第60話 聖教会分室

【1】

 コルデー氏が奥さんとマリーとアンヌの家族を連れて来た。

「まずお聞きしたいのは、聖教会から派遣されてくる修道士たちの中で信用できる方はどなたか教えていただきたいのです。特に誠実で清廉な方はどなたでしょうか」

「ガブリエラ修道女かトマス修道士でしょうか。どちらも貧民街出身の聖職者で特にこの地域の事を気にかけてくださいます。式に見えられても過剰な要求はなされません」


「そのお二人に会う事は出来ませんか? できればこの計画に参加して貰いたいと思うのですが」

「連絡を取ってみます。今日の夕方にでもセイラカフェに赴くようにと…」

「あとはあれだ、あの鐘楼の周りの土地は誰が管理してるか知らねえかなあ」

「あそこでしたら、ピクシーの娼館が仕切ってますわ」

「先ほどヴォルフ殿に声を掛けておられたご婦人方のお店の様ですなあ」

「勘弁してくれよあそこかよ」

「ヴォルフさんは懇意にしていらっしゃるようですからお任せいたしますわ」

「嬢ちゃん! 子供がそんな話をするんじゃねえ!」

 ヴォルフ氏に叱られてしまった。やはり根は真面目な人の様だ。


 その夜又セイラカフェに昨日と同じメンバーが集まっていた。

「どうにかピクシーの姉御には話はつけてきた。あそこじゃあ死んだ乳児や水子の供養をする為に必要な場所なんだとさ…ウッウッ。俺たちの計画の話をしたら喜んで協力するって言ってくれたよ。これから大きくなる子供たちの為なら何でもするってよう…グスッ」

 ヴォルフ氏は思ったより情に脆い男の様だ。


「これで、工房の開設と教室の開校の目途は立ちましたね。先ずはチョーク工房から立ち上げて黒板とリバーシの工房を軌道に乗せるのに二ヵ月程度でしょうか。あの場所に工房を開ければ、報酬はやはり貨幣では難しいでしょうかねえ」

「ああ、金を持っていると分かれば必ず狙われるからな。当面は麦粥やライ麦パンを渡すのが相当だろうな」

「ゴッダードでは通帳と言って預かり手形のような仕組みを使っていますが」

「文字と算術が分かって、その上で信用を築いてからの導入でしょうなあ。それで、工房の運営と商品の製造はヴォルフ商会で、販売は我々商人連合でと言う事で宜しいか」


「ああ、腕のいい者はうちが職人として雇うし他の工房に口利きもする」

「商人連合にも若い見習いをまわして貰わないと困りますぞ。これからゴッダードとの取引も増えそうですし優秀な見習いはいくらでも欲しい」

「優秀な女の子はセイラカフェで修行をさせますが、ゴッダードのようなマヨネーズ売りやゴッダードブレッドの販売も考えてみましょう」

「後は聖教会のお墨付きで御座いますね。お嬢様」


【2】

 ドアを開いてコルデー氏の奥さんのカロラインさんが、二人の聖職者を伴って入って来た。

「ご紹介致します。こちらがトマス修道士様とガブリエラ修道女様です」

 修道士と聞いて若い人を想像していたのだが、中年の男性と女性で、二人とも獣人属であった。


「下層民ですので、その出地から出世は望めません。聖職者に成れただけでも幸いで御座います。」

「生まれ育った場所に暮らす皆様に祝福を施せるお手伝いができる事こそが私の勤めで御座います。」


「お二人は誠実なお方だと見込んでご相談が御座います···」

 私たちのやろうとしている事の目的とこれ迄の経緯をかいつまんで二人に話した。

 二人はもっと食いついて来るかと思ったが、どちらかと言えば懐疑的であった。


 ガブリエラ修道女が答える。

「趣旨は理解致しました。しかし聖教会が動くのは難しいかと…」

 トマス修道士はすまなそうに告げた。

「教義上でも貧民層に教育を施すと言う事自体を快く思わない司祭も多くいます。何より大司祭様が賛同していただけるかどうか」

「チョーク工房程度では作れる数も限られており利益も少ない。今のお話では作れる量は教室で使う量程度と言う事では賛同してくれる司祭は居ないでしょう」 


 私は二人にハッキリと告げる。

「それは覚悟しております。ハッキリ申します、私どもは福音派の司祭様たちをそこまで信用しておりませんし期待もしておりません。ですのでお二人に声をおかけいたしました。もし、もしですが許可が下りたならば利害を度外視して、教室へ来てくれるような方はいらっしゃるでしょうか」


