがに子爵家の令嬢如きが口にして良い言葉ではあるまい。反逆罪であろう」


「それは王妃殿下を服毒からお救いして、王太后殿下を蘇らせたあのセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢の事で宜しいのですか?」

「いや、あの、そうだな。セイラ・カンボゾーラの功績は認めなければならんが…」

「色々と責任や心労が重なっては悪態も付きたくなると言うもので御座いましょう。ここは大目に見るべきでしょうな。かの者の功績は王太后殿下のお命を蘇らせた者として王宮を中心に知れ渡っておるようですし。これ以上突いて王妃殿下の暗殺未遂迄表沙汰になれば面倒で御座いましょう」

 忌々しそうに此方を睨むがあの事件の後始末など願い下げだ。自分たちの不始末は自分たちでやれば良い。


「しかしあの者は不埒にも王宮治癒術士の代わりをと称して王妃殿下の離宮で金をとって治癒術治療を行ったのだぞ。王宮内で強欲にも金儲けを致すとは」

「それもペスカトーレ枢機卿様のご尽力で教皇庁から通達を戴いたとか」

「ああ、おかげでいらぬ仕事が増えて大迷惑じゃ」


 それは御互い様だ。その後始末とあ奴の企みで新しい法の整備を押し付けられているこの身の事も考えて発言しろ。

「ええ、おかげで内務省もその法制化の為にで忙しい日々を送っておりますが」

「…いや、まあご苦労であるな」

 法制化の結果税収が増える財務省は大喜びのようだが、本当にさっさと商務省を立ち上げてあの忌々しい娘に己のやった事の後始末迄させねば過労死してしまう。


「要は何が問題かと言えば、シャピのカロリーヌ・ポワトーがその気になれば実際にアジアーゴを焼き払える戦力を有しておるという事だ。一介の伯爵家がこのような大きな戦力を持つ事に対する憂いがあるという事なのだ」

「天下のペスカトーレ侯爵家がですか?」

「我らは善良に海上交易を進めてきただけだ。シャピの様に他国の内戦などに関わろうと思って商船団を持っているわけでは無い」

 善良かどうかはともかくこれはペスカトーレ侯爵家の本音だろう。言う通りシャピとアジアーゴでは戦力差もさる事ながら、実戦経験でも自領に対する忠誠心でもまるで叶わないだろう。


「まあ、宰相としてもあの戦力は些か問題では有りますな。今のところ海上防衛の組織が出来て間もない。これから増強するにしても国の海上戦力を上回る戦力というのはいただけないとは思っております」


「そうであろう、そうであろう。それで何か良い方策は有るか?」

「まあ考えは有るので御座いますが…」

「申してみよ。余も国王として国の行く末を憂うもの。良い知恵なら手も金も出そうと言うものだ」


「取り敢えず今ある王国海軍籍の帆船はアジアーゴに派遣いたしましょう。以前通した海軍の護衛船の件も有るのでその名目で直ぐにでも派遣できるでしょう。軍務卿には話を通して新たな独立した勢力としての海軍設立委員会を立ち上げて貰うよう進言致しております」

「おお、それは助かる。それでその海軍は…」


「その海軍提督ですが初代海軍提督にはカブラレス公爵様を考えております。あの方なら権威も爵位も問題ない」

「おおそれは良い案じゃな。カブレラス公爵ならばポワトー伯爵家はもとよりゴルゴンゾーラ公爵家でもそう簡単に逆らえまい」

 そして毒にも薬にもならない軍事に向かぬド素人の公爵でもあるがな。


「しかしそれだけでは焼け石に水だぞ」

 手放しで喜んでいる国王陛下とモン・ドール侯爵とは別に、当事者であるペスカトーレ枢機卿の目は厳しいようだ。


「存じ上げております。ただシャピの持っている船はあくまであの港の商会が持つ個人船。無理に取り上げる事も出来ません。ならば追い払うに越したことは御座いませんな」

「追い払う? その様な事が可能なのか?」

「それも今回の法案絡みで御座いますが、新しく海軍戦艦を建造して即刻商船団を西部海域に派遣いたしてしまいましょう。戦力は有ってもシャピに居なければ脅威にはなりますまい。それに海軍船が護衛に就けば、不穏な動きが有れば沈める事も出来ますからな」


「おお、それは良い案じゃな」

「ただこの法案は上程されてから中々了承が貰えぬ為成立が遅れておりまして…」

「よい、国王として認可致す。モン・ドール侯爵家もペスカトーレ侯爵家も承認してくれるであろう。直ちに法案を可決させるよう尽力致すぞ」

「有難うございます。これで一つ案件が片付いて肩の荷が下りました」

 なあ、セイラ・カンボゾーラ。お前の読み通りに国王陛下もペスカトーレ枢機卿も踊ってくれたぞ。

 お前の言う通り目先の餌に良く食いついてくれるハゼどもだな。

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