第174話 ゴルゴンゾーラ卿(3)

【3】

 フィリップ・ゴルゴンゾーラは街道を分岐の町に向かってひた走っていた。

 町の冒険者ギルドで人を雇いパーセル大司祭の一行に使いを送って、詳細を連絡しジャンヌとの合流を頼むためだ。

 フィリップ本人は何よりもまず先行するルーシー・カマンベール一行と合流しなくてはいけない。なにしろあの中には鉄砲玉のような爆弾娘がついて行っているのだから。おまけにお供の小僧はそれに油を注ぐような真似を平気でする。

 まあ滅多な事は起きないだろうが、関所で一悶着起こす様な事にでもなれば後々面倒だ。


 当初の目的のジャンヌの確保成功したが、ルーシーたちの顔を見る迄は安心できない。何か胸騒ぎが納まらないのだ。

 そしてその不安は的中した。街道を反対方向から町に向かって駆けてくる聖堂騎士らしき男を見つけた。

「止まれ! 聞きたい事が有る!」

 三騎で道を塞ぎ騎士を停める。

 よく見ると革鎧に刀傷が有り、あちこちに血の跡も見える。傷も負っている様だ。

 聖堂騎士は馬を停め警戒したように剣の柄に手を掛けた。

「急いでいる! 通してくれ」

「落ち付け。俺の名はフィリップ・ゴルゴンゾーラ。お前はクオーネ大聖堂の聖堂騎士か?」


 馬上の聖堂騎士はフィリップの名乗りを聞いて安心したように馬の鞍の上で崩れ落ちるように力を抜いた。

「ゴルゴンゾーラ卿…ルーシー殿とセイラ殿が教導派に囚われた」

 そう告げると今度は本当に鞍の上から崩れ落ちてしまった。

 フィリップと騎士たちは慌てて馬から降りると聖堂騎士を抱え起こした。

「いったいどういう事だ。戦闘になったようだが他の者はどうなった?」

 聖堂騎士の説明にフィリップの表情は強張って行く。

「しかしフィリップ様。何故ライオル伯爵領の司祭がそんな事を」

「さあな。それよりもクオーネ大聖堂の聖堂騎士の中にも裏切り者が入り込んでいた事の方が問題だ。パーセル大司祭に早急に報告が必要だ。なあ騎士殿その裏切った騎士の事も詳細に大司祭に報告してくれ。もうすぐ町にはパーセル大司祭の一行も到着するはずだからな」


 そう言うとフィリップは立ち上がり随伴する騎士の一人に命令を下した。

「貴様はこの聖堂騎士を連れてパーセル大司祭の一行に合流しろ。事の仔細はお前たちの口からパーセル大司祭に直接報告するんだ。出来れば人払いをして側近だけの場でだ。分かったらすぐに出発しろ」