 私の質問にガブリエラ修道女が答える。

「まずそのような司祭様は居ないでしょう」

「それより下の方なら」

「わたしども修道女や一部の聖導師様ならば…。でもそういう方々は上層部に嫌われている方ばかりで影響力は有りません」


「修道士様・修道女様。その方々は大聖堂から第三城郭へ移って暮らせと言われたらどう感じられるでしょうかね」

 カルネイロ氏の言葉にトマス修道士は自嘲的に答えた。

「多分そうなれば、みんな喜んで出て行くでしょう…。大聖堂の高位聖職者から逃げられるのであれば」


「ヴハハハ、嬢ちゃん。あんた最高だぜ。結局俺たち全員あんたの掌で遊ばれている気分だ。あんたの図面道理になったわけだ」

 ヴォルフ氏はえらく上機嫌で笑っている。

「まさかこうまで先を読まれているとは。驚いたぜ…いや驚きましたよ」

 コルデー氏がため息をつく。

「主要な関係者も、みなセイラお嬢様が集めてきた者たちに置き換わってしまいましたなあ。こうやってヴォルフ殿とも友誼を結べましたし、不審な人物はすべて排除出来ましたがね」

 カルネイロ氏も微笑んで答える。


 二人の修道士はその会話を不思議そうに聞いていたが、意を決してトマス修道士が口を開いた。

「いったい何をお話しておられるのでしょうか? 私どもにはさっぱり理解できませんが」


「わたくし共は大司祭様にお願いして第三城郭内に聖教会の分室を設置して貰えるようにお願いしようと思っております。場合によっては市長様に陳情いたし、お願いを通すことも視野に入れております。うまく話を通せたならば可能ではないかと…」

 カルネイロ氏の言葉に二人は驚いたように言葉を発した。

「しかしそのような分室に赴くような司祭など、まるで追放場所…。そうか、そういう事なのですね」

「それならば、大司祭様も喜んで許可成されるでしょう。話のなさりように依ればですが。私は喜んで志願いたしましょう」


「しかし、資金や施設はどう致します。あの大司祭様の事。一切お金を出す事は無いと思いますが」

「場所の目安はつけております。今ある施設に手を加えれば使える場所を」


「お二人もご存じでしょう、あの鐘楼台を。あそこに手を加えれば数人の聖職者なら寝泊まりが出来て、暮らせる事も十分可能でございましょう。聖務や祭事は今まで通り外の空き地を使用して、聖導師様が常住なされるのならあの辺りの城郭沿いに庇を立てて雨露を防げるようにする事も考えましょ」


「当面の資金は俺の所のヴォルフ商会と旦那のカルネイロ商会で調達する合意は出来てるんだ。黒板とチョークの工房が軌道に乗れば、カルネイロ商会でゴッダードから輸入したチョークも併せて販売して貰う」

「チョークの輸入に関してはライトスミス商会が採算は度外視して運ばせましょう。その代わりメイド見習いや商会員の補充をさせて貰いますが」


「…少しお二人にお聞きしたいのですが、嫌われている聖職者様方は清貧派の方々でございましょうか?」

 カルネイロ氏の質問にトマス修道士が答える。

「清貧派の方も多くいらっしゃいますが、福音派の方もおられます。教義による派閥というよりも出身によるものが多う御座います。みな農村や貧民街から這い上がってきたものばかりで御座います」


 私はドッ直球に質問する。

「ドミンゴ司祭をご存じでしょうか? お二人の印象ではあの司祭様はどうお感じでしょう」


 二人は顔を見合わせる。

 暫く思案してからオズオズとトマス修道士が口を開く。

「あの方は実務に関しては非常に有能な方でいらっしゃいますね。ただ野心家でもいらっしゃる。人属の司祭様で四枢機卿の息のかかっていらっしゃらない人物ですので、大司祭様の覚えは良いのでしょね」


「清貧派なのにですか」

「先ほども申しましたが、メリージャでは教義よりも出自が重要なので御座いますよ。清貧派は国内では福音派と軋轢が有り制約はありますが、清貧派の多いメリージャではあまり問われません」


 口を噤んでいたガブリエラ修道女が口を開いた。

「でも信用できないお方ですわ。出世欲というよりも儲けにうるさいお方と思います。近隣の大聖堂直轄領の聖教会の司祭で、領民の評判は良い方ですが。鳥獣人には手厚い対策を打っていると聞きました。でも大聖堂でのなさりようをみる限りでは少々信じられません」


「もしやこの件にドミンゴ司祭が噛んでいるのでしょうか。それならば…」

「始めにゴッダードの聖教会からメリージャの聖教会に口利きをお願い致しました。大司祭様への拝謁もドミンゴ司祭に骨を折っていただきました。ただそれから後は一切、計画には加わってい居られません。」


「出来ればお二人には、嫌われている聖職者様方の根回しと取りまとめをお願い致したのですが。もし可能であればドミンゴ司祭の動向や噂など探って頂けないでしょうか」

「解りました。帰ればすぐにでも貧民層出身の聖職者に声を掛けて誘ってみます」

「この店は五の鐘を合図に店じまいを致します。六の鐘の頃にでも来ていただければ私やグリンダやコルデーは必ず、日によってヴォルフさんやカルネイロさんもいらっしゃるかもしれません。そこでお話をさせて頂きます」


 そうして二人の聖職者は目を輝かせながら帰って行った。

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