第58話 画策

【1】

 この国の聖教会はラスカル王国とはまるで違う。教育を受けること自体が聖教会の金儲けの手段なのだから。

 教育自体が利権か···。

 平民が知識を得ること自体を良しとしない福音派。これは、相当根が深い問題だ。


 その上聖教会は人属の貴族四家が、支配している。いや、今は五家と言ったな。

「コルデーさん。新しい五家目は、バトリー家の事ですか? メリージャの大司祭の···」

「気付いたか。その通りだ」

「バトリー家からの聖職者は他に居るのでしょうか?」

「多分だが、居ないだろう。バトリー家がハウザー王国に併合されてまだ五年。そう多くは廃嫡される者も居ないだろう」

「バトリー家の事は何かご存じですか?」

「ああ、よく知ってるさ。カロラインを買ったのはバトリー大公だ」


「それじゃあ···」

 リオニーが言い淀んだ。

「いや、個人的に恨んでいる訳でも無い。カロラインを売った俺の実家以外を殊更に恨んでいる訳じゃない。それ以外のすべての貴族は等しく憎しみの対象なだけだ」

 この人の貴族に対する憎しみはとてつもなく深そうだ。


「ただな、バトリー大公は度を越した異常者だった。滅んだ原因もその為だ。自領の領民を搾取し続けて、大量の領民がハウザー王国に逃げて来た。その上農奴を狩猟の獲物代わりに殺し、本当に美しい女は殺して標本代わりに剥製にしたんだよ」

「まさか本当にそんなことを···」


「自領の農奴が減ってハウザー王国にまで買い付けに来た。挙げ句にそれでも足りずにハウザー領で農奴の誘拐を企てて戦争になった。その結果が併合と臣籍降下だ。それでもバトリー大公は死刑はおろか投獄すらされなかった。未だに自領の屋敷に幽閉されているが生きている。これがハウザー王国の貴族の考え方だ。貴族一人の命は農奴の命をいくら積み上げても等しくは成らない、そんな国さ」


「ここの大司祭は、その血縁だ。ハウザー王国の獣人属を恨み、農奴を蔑んでいる。第一城郭から外には絶対にでないだろう。何故聖職者に成ったか理由は知らないが、バトリー家の本質は変わらないと思う。何しろあの大公の孫娘だからな」

「お嬢様。今日の打ち合わせは聖職者を交え無かった事は正解でしたね」

「わたしもメイド長の仰るとおりだと思いますわ。ドミンゴ司祭が平民か貴族かは分かりませんが、何か隠し事が有るように思うのですわ」

 グリンダの言葉にアドルフィーナが同意する。

「コルデーさん、これからの打ち合わせでは貴方は法学の専門家と言う事で参加していただきます。商会が雇った顧問として」


【2】

 さすがに元伯爵家の御曹司で、法科の学徒だけ有る。ダンカンさんの服に着替えて顔を洗い髪型を整えると司法官や上級役人と言っても疑わないだろう。

 グリンダとミゲルが主に給仕を担当し、メイド店員たちも打ち合わせに参加させる。

 ライトスミス商会側の打ち合わせの主担当は私とダンカンさんだ。


 まずカルネイロ商人連合長が、ほんの少し時間をおいてヴォルフ商会長がやって来た。

 二人ともコルデー氏を見て訝しげにしている。

「この度ライトスミス商会で法律顧問として雇いましたコルデーです。今日の打ち合わせに参加させます」


「はじめてお目にかかります。メリージャではお見受けした記憶が無いがどちらからいらっしゃいました?」

「ハウザー王立法科院で法学を学んで法政局に居ましたが貴族相手に嫌気がさしてメリージャに流れてきました。暫くは蓄えを切り崩して暮らしていたのですが、そろそろ底を尽いてきたところをセイラ様に拾っていただきまして…」


 やはりこの人は頭が回る。もっともらしい言い訳でカルネイロ氏の質問をはぐらかした。

「貴族に嫌気がさして…。それで法政局を辞める位なら初めっからそんな所で働かねえだろう。うさん癖えなあ…」

 ヴォルフ氏は納得していないようだ。

「睨まれたんですよ。農奴上りの女を嫁にしようとしたんでね。結局女を諦め切れずにここに逃げて来たんです。今は第三城郭に女房、子供と隠れ住んでる次第でね。ここで世話になってるシャルロットは俺の娘ですよ。その縁でね」

