第33話 蜂蜜ジンジャークッキーのレシ(1)

【1】

 冬至祭の翌朝にはファナタウンからファナとイヴァナがゴッダードのライトスミス邸にやって来た。フランはしばらくファナタウンに滞在するとの事だ。


「ん-ー、素朴過ぎるのだわ。シナモンもジンジャーも蜂蜜も高級品なのに、これはあまりにも素人臭が有り過ぎるのだわ」

 そう言いながらファナはクッキーを頬張っている。

「これが良いんです! この味が、この手作り感が!」


 ジャンヌの声を荒げた反論にファナは少し驚いた風で答える。

「まああなたが好きならばそれで良いのだわ。でもどうせ使うなら生姜は砂糖漬けの物をもっと細かく刻んで入れた方が良いのだわ。蜂蜜漬けの生姜を使うより摺り下ろした物を…」

 ファナのレシピ講義が延々と続く。


「そもそも私はこんな丸顔の不細工では無いのだわ。もっと可愛いのだわ」

 そう言ってファナは半分まで食べ終わると残りをハンカチに包み始めた。

 クッキーの顔は割と似ていると思う。何よりファナ自身が自分の顔だと判断しているのだから。


「なあ、ファナ様。それ以上食わねえなら私が食べていいか? なあファナ様」

 イヴァナは早々に大きなクッキーを食べ終わって、手に着いた粉砂糖をペロペロ舐めながら物欲しそうな視線をファナに向けている。


「ばっ…バカですの? あなたは。私の分だから上げないのだわ」

「でも、半分残ってるじゃん」

「こっ…これはザコに食べさせてレシピを研究させるのだわ。だから絶対あげないのだわ」


「それならば、今日の午後にレイラ様からこのクッキーのご指導をいただくのでザコさんもご一緒にいかがですか?」

「おー! 私はやるぜ! 一番デカいのを作って食ってやるぜ」

「私とザコは結構なのだわ。今更素人レシピを習う事も無いのだわ。…そもそもあの男の地元で女の知り合いも多いのに、これ以上女を係わらせる訳には行かないのだわ…」

 イヴァナは乗り気で参加するようだがファナは断りを言って来た。その後に続いてブツブツと何か呟いていたがよく聞こえなかった。


 それでもジャンヌはこのジンジャークッキーの味が気に入られているようなのでとても嬉しかった。


【2】

 ファナとイヴァナに連れられてジャンヌは街へ出る事になった。


 そもそもセイラ・ライトスミスは何歳なのだろう。

 ジャンヌは今になってそんな疑問が浮かんできた。


 勝手に自分より十歳くらい上をイメージしていたが、レイラ夫人の年齢を考えるとそんな事は有り得ない。

 レイラ夫人はジャンヌより二十二歳上と聞いている。それが事実ならセイラ・ライトスミスは精々三歳上が限度だ。

 何故ならレイラ夫人が王立学校を首席で卒業しいる事は周知の事実で、王都での官吏への登用をすべて断って実母のいるゴーダー子爵家に帰って来たのはゴッダードでは有名な話だ。


 そこから考えてもセイラ・ライトスミスがそれ以上の年齢だとは考えられない。

 もちろん養子という事も有り得るが、ゴッダードの街ではオスカーとレイラの実子として誰もが認知している。

 違和感を憶えない程度の年齢差だという事なのだろう。


 エマに聞いても露骨にはぐらかされていた様だし、ナデテやリオニーは”メイドとしてその様な事は明かせない”ときっぱりと断れれてしまう。

 当然アンヌやマリーも細かい事は教えてくれない。


「そう言えば私も会った事が無いのだわ。兄上や執事のモロノーは何度か会っているようだけれど。大体は代理のグリンダかエマが仕切っているのだわ」

「そうですか…ならエマさん以外にはセイラ・ライトスミス様をご存知の方はいらっしゃらないのですね」

「ヨアンナは知っているのだわ。予科生の頃よくゴッダードに来ていたしクオーネのサロン・ド・ヨアンナはセイラ・ライトスミスと一緒に立ち上げたのだわ。私はその時エマとメリージャの開店行事に行っていたから会えなかったけれど」


