第173話 パブロ

【1】

 窮地を脱した聖堂騎士は必死で馬を駆り続けた。

 彼が切った裏切り者も団長も相当な深手を負っているはずだ。もう死んでいるかもしれない。

 ただ拉致された二人は無駄な抵抗をしなければ危害は加えられないだろう。抵抗しなければ…。


 必死でライオル伯爵領中央関所に向かう街道をひた走る。

 しばらく進むとこちらに向かう騎馬の一団が目に入った。

「オーイ!」

 追いつけた。そのまま騎馬で突進して行く。驚いた五人が突っ込んでくる彼を受け止めた。


「ルーシー様とセイラ様が捕まった。護衛の後の二人も多分もう討たれた」

 アナ聖導じゃがいきなり馬を走らそうと手綱を引いた。パブロが空かさずその手綱を掴み引き留める。

「セイラ様が…、セイラ様が」

「落ち付け! 状況も判らず突っ込んでも助けるこたぁ出来ねえ」

 そう言うと鞍から水袋を取り出し聖堂騎士に渡した。


「落ち着いて、気付いた事は全部話してくれ。但し手短にな」

 聖堂騎士は水袋に口を付けるとゴクリと飲み込んだ。それだけで高ぶっていた気持ちが落ち着く。

 後は状況を状況を順を追って説明して行く。もう一人の聖堂騎士が裏切っていた事、団長が背中から刺された事、犯人はライオル伯爵領の聖教会筆頭司祭のヘレナ・ギボン司祭である事、彼女の口ぶりでは二人をライオル伯爵領まで連れ去れ去ろうとしている事、そしてただ一つ僥倖はセイラの身分がバレていない事。

 敵はセイラをルーシー付きのメイドだと勘違いしている事で危険も孕んでいるが切り札にもなる。


「なあ、その裏切り野郎は一人で行動していたことは有ったのか? 俺たちの事も漏れているのか?」

「ルーシー殿やセイラ殿が同行している事は漏れていなかった。カマンベール男爵領に入ってからの情報は殆んど渡っていないんじゃないか?」

「ならアナ聖導女とフィデス修道女だと思っていたのが替わっていたと言う事か。奴らも面食らったかもしれねえな」


「州兵の旦那方、ルーシー様の護衛と言う事で正面突破しましょう。変に小細工も出来ねえし、事が公になれば奴らも困るだろう。聖堂騎士の旦那、すまねえが置いて行く。あんたは一旦村じゃなく分岐の町まで戻って、怪我の治療と体力回復を。ただその前に町に行ってモルビエ子爵領経由で詳細の連絡を、冒険者ギルドを通して情報をカマンベール男爵領と清貧派聖教会に送ってくれ」

 そう言い残すと五人は一斉に西街道目指して駆けだしていった。


【2】

 一昨日の分岐の村を出る迄誰も単独行動はとっていない。ギルド関係の使いや単独での小間使いはパブロが引き受けているからだ。

 なら裏切り騎士が奴らと接触を図ったのは昨日。

 途中の村で一泊をして交代で見張りに立ったと言うからそのタイミングだろう。

 最後にライオル伯爵領から誰か来たと報告をしてきたのが裏切り野郎だ。手引きしたのはそいつだろうが、そのタイミングでどこまで説明したのか。

 ルーシーやセイラの情報も伝わっていなかったと言う事は殆んど話す暇は無かったと考えて良いかもしれない。

 まあ最悪、セイラのこと以外はすべて伝わっていると想定して動くべきだ。


 中央街道には例の賓客用の馬車が入った情報は無く、引き上げる途中だったことが幸いし距離もそう離れていない。関所に続く街道は特に警戒している風でも無く、初夏の遅い日暮れにも助けられて順調に進めた。

 その遅い日も暮れかけた頃には東関所の村にが遠目に見えてきた。

「この際上から目線で派手にぶちかましましょう。こっちは聖堂騎士の団長を殺られているんだ。力ずくでも奪い返すつもりで行きます」

「俺たちもライオル伯爵の所業は腹に据えかねてる。まして俺たちに良くしてくれたルーシー様の命がかかってるんだ。こっちも命を張ってやるぜ」

「私はこの命しかお二人に償えるものは有りません。この命に代えてお助けします」

「「おう! 命に代えても二人は助けて見せるぜ」」

「すまねえ。でもそれは止めてくれ。みんな生きて帰れる方法を考えてくれ。これ以上、誰かが死んだらお嬢が泣く」

 逸る四人を冷静にさせてパブロを先頭に村の大門に駒を進める。


「わたくしはカマンベール男爵家のアッパーサーヴァント。レディー・ルーシー・カマンベール様のヴァレットを務めるパブロと申す者で御座います。我が主がこの村にご滞在のヘレナ・ギボン司祭様のもとにてお世話になっておると聞き及びまかり越しました。ヘレナ・ギボン司祭様にお取次ぎを願いたい」