「まあそんなこったろうと思ったぜ。その方が信用できるというもんだ」


「それでは、始めましょうか」

 私の言葉にヴォルフ氏が口火を切った。

「始めに誤解を解いておきてえ。カルネイロさん、俺は別にリバーシの利権要らねえ」

 カルネイロ氏は訝しげに眉をしかめて言った。

「解せないねえ。まさか無私の精神で喜捨を行うなどと言うんじゃあなかろう?」

「ああ、セイラお嬢さんには話したが俺は工員の見習いが欲しい。木工の経験のある読み書きと算術が出来る見習いが簡単に大量に雇える。文句があるか? ねえだろう」


「まあそう言う事にしておこう。リバーシの販売利権には手を出さないと言質を取れたのでね」

「俺はそんなに信用できねえか?」

「まあ、遣り手の商人相手に信用を求める方が間違っておるよ」

「仕形ねえな。誉め言葉だと思っておくさ」


「それで、こちらに来て色々と分かった事が有りました。初めに想定していた通りに行か居ない事が」

 そう言ってわたしは問題点を挙げて行く。

「まず最大の問題は、教育が聖教会の利権だと言う事です。次に聖教会が第一城郭内に有り対象となる子供たちが第三城郭内に居て行き来が難しい事があげられます」

「ああ現実問題、第三城郭の住民は第一城郭にはまず入れないなあ。余分な土地も余っていないしな」

「皆さんにお聞きしたいんですけれども、一般市民が聖教会に赴く事は無いのでしょうか。本来聖教会は喜捨で運営されるもの。もちろん聖教会ごとの領地を喜捨されていることは承知していますが、一般市民からは喜捨を受け無いのでしょうか?」


「そのことなら、ラスカル王国とは事情が違うな。聖教会は一般市民が…貧民が行く場所じゃねえ。洗礼式や成人式でも一般の市民は聖教会に行かねえ」

「それじゃあ、どうやって精霊の選別を受けられるんだ? みんな属性は持ってるんだろ。ハウザーじゃあ違うの…ですか」

 お茶の給仕をしていたミゲルが驚きのあまり敬語を忘れて質問しダンカンさんに睨まれている。


「ハウザーじゃあ聖教会が来るんだよ。司祭連中が選別の聖玉を持ってやって来るんだ。これは周辺の村でも変わらない。教区の村々の聖教会は各地区を回って精霊の選別を授ける」

「へー、来ていただけるなら便利で良いなぁ」


 ミゲルの素直な感想に私は共感できない。一筋縄では行かなそうな予感がする。

「それじゃあ、聖教会の聖堂は何のために使われるのでしょうか? どうも信徒を集める場所じゃあない様なお話し振りですよね」

「さすがはセイラお嬢様です。聖堂でも洗礼式も聖年式も成人式も行われています。金を払う者に対してだけ。葬儀も婚姻も出産の祈祷も治癒治療も金を払う者にだけ聖教会の門は開いています」

 カルネイロ氏の説明が続く。


「洗礼式と成人式に司祭が赴くのは金が取れないから。この二つは聖教会の義務ですからねえ。赴いた先の村々や地域はたまった物ではない。司祭と随員に接待をしなければいけので、盗賊よりたちが悪いと嘆くものも多いですよ」

 話を聞いているとあの貴族と癒着している教導派ですら普通に思えてくる。

「それでは村々の聖教会はいったい何を仕事にしてるんですかい?」


「直轄領地の管理だよ、管理。聖教会の直轄領にしか聖教会は無いんだよ。だから直轄領の司祭の教区内での権限は強い。福音派的には直轄領が少なく農奴も少ないサンペドロ州はうま味の少ない教区なのさ」

「ああだから、あの大司祭様が…」

「はぁ~、これでそこまで気付いたか。なあ嬢ちゃん、あんた本当に十二なのか?」


「すみません、お嬢様。私には良く解りません。」

「良いのよグリンダ。私は事前に情報を持ってただけだから。今の女大司祭様は新参者でもともとの聖職者でも無い。ただ同じ人属の家系なので枢機卿たちは身内に取り込んでおきたい。それでうま味は無いけど権威は有るメリージャの大聖堂に押し込めたわけよね。多分だけれどラスカル王国との貿易で成り立つサンペドロ州の貴族はあまりハウザーの王宮からは良く思われていないのでしょう。政治的にも影響力の無い州と言う事ですね」


「ただ俺たち平民にとっては有り難い所でもあるんだぜ。貴族も聖職者も第一城郭の籠の中にこもって外に興味を持たない。だから聖教会では清貧派が多い。経済面ではどうだ、土地持ち貴族が牛耳っているのか? 違うね商店主や工房主が力を持っている。ハウザーでは北端に位置するので綿花や香辛料、茶葉やコーヒーなどの農園には向かない。だから小規模の農家が多いんだが、農奴は居ない。領主が農奴を認めていないからな。土地は痩せて税金は厳しいし農家は貧しいが、農奴が居ない事だけは幸いだと思うぜ」


「ならば、第一城郭の人たちはこのまま籠の中に居て貰いましょう。幸いに内から鍵をかけてこもっていらっしゃるのですから、出来れば外からも鍵をかけてしまいたいですよね」

 私の言葉を聞いてグリンダとメイド店員三人はにやりと微笑んだ。

 ダンカンさんとミゲルは肩を落として眉根に皺を寄せる。

「商会長、メイド長。みんなして悪い笑顔で頷き合わないでください」


翌朝早くに私の封蝋を押された親書をたずさえたミゲルがゴッダードに発った。

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