「若! それで若はどうされるのです」

「俺はこいつと二人でルーシー殿を救出に向かう。州兵とパブロが向かているそうだから戦力的には足りるだろう。後は権威付けに俺が入れば何とか出来るかも知れん」

「ゴルゴンゾーラ卿お頼みします。騎士団長の仇を…どうか団長の無念を晴らして下さい」

 フィリップ・ゴルゴンゾーラはその言葉に無言で右手を掲げると、馬に跨り随伴の騎士と二人走り出した。


【2】

 シシーリア・パーセル大司祭は三十人余りの随員を従えてシェブリ伯爵領の領境を越えてライオル伯爵領との分岐となる街に到着した。

 高位聖職者の一団の来訪に町の聖教会はもとより町の政庁も大混乱に陥っていた。急な事なので迷惑を掛けたくないと聖教会にも政庁にも通達は出している。

 町のトップクラスの二件の宿屋を借り切って宿舎にして、聖教会には入らない事にしている。

 もちろん教導派ともジェブリ伯爵家とも接触を断つためだ。

 随員のうち五名は正規の聖堂騎士、残りの半数以上は修道士に偽装した聖堂騎士、それ以外は最側近の上級司祭たちで固めている。


 その宿舎にゴルゴンゾーラ公爵家の騎士が面会の連絡を入れてきた。

 それも至急かつ内密にという事だ。

 側近の司祭長二人と修道士服を着た聖堂騎士団の副団長の四人で、指定された宿の酒場にやって来た。

 まだ日が高いので酒場は閑散としていた。

 副団長は店主の前に金貨を並べた耳元で囁いた。

「一刻の間誰も入れるな。貸し切りだ。ワインとビールだけ置いてお前も店員も出て行け。聞こえたならさっさとやれ」


 店員が慌ててグラスと酒瓶とピッチャーを置いて裏口から出て行った。店主も入り口に鍵を掛けると店員の後に続いた。

 呼び出した公爵家の騎士は合わせたい人物がいると言って部屋に戻って行った。

 そしてその騎士が二階から連れてきた人物を見て、副団長は顔色を変えた。先行させた聖導女アナに付けた護衛の聖堂騎士だったからだ。


「副団長殿…団長が、団長が討たれました」

 その言葉にパーセル大司祭たちの顔色も変わった。

「いったいどういう事だ!? 他の四人はどうしておる?」

「それが実は‥‥」

 聖堂騎士がこれまでの経緯を話し始めた。

 大司祭を含めた四人の顔色はどんどんと悪くなり重い沈黙が広がった。


「まさか、そんな事が…、ウィンストンが裏切るなど」

 副団長が絞り出すような声で言った。

「ウィンストン? どこかで聞いた事があるな。その騎士は聖堂騎士として勤め始めて長いのか?」

 側近司祭長の一人が副団長に問いかけた。

「ええ、聖堂騎士として十五年にはなるかと思います。前市長の紹介ですが騎士としては真面目で実直でした。我々聖堂騎士団は教導騎士団が居た頃には色々と辛酸をなめましたからまさか教導派に寝返るとは…」

「前市長が賄賂を貰い金蔓にしていた商会が同じウィンストン商店では無かったか? もしやその縁者ではないか」

「もしや…いや、そうなのか? しかしそれなら筋は通る。ライトスミス商会を恨んでいてもおかしくない。それは早急に調べてみましょう」


「しかしここまで強硬な手段に出て来るとは。ヘレナ・ギボン司祭は一体何を企んでおるのだろう。…セイラ殿を巻き込んだ迄は思惑通りだったのだがな」

 パーセル大司祭は眉間に皺を寄せて考え込む。

「其の方の仔細は判ったが、そちらの御仁は一体? ゴルゴンゾーラ公爵家の騎士と伺ったが?」


「自分はフィリップ・ゴルゴンゾーラ卿の命で参りました。我々ゴルゴンゾーラ公爵家騎士団は聖女ジャンヌ様ご一行と遭遇し、現在総勢十四名で警護の任についております」

 公爵家騎士はそう告げると自体の詳細を話し出した。

「そういう事ですか。闇の中に光明を見出したような気持ちだね。それでゴルゴンゾーラ卿は?」

「騎士を一人連れて州兵たちの後を追いました」

 その言葉にパーセル大司祭は顔を上げると意を決して、随員の三人に向かって命じた。


「イアコフ司祭長、今すぐ馬車を用意しなさい。半刻後には私はここを発つ。副団長と生え抜きの聖堂騎士を三人つけなさい」

 そう告げると横にいる側近の司祭長の一人に向き直した。

「それから副団長は精鋭を七人選出しなさい。トマス司祭長はその七人を率いて今すぐ聖女ジャンヌのもとに赴いてゴルゴンゾーラ公爵家の騎士団の半分と交替しこの町の宿舎まで連れ帰る事! 聖女を聖教会に入れてはなりません」

 それを受けて二人の側近は立ち上げると裏口から出て行った。


「そしてフォマ司祭長、貴方は残った者たちの身辺の洗い直しとクオーネ大聖堂と教区内の全ての聖教会の大掃除をお願いします」

 にこやかな笑顔を絶やさないフォマ司祭長は静かにパーセル大司祭に一礼する。

「はい仰せのままに。大司祭様」

 そして最後に公爵家の騎士と聖堂騎士を見て一言付け加える。

「案内はあなたにお任せいたします。そして貴方はよく務めを果たされました。今日は休んでこの後はジャンヌ様の直近での警護を命じます」

 そう言って立ち上がった。

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