 若いが身なりも良く堂々とした態度で馬上から口上を告げるパブロに門衛は慌てて駆け出して行った。


「門衛殿が行かれたので、遠慮無く罷り通る事に致します!」

 周りのそう告げると並足で馬を駆り五人は村の中心にまで乗り込んで行った。

 門衛が駆け込んだのは聖教会では無く、役所なのか村長宅なのか村で一番立派そうな建物だった。

 入り口には車寄せまで有り、その横には豪華な四頭立て馬車が一台停まっている。


 中から怯えた表情の村長と思しき初老の男と数人の役人らしき男たちが飛び出してきた。

「この村に我が主、ルーシー・カマンベール様がギボン司祭と同道されたと聞き及びやってまいりました。ルーシー様にお取次ぎをお願い申し上げる!」

 村長(らしき者)たちは口を開きかけたがパブロたちの迫力に押し負けて何も言えずに屋敷内に這い戻って行った。


 次に現れたのは二人の修道士らしき男を従えた聖導師と思しき中年の男性であった。

「ここは村の役場であるぞ。一介の使用人如きが乗り込んで…」

 つまらない言い合いに時間を割く暇は無い。パブロは騎馬のまま車寄せからその聖導師のいる踊り場に乗り上げた。

「ルーシー様にお取次ぎ願いたい。直ちにルーシー様をお連れいただけねばこのまま乗り込んで家探しいたす!」

 聖導師はパブロの勢いに二・三歩後ずさると崩れ落ちかけたところを修道士に支えられた。

「無体な!」

「答えられよ! 我が主はどこに居るのか! そしていつ連れて来て頂けるのか」

「こっ…ここは他領であるぞ。お立場を弁えられよ」

「ならば、我が主を連れ去ったギボン司祭も他領民であろう。それならば他領民通し立場は同じ、何ら忖度する必要はない」

「きっ詭弁だ! 一介の使用人風情が何を偉そうに」

「何を申される。私はカマンベール男爵家に仕えレディー・ルーシー・カマンベール様に仕える者。主に常に随行するのはヴァレットとして当然の務め。今はカマンベール男爵家の代理と思われよ!」


「もう…もうここには…ギボン司祭は…ライオル伯爵はここには居ない! そうだお前の言うルーシー・カマンベールも居ない。もうロワール大聖堂に向かって出発された!」

 そんなはずは無い。その街道をパブロ達は走ってきたのだから。

「という事は我が主ルーシー・カマンベール様はここに居たという事ではないか! ならば家探しをさせて貰う」

 聖導師はしまったと言う顔をして口をパクパクさせている。

 もう躊躇はしない。パブロはローマ秤を右手に掴むと馬を飛び降りて、目の前の聖導師たちを薙ぎ払った。

 州兵とアナ聖導女が後に続く。

 五人は音のした場所を目がけて一気に進んでゆく。


 屋敷に居るのは何故か聖職者ばかりだ。止めようと近寄ってくるがパブロ達の気迫に押されてか腰が引けて手を出せない。

 廊下の両側のドアを片っ端から開いて行く。いない、ここにも居ない。

 前を通ると人の気配がする部屋あった。この部屋はどうかとドアのノブに手を掛けると修道士がその前に体を割り込ませてきた。


 怪しい!

 パブロはその修道士を乱暴に突き飛ばすと部屋のドアを押し開いた。

 開いたドアの中から血の匂いが溢れ出てくる。臭いを嗅いで顔色を変えた州兵とアナが駆け寄ってくる。

 ドアの中で三人の聖職者が両手を広げて立ち塞がっているがそんな事を構っていられない。

 突き飛ばして中に押し入ると窓が壊れて絨毯も巻かれている。 巻かれた絨毯は血にまみれ両端に聖職者が屈んで何かしている。


「それは何だ! 見せろ!」

 五人は部屋になだれ込むと絨毯の両端の聖職者を蹴り飛ばしす。パブロは絨毯に足をかけ力一杯蹴り飛ばした。

 足の裏に当たる感触で何か柔らかい物が巻かれている事が判る。

 絨毯はゴロゴロと転がって開いて行く。

 そして開ききった絨毯の端から転がり出たのはどす黒く変色した顔を苦痛でゆがめた男の死体だった。


「偉く立派な服を着ているな」

「誰だこの男は?」

 アナ恐怖でへたり込んで聖印を切っている。

 パブロが押し殺した声で答えた。

「こいつはライオル伯爵だ」

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