第59話 第三城郭

【1】

 私は朝からヴォルフ商会の工房に来ていた。

 職人は全部で十七人、そのうち九人が最近雇った見習い徒弟で今一から修業を始めたばかりだそうだ。実際に家具職人として働けるのは残りの八人で、細工物の加工に至っては出来る者はいないと言う。


 それでもこれだけの人員を抱えて儲けが出せるのはライトスミス工房の規格品を扱うからだ。

 オーダー専門の老舗木工所相手に新参の商会として風穴を開けてやる、そのうち老舗の職人を細工部門として吸収してやると鼻息は荒い。


「ヴォルフさん。セイラカフェでも家具類をヴォルフ商会の物に変えましょう。カフェで化粧板の好みを探ってハウザーで売れそうなデザインを父ちゃんにオーダーしてください」

「なら食器棚を二~三日中に組むから入れ替えさせてくれ。それから化粧板を簡単に取り換えらるよう改造して良いか。定期的に化粧板を取り換えて評判を探りてえ」

「それは是非お願いします。季節毎、月毎に替えると評判にもなりますから」


「お待たせしてしまったかねえ」

 そこにカルネイロ氏が二人の店員を連れて現れた。

 私もコルデー氏とアドルフィーナを連れている。

「そんな事はねえ。嬢ちゃんと有益な商談も出来たしな。それじゃあ行こうか」

 ヴォルフ氏がそう言って体格のデカい見習い工を二人連れて歩き出した。


 第二城郭の大門をくぐるとあたりの空気が一変する。

 第三城郭の城塞門から真っ直ぐ続く大通りで周辺の家屋や店舗も整備されているはずなのに何か不穏な空気を肌に感じるのだ。


「こちらです」

 コルデー氏の案内で大通りの角を曲がり裏筋に入って行く。

「嬢ちゃん達、はぐれるんじゃあねえぜ」

 いつの間にかアドルフィーナと私を中心にヴォルフ氏やカルネイロ氏達、六人の男たちに周りを取り巻かれていた。


 六人の人垣の隙間からも無遠慮な視線が注がれる。

 この街で私たちのような服装の子供は強盗の格好の餌食だ。それこそみぐるみを剥がれる。

 金を持っていそうだと思われると大人でも一人ならどうなるか分からない。


「ヴォルフの旦那。今日は結構な人数ですね」

「旦那、今日は仕事ですかい」

往来からヴォルフ氏に次々声がかかる。

「ヴォルフ殿は結構慕われているようですな」

「まあ仕事馴染みが多いからな」


「旦那、仕事が終わったらメシ食いに来てくれよ。サービスするぜ」

「下町でお金を使う事は良い事ですよ。お金が回れば下町も潤いますからね」

「本当に嬢ちゃんはシッカリしてるなあ。さすがは商会主だ」

「当然です。セイラお嬢様はゴーダー子爵家に続く由緒正しい血筋なんです」


「ヴォルフさん。今日は寄ってくれないのかい。いい娘が入ってるよ。団体割引するからさあ」

「…ああ確かこの先だったんじゃねえか。目的の場所はよう」

「ハハハハハ、お盛んな事だ。ヴォルフ殿は本当に下町の経済に貢献しておられるようですな」

 焦るヴォルフ氏が指さした先にその場所は有った。


【2】

 元は第二城塞の外壁に突き出た櫓か何かだったのであろう、日干し煉瓦のむき出しになった建物の上に大きな鐘が吊るしてあった。

 その周りは広い空き地で、地面は突き固められて綺麗に均されている。その後ろには第二城郭の壁が続き、その城壁を壁変わりにして木造の差し掛けの掘立小屋が続いている。


「ここがそうですか」

「ええ、ここで聖導師か聖導女がやってきて洗礼式と成人式を執り行います。それ以外にも新生児の祝福式や婚姻の誓約も行われます」

 コルデー氏の説明が続く。

「獣人属の聖導師や聖導女にとっては貴重な現金収入の場ですからね」

「獣人属の? 人属は違うのでしょうか」


「獣人属は司祭止まり。殆んどが聖導師までです。領地の司祭に成れるのはほんの一握りの人属司祭だけ。それに割の良い村々の巡回は人属司祭とそのお付きの聖導師に割り振られてしまいます。それに人属の聖職者は滅多には第三城郭には来ない」

