二年 冬休み
閑話6 福音派修道会(1)
☆
「もうすぐ冬至祭だと言うのに雪が降らないなんてとても不思議ですね」
「ええそうで御座いますね。ダッレーヴォ州など北の果てですから、冬になるといつも雨交じりの雪が一日中降って憂鬱になりましたもの」
エレノア王女の言葉にルクレッア・ペスカトーレ侯爵令嬢が答える。
「まあ、ダッレーヴォ州はそうなのですか?」
「ええ、ペスカトーレ侯爵領は特に北海に面しておりますから、海から湿った風が吹いて陰気な街でしたわ」
「ラスカル王国は雪が降るのですね。私などラスカル王国の南部より向こうに行った事も御座いませんから、雪など見た事も無いのですよ」
ルクレッア付きのメイド、ベルナルダが二人にお茶を入れながら話しかけてくる。
「そうですね。私たちにとっては雪は憧れでもあるのですよ」
焼きたてのホットケーキを持って来たシャルロットもその言葉を肯定する。
「そのうなのですか。私は雪なんて冷たいばかりで、冬になると外にも出れなくなって、とても嫌でしたわ。王都の冬なんて寒いばかりで何一つ楽しい事など有りませんもの」
「あら、それでも冬至祭は楽しいものでしょう。子供たちで集まって、異母兄弟や従姉弟たちと一緒に遊んだり…」
アマトリーチェ・アラビアータ伯爵令嬢が不思議そうに聞き返した。
「宮廷の冬至祭は礼拝堂での祭儀に参加して、参内してくる貴族たちの挨拶を聞いて。父上や母上は宴に臨席致しますが子供は列席できませんの。それに兄姉と仲が良いわけでもありませんからいつも侍女たちと食事をしておりましたわ」
「それはペスカトーレ侯爵家も同じです。教皇猊下の実家ですもの、十二月に入ると祭祀と礼拝の繰り返し、私たち妾腹の娘たちは祭祀に駆り出されて礼拝のお手伝いばかり。おまけに冬至祭の夜は司祭様方の宴で私たちは追い払われて修道女たちと聖餐を頂いて眠るだけですもの」
ルクレッアも沈んだ声でそう話す。
「えー、王女様や侯爵令嬢様はすっごいご馳走を食べられると思っていたんすけど、そんな事無いんすね。わたしは冬至祭に出されるお菓子が楽しみで楽しみで」
「もう、シモネッタは食べることばっかり。でもシャルロットたちが用意してくれるお菓子が毎日食べられるのは嬉しい誤算だったわ」
「北部では南部の清貧派領地の料理というだけで嫌って食しませんものね。セイラカフェのお菓子や料理もゴッダードに来て初めていただきましたもの。宮廷料理も北部料理も辛いばかりですし、お菓子は甘いばかりで…でもゴーダー子爵邸でいただいたファナ様のお料理より上の料理はこちらでもありませんのね」
「ファナ様は料理にこだわりを持っていらっしゃいますから。でもセイラカフェの料理だってハウザー王国では中々食べられるものではないのですよ。福恩派は変化を嫌いますから…ほら、神学校のお食事も素朴な物が多いでしょう。宮廷料理でもそうなのだそうですよ」
シャルロットが父やサン・ペドロ辺境伯家で教えられた知識を披露した。
「ねえ、ウルスラ。ひょっとして私たちってこの国の王都で一番美味いもの食ってんじゃないっすかねえ」
「そう言っていただければ光栄です。でもシモネッタ様、お言葉が乱れておいでですよ。気安く話しかけて頂けるのは嬉しいのですが公の席ではお気を付けくださいまし」
「うん、…いえ、分かりましたわウルスラ。気をつけるっすですわ」
「ねえ、ミアベッラ。あなたは聖教会の事情に詳しいのだったわね。冬至祭では福音派の修道女は何をするのでしょう?」
アマトリーチェがしばらく何か考えてメイドのミアベッラに聞いた。
「詳しくは分りませんが、朝と昼の特別礼拝の後はわたしどもの村の聖教会では、ささやかな宴が有ってみんなで蜂蜜パンを食べるのです。小さい頃はそれが楽しみでしたわ」
「私も同じっす…でございます。ここと比べると大したものじゃなかったかもっすが、それでもみんなと食べるおかしはおいしかったっすです」
「そうですわ。この冬至祭では寮に居る方々を招いてお食事会を致しませんか? ラスカル王国の留学生主催でおもてなしするのですわ」
「小さなお茶会や個別の歓迎会は催して頂きましたけれど…そうですわね。私たちが主催したことは有りませんでしたものね」
エレノア王女も乗り気になって返事をする。
それはよい考えかも知れない。
エレノア王女殿下も少しはハウザー王国に馴染んできたようだし、そろそろ存在感を示しても良い頃かもしれない。
会場の準備や料理の手配はメイドたち四人で掛かれば問題はない。
後は招待客の人選だがこれはテレーズ修道女と相談しなければならないしケイン聖堂騎士にも意見を聞かねばいけない。
問題もあるが開催は可能だろう。
「まあそれはよい考えかも知れないですね。私も礼拝と聖餐ばかりの冬至祭は飽き飽きしておりましたもの」
「余り豪華な物は無理でも、
「お菓子は充実できるでしょう。シャルロトの作るホットケーキは絶品ですもの」
「それならウルスラの出してくれる新作のドーナツも最高っすよ」
少女たちはもう決定したように盛り上がっている。シャルロットはヤレヤレと首を振って手を打った。
メイドも含めた七人の視線がシャルトットに向かう。
「皆様、まだ出来ると決まった訳ではありませんよ。私からテレーズ修道女様にお願い致しますが、神学校の許可が出なければ無理ですからね」
エレノア王女殿下が甘えるような視線でシャルロットを見上げて言う。
「それはそうですけれど…きっとテレーズ様なら神学校の了解くらい直ぐに取って下さいますわ。お優しい方ですけれど、そう言う所はピッシッと仰ってくださいますもの」
「そうですわ。ケイン様もついておられるのだから」
「それにシャルロッテがそんな出来ないなんて言わせないでしょう、ねえ」
わずか四月ほどだがすっかりこの四人に懐かれてしまった。
勝手の知らない異国でこの十人で(オーイ、俺が入っていないぞ…マルケル・マリナーラ伯爵令息)乗り切って来たのだ。
これまでのラスカル王国での境遇も恵まれていたとは言い難く、母国に頼る者が居ない少女たちである。
アマトリーチェ・アラビアータ伯爵令嬢に至っては養家や実家にあからさまに敵意すら抱いている。
そんな少女たちはゴッダードやメリージャで市井に触れて自由を味わってから大きく考えを変えたようだ。
お陰で神学校に着いてからも下級貴族の人属令嬢を見下す事無く、上級貴族の獣人属令嬢とも上手くやっている。
特に神学校の宿舎では人属と獣人属の立場が入り乱れて複雑なのだが、獣人属の上級貴族令嬢たちと境遇が似ていることも有り、親しい友人も出来たようである。
だからこの娘たちの頑張りに報いてやりたいとシャルロットも思うのだ。
「分かりましたけれど、許可が下りない時は次の機会を考えますから、無理を言わずにテレーズ様を困らせないで下さいまし」
「「「「はーい」」」」
嬉し気な返事にシャルロットの頬も綻んでくる。
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