閑話11 福音派聖教会(2)

 ★☆★★彡

「駄目です! そんな事させませんわ。あの子たちは売り物では御座いません!」

 顔色を変えたルクレッアの口から即座に拒否の言葉が紡ぎ出された。

「落ち着いて下さいルクレッア様。私たちもそのような事はさせませんから」

 慌ててベルナルダが宥めに入った。


「まあお待ちください、ルクレッア様。何もわたくし共も無茶な取引を申し上げているわけでは御座いません。貴女様の意に沿う形で取引を勧めさせて頂きたいのです。ご損はさせません。貴女様のご満足行くかたちでお話をさせていただきます」

 ビショップ卿と名乗る男はにこやかに冷静に話始めるがルクレッアはもう聞く耳が無い。


「嫌です! あの子たちは売り物では、農奴では…「ビショップ卿、少しお茶を召し上がって落ち着いてからお話いたしませんか」」

 ケインがルクレッアを手で制して話に割って入った。

 興奮しているルクレッアは何を言うか判らない。ほんの些細な一言で足を掬われる事になるのはケインもこれまでの経験からよく知っている。


「ルクレッア様、お茶をお召し上がりください。後は私共が代わりにお話しさせていただきます。侯爵令嬢様なのですから悠然と構えて下されれば宜しいのですよ」

 シャルロットが落ち着いた口振りでルクレッアの前にお茶とお茶菓子を並べた。

「でも…でもシャルロット、あの子たちは私の大切な…」

「存じております。ルクレッア様が全霊をかけて治癒を試みられたあのお母様の子ですし、何よりテレーズ聖導女様がその指先と引き換えに命を救った子ですもの。私もベルナルダも解っておりますよ。何よりケイン様はテレーズ聖導女様のお気持ちを一番に汲んでくださいますもの」


 講師やビショップ卿は良く解らないようであるが、ケインとテレーズの関係を知るルクレッアは何やら納得したようでケインの顔を見て安心した表情を浮かべた。

「ビショップ卿、お互い相手の事も知らぬ状態でいきなり商談を切り出されても、こちらも戸惑うばかりです。何よりルクレッア様はまだお若いので尚更です」

「いやいやこちらこそ。お若いご令嬢のお気持ちも察せずに逸った事を申し上げてしまいました。陳謝致します」


 二人のやり取りにオロオロとしながらもルクレッアもベルナルダに進められてお茶を一口飲むとスコーンを齧った。

「すみませんでした、ケイン様。ベルナルダの忠告も忘れて取り乱してしまいました。ビショップ卿にもお見苦しい姿を見せてしまいました。私こそ陳謝いたします」

「いえ、滅相も無い。今日の所は初めての顔合わせという事で…」

「いえいえ、ビショップ卿。何度もご足労願うのは忍びない。ルクレッア様の気持ちはこれからも変わらないでしょう。ですからこれで終わりに致しましょう」

 ケインはにこやかにビショップ卿に言い放った。


「おやおや大層嫌われたようですな。まあそうおっしゃらずにこれからもお付き合いの程を願いたいものですな。何よりラスカル王国の王家の方々や教皇庁に繋がる方々と御縁が結べたならそれだけでもわたくし共には利となりますのでな」

 不快になるでもなく怒りを見せるでもなくにこやかにそうビショップ卿は告げた。


「お求めの通り本日はこれでお暇致しましょう。何か私に対して御用が御座いましたなら講師の先生を通して頂ければいつ何時でも馳せ参じますので」

 そう一礼して召使いの初老の人属を連れて部屋を出て行った。

 講師も見送りの為だろうかその後に続いた。


「食えぬ奴め。あの男又来るぞ。シャルロット、ベルナルダ、他のメイド達にも伝えて置いてくれ。ルイージとハンナの周りの警戒も含めて気を付けるようにと。俺とテレーズ様はこれからもどちらかが近くに残る事にするから、ルクレッア様やエレノア様の周辺で気になる事があった場合は直ぐに呼びつけてくれ」

「「はい、わかりました」」

 ベルナルダとシャルロットは緊張した面持ちで頷いた。


 ★★☆★★彡

「なかなか一筋縄では行かぬものですな」

 ビショップ卿と名乗った男がそういった。

「まあそれはそうだろう。相手は子供だとは言え高位貴族だ。本人はともかく付き従える随員は選りすぐっておるだろうからな」

 応えたのは付き従っていた初老の人属。


 そう話しながら二人は馬車に乗り込んだ。

 獣人属の壮年の男が話始める。

「わたくしの身分、バレてはおりませんでしょうかな」

「まあ、ルクレッアと言う小娘は素直に信じたであろうがな。侯爵家あたりの親族とでも思ったのではないか?」

「しかしあのメイドの様子は懐疑的で御座いましたが」

「それならばあの若造の護衛騎士は初めから信じておらぬようだったぞ」


「しかしラスカル王国が付けた若いメイドどもは侮っておりましたがなかなかどうして頭も切れるようですな。身のこなしから見ても護衛も兼任している様子」

「護衛騎士も若いが切れ者の様だ。神学校の講師連中から聞いている分には、評判の聖導女はかなり理論家で弁も立つようだが如何な者かなあ」

「人心の掌握に長けておる御仁の様ですな。もう少し突っ込んだところを手の者に探らせてみましょう。それで枢機卿猊下、これから如何致しましょうか」


「留学生が帰るまであと一年も無い。これ以上波風が立たぬならそれに越した事は無いが、少々あの聖導女も四人の留学生も影響が大きすぎる。王家の手前、表立って動けぬがあのルクレッアとか申す娘の農奴の子供に対する執心は使えるかも知れんな」

「わかりました。そこを狙って揺さぶりを掛けましょう」


「それならば少々、あの講師より面白い事を聞き及びましてな。あのルクレッアと申す小娘の所有している農奴についてです」

「ほう、なんだ? 申してみよ」

 人属の初老の男は鷹揚に話を促した。


「ルイージと申す先の夏に洗礼を受けた農奴の小僧なのですが二重属性の様ですな」

「ほう、珍しいと言えばそうではあるが、魔力量が多かったのか」

「詳細は解りませんが多かったのは事実らしく、若干ながら治癒魔術も行使しておるとか」


「…あまり褒められた事ではないな。農奴でありながら神の使徒である聖職者の技術を持つという事は」

「気になって調べましたところ母である農奴の前の前の持ち主が某伯爵家で…」

「ハッキリ申せ、どこだ」

「ジョウジアムーン伯爵家で御座います。その死んだ母親とその母親、すなわち祖母の大本の持ち主が…」

「プラットバレー公爵家か」

「はい、その通りで御座います」

「第一王子の最大の支持者であるプラッドバレー公爵一族の血を注いでいる可能性があるという事か。まあ農奴ゆえに血筋の証明など出来ぬが使えそうな手駒には出来そうだな」

「ええ出来れば早いうちに手に入れたいもので御座いますな」


「相手はラスカル王国の貴賓だ。一筋縄では行かんから無理はするな。ただ…ペスカトーレ枢機卿の娘か…。やりようは有りそうだな」

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