第1話 新年度の諸事情
【1】
入学式の翌日、各学年のクラス分けが発表されていた。
三年Aクラスは特に移動は無かった。
気になる一学年を見ると、Aクラスにマイケルとパウロは入っていた。驚いたのはエレーナ・ル・プロッション子爵令嬢とイヴァナ・ストロガノフ子爵令嬢がAクラスに名前を連ねている事だ。
なによりイヴァナは兄のイヴァンのように騎士団員でも跡取り息子でもないので得点に下駄をはかせて貰えないはずだ。
二人とも見ると三学もかなり良い成績なのだが、専攻分野でも好成績を収めている様だ。
そう思いながら見ていると後ろから声がかかった。
「押忍! お姉様、オツトメご苦労様です」
「お姉様、お鞄をお持ち致しましょうか」
イヴァナとエレーナの二人の令嬢だ。
「セイラさん…慕われているのですね」
「なにか、慕われているというのは違う感じがするんだけどね」
ロレインとマリオンが当惑気に話しかける。
「これは、モルビエ子爵令嬢様、レ・クリュ男爵令嬢様。おはようございます」
エレーナがそつなく挨拶をする。
「エレーナ…セイラとは親しいようだけれど」
「ええマリオン様、私イヴァナ様を快く受け入れたお姉様の度量の大きさに感服いたしました。この方ならついて行けると」
イヴァナは初めからおかしかったけれど、エレーナもその友人だけあってかなりアレな娘なのかしら。
イヴァナとエレーナには学年が違うのでという事で退きとってもらった。
「マリオンはル・プロッション子爵領の隣りだったよね。エレーナってどう言う娘なの?」
「良い娘だよ。頭も良いし気立ても良いし、思い込みが激しいところが難点かな。何かこう思い込んだら一途なところが有ってね。十歳の時に河に筏を浮かべてうちの領迄流れて来た事が有ったよ」
「かなりアレな娘ね」
「大丈夫、今は礼儀も弁えて理性的だから。エレーナは音楽の成績がとても良いんだよね。チェンバロの演奏が出来てその技量も高いんだ。それにあの河を上下する河船は全部記憶して、いつどの船が通るかも予測できるようになったようだね。」
あれー? これ始めから私目的で近づいてきたパターン?
後はイヴァンに妹の事を聞けばいいかな。
【2】
「コンテ男爵令嬢が王立学校を辞めたらしいよ」
途中で合流したフラン・ド・モンブリゾン男爵令嬢がそう言った。
「そうなんだ。ロレインは何か知ってた?」
「いえ、私もここ一年以上あの方とはお付き合いが無かったもので…」
「でも何で三年生にまでなってから辞めるの? どんな理由で?」
「どうも結婚するみたいだよ。実家の経済状態がかなり厳しい様で持参金と引き換えにね」
「そう言えば今年の二年生はかなり退学した生徒が多かったようですね。北部や東部や西部の領地の下級貴族家の四女や五女は無理に嫁がされたり聖教会にやられたり」
「ああ、そう言えば今年の新入生も女子の下級貴族の入学が減ったそうだね。女子平民寮でも庶子や準貴族家出身の生徒が減って南部や北西部の平民が増えたそうだね」
「まあうちはセイラのお陰で商会も南部交易で儲かってるし、教導派みたいに体面を気にする事もいらないし。教導派貴族は大貴族でも表向き見栄を張っても内情の苦しいところが増えているようだよ」
やはり今年に入って教導派領地の経営は厳しくなってきている様だ。
たしかコンテ男爵令嬢と言えば入学した時にロレインを従えていたミモレット子爵令嬢の腰巾着だった娘だよね。
たしか北部の宮廷貴族だったと思うけれど教導派としての体面を保てなくなってきたんだろうね。
「それよりも、ねえセイラ。あなた王太后殿下のお命を救ったんだって。王宮治癒術士団が何も出来なかったのを引き剥がして治癒施術をしたって聞いたけれど詳しく教えてよ」
