二年 中期

第52話 絹の行方

【1】

 オークションハウスに絹の販路、その上西部航路の開拓事業と海上貿易を起爆剤にした案件が目白押しのこの時に吹き出した大事件だ。


 ノース連合王国との交易路の奪取を目的に仕組まれたこの事件。

 銀シャチ号が沈められていると航路を熟知する船長や航海士や水先人をはじめ熟練の船員を失い、大打撃になるところだった。


 良く無傷で戻ってくれたと安堵はしたが、敵は一早く乗組員を処刑して口封じに走った。

 おまけにアジアーゴに逃げ込んだ私掠船は元シャピ船籍。そして裏で糸を引いていた帆船協会は席だけシャピに残してアジアーゴに逃げている。

 私掠船を返り討ちにしたのは銀シャチ号でその私掠免状を出しているのはシャピの私たちだが、これでは逃げた私掠船もシャピの仕業と裁定され外交問題になってしまう。


 情報ソースも限られているこの世界では、直接国交の無いノース連合王国の状況がサッパリ判らないのだ。

 ライトスミス商会の手駒を使って、世論誘導と情報収集に動いて貰っているが、海の向こうの情報は掴み切れない。


 外洋商船組合と商船連合の五隻の船団がノース連合王国の首都ギースに向かってくれているが、その結果が分かる迄でも半月以上かかるだろう。

 国務省が国務官を送り調査が終了するには更に時間がかかる。その待ち時間がもどかしいが、どうにもならない。

 焦燥を胸に私たちは王立学校の新学期を迎える為に王都への帰路についた。


【2】

 絹糸と生地は全てカンボゾーラ子爵領の領城内にある倉庫に秘密裏に収納された。

 そして二反の絹織物がゴッダードに運ばれて、エマ姉の手によって何やら細工が成されていたようだった。


 新学期までには何か仕掛けてくるだろうと思っていたが、新学期の二日前に豪華な飾り箱を二つ平民寮に持ち込んだ。

 エマ姉は一つをルイスを呼びつけて騎士寮へ、もう一つを女子上級貴族寮へ持って行くので私に付いて来いと連絡が出来た。

 何処に届けるのかと思っているとエヴェレット王女への取次ぎを求めて、上級貴族寮の玄関で朗々と口上を述べ始めたのだ。


「エヴェレット王女殿下にお取次ぎを申し上げます。この度ハウザー本国より王女殿下への献上品の奉上を申し付かり、アヴァロン商事を通して受け取りましたので参上いたしました」

 日頃は御用商人だと嘯いてほぼ顔パスで出入りしているのにイキナリこれだ。

 何一つ打ち合わせも無く連れて来られた私は、エマ姉の後ろでひきつる笑顔を浮かべながら立っているだけしか出来ないでいた。


 驚いた顔で寮監が職員に命じてエヴェレット王女のもとに使いを走らせた。

 上級貴族寮だけあって令嬢たち本人が直接出て来る事は無いが、エマ姉の声を聞いた寮内のメイド達が様子を窺いにエントランスに集まってきている。


 状況を確認して仕える令嬢に報告する為に、何やら用事が有る振りをして通り過ぎながら聞き耳を立てている。


「後ろにいるのはカンボゾーラ子爵令嬢よ」

「あの方、貴族なの? まるで商人の使いですわね」

「成人までは商人の真似事をしていらしたそうよ」

「あれで公爵令嬢様の従姉だなんて、ヨアンナ様もお気の毒に」

「まあどこかの公爵令嬢様もその従姉と似たような方ですけれど。さすがにその従姉は度が過ぎていらっしゃるわね」

「お育ちが所作に出ていらっしゃいますわね。あの方宮廷作法は欠点だったそうですわ」


 教導派のメイド達、聞こえてるからな! 好き勝手噂しやがって! まあほとんど事実だし気にはしないけれどな!


