第2話 ペスカトーレ枢機卿

【1】

「「御無沙汰しております、セイラお嬢様」」

 そう言って優雅に挨拶をしたのはメリージャよりやって来たアンヌとマリーである。

 新しくエマ姉とジャンヌにつく事になったメリージャのセイラカフェ生え抜きのメイドだ。


 グリンダとアドルフィーネとリオニーとナデテに指導を受け、ラスカル王国での宮廷作法はゴルゴンゾーラ公爵家のエミリーメイド長から、ハウザー王国での宮廷作法はダルモン市長邸においての派遣経験で学んでいる。

 彼女たちとハウザー王都のシャルロットの三人はセイラカフェのトップレベルの教育を受けてきた精鋭と言える。


「「ジャンヌ様、これから宜しくお願い致します」」

「ジャンヌさん、この二人はメリージャのライトスミス商会開設以来の生え抜きのメイドなんですよ。私もメリージャのセイラカフェ開設の時に会っているのでよく知っているの」

 取り敢えず私の素性をごまかしつつジャンヌに二人を紹介する。

 この先教導派のターゲットになりうる可能性が強い一人が聖女ジャンヌだからだ。


「あの…私では無くお一人はエマさんのメイドですよね。それに私はそもそもメイドを雇えるほどの身分でも…」

「ジャンヌさん、もうそういう状況では無くなったという事です。ジャックたち冒険者の護衛は王立学校内では許可されないのですから。クロエ様の事件でも犯罪者が入り込んだのですからもう安心できません」

「それならばセイラさんだって…」

「だから義父上様が強制的にリオニーとナデテを私のメイドに加えてしまったんですよ。カンボゾーラ子爵領の治癒院から更に二人も治癒術士を送って来るそうですし」


「なんと言うか、セイラちゃんの身の回りって王族並みの状況になったわね。上位貴族や教導派の下級貴族の間では調子に乗ってるって評判よ」

 エマ姉は面白がって言っているけれどその通りなのだ。

 教導派貴族からの風当たりがきつくなっている。

 これで治癒士が来ればセイラ・カンボゾーラは何様だという印象がさらに強まるだろう。


 しかしリオニーやナデテは平民寮でアンヌやマリーの指導という名目で交代でジャンヌやエマ姉の身辺警護も兼ねる。

 キャサリンともう一人来る治癒術士は王立学校の治癒術士と王妃殿下やジョン王子の治癒術士になった前任者への指導も行いつつ、清貧派の有力貴族やジョン王子やエヴァン王子とエヴェレット王女に対する緊急時の対応も兼ねている。

 ある意味カンボゾーラ子爵領が総力を挙げた防衛隊である。


 そしてその日の夕刻にはフィリポの治癒院から二人の治癒術士が王立学校に到着した。

「これからよろしくお願い致します。セイラ様」

 キャサリン修道女が深々と頭を下げる。

 その隣でもう一人の治癒術士が跪いて涙を流しながら頭を下げて挨拶をしている。

「聖女ジャンヌ様、長らく不義理を致しておりました。御目障りとは思いますがしばらくの間お側で仕えさせていただきます」

 地属性の治癒術士、アナ司祭が滂沱の涙を流しながら頭を下げてジャンヌに挨拶していた。

 本当に総力戦になっているけれど幹部クラスが次々と王立学校にやって来て本当に領内は廻っているのかしら。

 残っているニワンゴ司祭とミゲルの負担を考えると二人が過労死をしない事を祈るばかりだ。


【2】

 ジョバンニ・ペスカトーレは王都大聖堂に赴いていた。

 父の枢機卿に面会し今後の対策を考える為だ。


「カロリーヌ・ポワトーがアジアーゴを焼くと申したのは事実だったのだな」

「本人がそう申しましたが、どうも只の脅しでは無いようです」

「どういう事だ? 不遜な実力の誇示だけの言葉では無いと申すのか」


 ペスカトーレ枢機卿の問いにジャバンニはあの時の状況をつたえる。

 ジョン王子を擁立すると…、南部や北西部と呼応してジョン王子殿下の邪魔立てをする者を排除すると宣言したカロリーヌ・ポワトーのみならず、ヨアンナ・ゴルゴンゾーラやファナ・ロックフォールの発言も続けて説明する。