「それは私も聞きましたわ。光の神子が降臨したって王宮でも噂になったとか」
「でも使い物にならない王宮治癒術士団の上前を撥ねて治癒施術でお金をとったんだろう。それも評判になってたよ」
そう言えばあの情報通のフランがまだ王妃殿下の暗殺未遂の情報を仕入れていないという事は、イヴァン達が上手く立ち回ってその情報を隠してくれたのだろう。
参加した高位貴族には箝口令が敷かれているだろうし、王太后の事については近衛騎士の三人しか知らない事だし。
【3】
Aクラスの講義室に入るとさすがにクラス全体が緊張感に包まれていた。
ジョバンニ・ペスカトーレの一派はマルコ・モン・ドールから状況は聞いているのだろうが、王太后の事については情報不足のようで焦れている様子が手に取るように判る。
ジョン王子の取り巻き関係はほぼ情報が行っている様だ。
王子もイヴァンもほぼ情報を知っている。イアンやヨハンには情報を伏せるより共有しておいた方が後々動きやすい事も有る。
当然近衛騎士の二人もだ。
エヴァン王子とエヴェレット王女はサーヴァント達から事情は知らされているだろうが部外者として距離を保っている様だ。
当然メアリー・エポワス伯爵令嬢はエヴェレット王女に追随している。
私たちの派閥はオズマとエマ姉には夏休み中に詳細は伝えているし、レーネ・サレール子爵令嬢と聖女ジャンヌにも状況の説明はしている。
何よりジャンヌについては今後又命に係わる状況になる可能性も出て来ているのだから放って置く訳には行かない。
エマ姉とジャンヌにはナデテとリオニーの代わりに新しいメイドを呼び寄せてもいるし。
蚊帳の外に置かれているのは、アイザック・ケラーとゴッドフリート・アジモフの平民二人だけだ。
講義室内のピリピリした空気にビビりまくっている。
さすがに平民のこの二人まで政争に巻き込むのは可哀そうだ。知らなければ関わりようが無いので知らぬままで終わらせて貰う。
「カロリーヌ・ポワトー、貴様我が領都を焼き払うと申したそうだな」
「あら、何の事でしょう」
「とぼけるな! 王太后殿下にそう告げたと聞いたぞ!」
「ふざけた事をなさるならそれも辞さないとは申し上げましたわ。大人しく離宮に籠っていらっしゃればその様な事には成りませんよ」
「貴様! 王太后殿下に対して不敬であろうが!」
「あら、ジョバンニ・ペスカトーレ。あなた何か勘違いしているのだわ。カロリーヌが、では無くて私たちが派閥を上げて焼け野原にすると言っているのだわ」
「本当に勘違いも甚だしいかしら。私やファナがでは無くてヨハネス兄上やファン卿がそう言っているのよ。この意味お解りかしら」
「それは王太后殿下に反旗を翻すという事なのだぞ!」
「何をバカな事を、私たちは第一継承権を持つジョン王子を全面的に支持すると言っているだけの事よ。王妃殿下と国王陛下の唯一の息子であるジョン王子を支持する事に誰も異を唱えられないわよ。あなたはそれに異論が有るのかしら? ジョバンニ・ペスカトーレ司祭様、教義的にも正統性があるのはジョン王子だけで御座いましょう」
私の言葉を聞いてジョバンニ・ペスカトーレは憎々し気に私を睨みつけると叩きつけるような大きな音を立てて椅子を引いて腰を下してソッポを向いた。
いつもの癇癪を起さなかっただけでも少しは成長したのかあの男。
「すまぬ。礼を言うセイラ・カンボゾーラ。ありがとう」
ジョン王子が私に頭を下げた。
「殿下、今そういう事は止めて。その代わりあなたの頭に王冠がヨアンナ様の頭にティアラが載った時にはタップリとお礼の言葉を言わせるからね」
「ああ,分かった。その為に出来る事はすべてやろう」
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