「ねえ、ご存じ? 王妃様主催のオークションでどこかの枢機卿様が大恥をかいたとか」

「ええ、聞きましたわ。美術品の価値も分からない凡愚だとハスラー聖公国の方に笑われたそうですわね」

「結局ラスカル王国の面目はゴルゴンゾーラ公爵家のジョアン様が競り落として、どうにかお保ちになったとか」

「王都に新設されるオークションハウスは、価値の判らない高位貴族に任せられないとファナ様のロックフォール侯爵家が取り仕切るとか」

「ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢様も呆れていらっしゃいましたわ」


 いつの間にかやって来たセイラカフェ系のメイド達が教導派貴族家出身のメイド達を威嚇し始めている。

 エントランスで双方が当て擦りの罵り合いを始めた。


「遠くハウザー王国の更に南の国から、ハウザー王家に献上された逸品で御座います。出来ますればエヴェレット王女殿下に直接手渡し致したく御取り計らいをお願い申し上げます」

 エマ姉はそんな喧騒も、当然私の事も気にする事も無くアピールを続ける。


 王女殿下の代理でナデタがエントランスに現れると、メイド達が一斉に口を噤んで廊下の隅に退いて行った。

 セイラカフェメイドは当然だが、教導派メイド迄血の気の引いた顔で姿を消してしまったのだ。


「セイラ様、エマ様。どうぞこちらへお越しくださいませ。エヴェレット王女殿下がお待ちで御座います」

 寮監を先頭にして、ナデタに先導されてエマ姉が恭しく木箱を掲げて進んで行く。

 私はその後ろを、取り敢えず威厳だけ取り繕いながらついて行った。


「何なのでしょう?」

「どうせハウザーの粗末な物でしょう」

「いくら珍しい物でもハウザー王国からの物産など高々知れておりますわね」

 教導派貴族家メイドの嫌みにこちらでは、セイラカフェメイド達が聞こえる様に嫌みを返す。

「ハッスル神聖国やハスラー聖公国はもう時代遅れですわね」

「今や工芸品も服飾も食も流行は南からですわ」

「全ての南部の物産を仕切っているアヴァロン商事が献上するんですものまた王宮を席巻するに決まっていますわ」


 メイド達の罵り合いを背中で聞きながら階段を上がって行く。

 三階の高位貴族の階に上がって行った。

 王女殿下の部屋に続く廊下にはヨアンナとファナのメイド達が両脇に並び恭しく一礼して迎える。


 一階二階の部屋に住む教導派メイド達が、様子を窺いに階段の踊り場の角から顔を出して覗いている。

「王女殿下がお待ちで御座います」

 ド・ヌール夫人がドアの前で寮監に一礼すると、寮監は踵を返して戻って行った。


 寮監が立ち去るのを見届けてナデタが部屋のドアを開くと、中にはエヴェレット王女殿下と共にヨアンナとファナとカロリーヌが腰かけてお茶を飲んでいた。

 アドルフィーネが先行して王女殿下の部屋でルイーズや妹のアドルファを仕切りながら給仕をしている。

 ほぼいつもの光景である。


「それでエマは何を仕込んで来たのかしら?」

 ヨアンナの問いかけにエマ姉は静かに手に持った木箱を差し出すとテーブルの横のチェストに置いた。


「これで御座いますわ。色々と考えてシュナイダー商店のトップのお針子たちに作らせましたの」

 そう言ってゆっくりと蓋を開く。

 ご丁寧の白絹の生地に包まれたものが入っている。


 ゆっくりと絹の包みを開いて行く。四人とも席を立ってエマ姉の後ろを取り囲んだ。

 そこには黄色い色の帯状の物が入っていた。


飾り帯サッシュ…で良いのかな?」

「ええ、エヴァン王子殿下とは色違いで模様も違う物ですけれど、同じサテンのダマスク織りでどちらも動物の模様の様ですわ」

 東洋風に言えば繻子織の緞子と言う事だ。

 飾り帯サッシュは肩からタスキの様にかけたり腰に巻く飾り帯で、この飾り帯サッシュは帯剣用のベルトを模している様だ。


「あの絹織物をこの様に加工なさったのですね。これは美しいですわ」

「まあ、この手触りといい光沢といい最高級のリネンでも及ばないのだわ」

「ダマスク織りの技術も良く完成されていて変わった意匠だけど帯によく合っているかしら。それに剣を釣るリングもこれは翡翠かしら。見事な物ね」

「ハウザー王国からの輸入品でちょうど良いバングルが有ったので合わせてみたのですよ」


「ウーン、剣釣りは宝玉だからすぐに割れそうだ。鉄に変える方がしっかりするよ。それにこれに剣を差すと直ぐに擦り切れそうだね。牛革で補強すればどうだろうか」


 飾り帯サッシュだから本当に剣を差す訳じゃ無いでしょう。

 献上されて着用する本人が一番のこの価値を理解していないのが残念である。

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