「ヨアンナ様は合った事がある…」

「ええ、同じセイラで紛らわしいとか言っていたのだわ」

 ヨアンナは聖年式以降頻繁にゴッダードを訪れていたという事は、やはりセイラ・カンボゾーラを気にかけていたのだろう。


「この街はでっけえセイラカフェが二つも有んのな。なんで隣同士で二つも有んだ?」

「あちらは最新の家具やファッションや小物など女性向けのショールームとアバカス教室もあちらで開かれるのですよ。お茶を飲みながら最新のファッションを堪能できますよ」

 アンヌの答えにイヴァナは興味無さそうに相槌を打つ。


「じゃああっちは何なんだ?」

「あちらはリバーシの勝負が出来るセイラカフェですね。土木機械や大型織機などの模型も展示しております。帆布やら新型外洋船の模型も有りますよ」

 イヴァナはマリーの説明に食いついた。

「リバーシってあれだろう、幾何の先輩たちが暇つぶしに打ってるゲームだろう。よーしそれならば私がテッペンを取ってやるぜ! 私はやるぜ!」

 イヴァナが勢い込んでリバーシ盤の並ぶセイラカフェに突入して行く。


「ヨアンナではあるまいし、私は御免なのだわ。あんな下世話なところ。ジャンヌもあちらでお茶にすればいいのだわ」

 ファナはショールームの展示を見ながらお茶にするつもりのようだ。

 あちらのセイラカフェならジャンヌも何度も行った事があるが、そう言えばリバーシカフェは入った事が無い。

「ヨアンナはあちらのカフェの常連だったのだわ。エマに打たせて気に入らない男どもから毟り取っていたのだわ」


「ファナ様、私はイヴァナさんが気になりますのであちらについて行きます」

「少しはイヴァナも気を使うかもしれないからそれでも良いのだわ。でもイヴァナが問題を起こしてもメイドたちが居るから貴女はメイドに任せておくのだわ」

 そう言ってファナはショールームを眺めながらセイラカフェに入って行った。


【3】

 ジャンヌがリバーシカフェに入ると衛士隊員らしき男とイヴァナがゲームを始めていた。

 その周りを衛士や騎士団員や冒険者らしき屈強な男たちが取り巻いて面白そうにゲームを眺めていた。

「おいおい、タイレル衛士隊長さんよぅ。押されてるんじゃねえか?」

「うるせえ、ボウマン! 手前こそ騎士団の副団長がこんなところで油売ってて良いのかよう」

「良いんだよ! 俺の部下は優秀だからな。お前がこの嬢ちゃんに負けるまでの時間位十分にあらあ。タイレル、おめえの骨は拾ってやるぜ」


「私は王立学校でも幾何クラスで頭張ってんだ! 剣技だって徒手格闘だって負けえねエ。男相手にでも後れは取らねえ。私はやるぜ!」

「嬢ちゃん、何か知らねえがその意気だ! 女でも子供でもつええ奴はつええ」

「おっちゃん、良いこと言うねエ。そのうち私もお姉様みたいに頭を取るぜ。徒手格闘なら近衛騎士でも負けねえからな!」


「ほう、嬢ちゃんも徒手格闘をやるのかい。この街にもガキの頃からつええ嬢ちゃんが居るんだぜ。セイラ・ライトスミスって言ってなあ。十歳の時に冒険者崩れの犯罪者を投げて腕を折ったんだ」

「えっ! セイラ・ライトスミス!」

「ああ、これは修道女様。修道女様ならご存じでしょう。あのセイラ・ライトスミス様ですよ」


「本当か? 兄上の先輩のウィキンズ殿並みに強いのか?」

「おお、おめえはウィキンズを知ってるのか。そのウィキンズを仕込んだのはセイラ・ライトスミスだぜ。その時も襲われたウィキンズを助ける為にセイラ嬢ちゃんが突っ込んだ」

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