「ヨハネス・フォン・ゴルゴンゾーラがジョン王子についたという事は聞いておるが、その様な発言が有ったのか。ファン・ロックフォールがあの事件の後頻繁に王妃殿下の離宮に出入りしていたのもそういう事なのだな」

「セイラ・カンボゾーラが皆の前で宣言いたしました。それを誰も否定致しませんでした。このままでは王位継承権の正当性から考えてもペスカトーレ侯爵家は異議を唱える事が出来ぬかと…」

 ジョバンニはあまり深く考えていなかったが、セイラに言われて反論できなかった事をそのまま父に告げた。


「王立学校以前の数学にだけのめり込んでおる学者肌の儘ならばどうにでも御せたものを…。ヨアンナ・ゴルゴンゾーラとの婚約を破棄させて御しやすい女を娶らせても良かったのだ」

「それならば今からでも…」

「無理だな。王冠を戴くためにはヨアンナ・ゴルゴンゾーラとの婚姻が必要な事をあの王子が自覚してしまった。それにヨアンナ以外の代わりを選ぶならあの王子はジャンヌ・スティルトンを選ぶであろうよ。あの者も平民とは言えボードレール枢機卿の姪で、現伯爵の姪でもある。伯爵家が引き取れば身分的にも立場的にも誰一人反対できない。そうなれば更に最悪だ」


「なら如何にしてリチャード王子を王位に据えるのです?」

「国王陛下が強権を発動すれば事足りる。ただそれを見越しての奴らの発言であろうよ。不遜にも実力行使に出ると宣言したという事だ」

「その様な事! このアジアーゴが座してシャピの商船団風情に焼かれるものでは有りませんぞ!」


「威勢だけでは物事は覆らん、船数が違い過ぎる。アジアーゴの外洋船はシャピの半数程度、それに昨年の海賊騒動の折に極秘裏に購入した船は全て沈められたかノース連合王国に拿捕されておる。実際の海戦になればハッスル神聖国の交易船の応援を得てもシャピの半数に届かぬであろう」

「そんな事はやって見なければ」

「解るのだよ、現実を見据えればな。アジアーゴの商船団はその様な事態になれば逃げだす船が続出するだろうし、一隻当たりの平均排水量でも多分砲の数でも格段に劣っておるだろう。今年の海上封鎖の折に奴らの船を見た。新造艦が多いのだよ」


「ならこちらも新造艦を竣工させて…」

「一日や二日で船が作れるならばな。今からかかっても造船所の数も限られておる。それに資金はどうする? 先行きの方策も考えずに軽々しく何でも口にするな!」

「グッ…。ならどうやって」


「ジョン王子殿下が舞台から降りてくれればやりやすいのだが、そう簡単に行くまい。王妃殿下にご退位を願ったが上手く行かなかった。それに王妃殿下の一件で警備も厳しく成っておるし、王妃に退場を願ってもジョン殿下がおる限り歯車は止まらん」


「舞台を降りる…ですか」

「主役に手を出せないなら当面一番邪魔なものからだな。ゴルゴンゾーラ公爵家やロックフォール侯爵家は手を出せば恨みを買うばかりで、替えの人間が居る。ジャンヌ・スティルトンは各地で一斉に支持者の暴動が起きるだろう。ならカロリーヌ・ポワトーか? サン・ピエール侯爵家の反発が大きいが得るものは有るだろう。だがリスクは大きすぎる。やはり退場願うのはあの子爵令嬢あたりが妥当だろうよ」

「しかし、王太后殿下の前でカロリーヌ・ポワトーが宣言した通り内戦に火をつける事になるのでは…」

「ああ、その為にはシャピの勢力を削ぐ必要があるな。良い方策が有れば良いのだがな」

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