「どうですか、セイラお嬢さん。この広場を使えそうでしょうかな」

 カルネイロ氏の問いかけに微笑んで答える。


「ゴッダードの工房もこの程度の広さだっと思います。差し掛けの小屋も使えるのでしょうか?」

「ええ、一応聖教会の管理地に成っていますが」

「気になるのはあの城郭から突き出した鐘楼ですね。どうやって上るのでしょう」

「あの鐘楼の下には鉄の大扉が有ってその鍵は聖教会が管理しています。中には儀式の衣装や道具などはそこに片付けられていると聞いています」


「初期投資は少々かかりそうだが、盗難対策も施せそうだ。良いんじゃないか」

「そのようですね。ただ、殻の買い付けは難しそうだ。ここでは卵のような高価の物はあまり使わんでしょう。それに子供の上前を撥ねる大人がはびこっているのも問題だ。買い付けは第二城郭でおこなって、そちらから運ばせるようにしましょう」


「後は協力者だな。これはお嬢さんに宛が有るんだろう」

「私がと言うよりコルデーさんですよ。まずうちの見習いの子供たちの家族に協力をお願いしようと思っています。どの方も信用できる人たちだとお見受けいたしました」

「それでは、先ほどヴォルフ殿に声を掛けておられた食堂にでも足を運んでは如何ですか」

「まああの店なら大丈夫だろう。変なものは出さねえしな」

 そういう事で私たちは場所を移して打ち合わせを続ける事に成った。


 ◇◇◇◇


 この地域では大きくて割と小綺麗な居酒屋に入った。

 大テーブルを囲んで木皿の上には、ライ麦パンとハムやチーズが並べられた。ワインも一瓶置かれている。店主の心づくしなのだろう焼きリンゴも並んでいる。

「嬢ちゃんワインの水割りで良いかい? それともエールにするか」

「お嬢様に生水を飲ませるわけにはゆきません。ご店主熱湯と水差しをお願い致します」

 アドルフィーネが立ち上がり店主の元へと歩いて行く。


 生水は食中毒の原因になる。だから大人は少しでも殺菌作用のあるアルコール飲料を水の代わりに飲む。子供でも低アルコールのエールかワインの水割りを飲む事が多い。


「ヴォルフの旦那。人族のお嬢さんのお伴かい。こっちの綺麗な娘さんはあんたの娘…じゃねえみたいだな。」

 店主はアドルフィーナに睨みつけられて口ごもった。


 アドルフィーナは水差しを熱湯で洗うと、ポケットから茶葉の入った壺を出してお湯を注ぎ小皿で蓋をして蒸らし始めた。

 私のコップも熱湯で温め、ナイフで切った焼きリンゴをコップに入れると水差しのお茶を注いでゆく。


「へー、てえしたもんだ。こんな事が出来るのかい。若けえのに大したもんだ」

 目を見開き驚く店主の横でアドルフィーナはドヤ顔で微笑んでいる。


「セイラお嬢様。この娘程の技量をあの店で教え込めるのでしょうか」

「今の店員の三名は特に優れているものを連れてまいりましたが、この娘たちも修業を始めてまだ一年。見習いの子たちも聖年の頃には劣らぬ技量を身につけさせます」

「もうすでにメイド店員のお三人は市長をはじめ商工会の幹部や貴族様からもお声がかかっておられる。この技量に届くならセイラカフェで働くことで出世が確約されると言うもの。希望が殺到するでしょうな」


「だから読み書き教室じゃねえか。読み書き算術が出来なければセイラカフェには雇ってもらえない。だから女児は教室に行く。なら男児はどうだ? その受け皿は俺達が作ってやる」

「そういう事ですな。商家にとっても算術と読み書きは必須。徒弟で入ってくる時点でその差は大きい。セイラお嬢様。あなたのお話に乗って正解だと思いますよ」


 居酒屋の客たちも店員や店主さえ興味深げに聞き耳を立てている。

 わたしたちの話しに聞き耳を立てていた客の一人が、突然話に割り込んできた。

「なあ、あんたら。今の話しは俺達貧民街の子供が貴族に家で働けるというこのなのか」

「そんな訳ねえだろう。金持ちの平民の話しだろう」


 私は立ち上がってみんなに向かって宣言する。

「私の店の店員見習いはこの地域の子供しか雇いません。私の店で十二才までしっかり働けばここに居るアドルフィーナのように立派なメイドにして見せます。同い年の貴族のメイド相手ならこの娘に技量でかなう者はいないでしょう」

「それは、俺の娘でもなれるのか?」

「ええ、読み書きと算術が出来れば」

「それなら無理だな…」

「そんなこたあねえぞ。これから俺たちが作る工房兼教室で働きながら学べる。男は木工の修業にもなるし、優秀なら俺の工房で雇ってやる」


 店内は一気にざわついた雰囲気に覆われた。

「まあ、皆さん。これからわたくし共はその打ち合わせが有りますのその話は後日させて頂きます。ただ今日の話は間違いなく実現させますよ」

 カルネイロ氏が話を締めくくった。

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