第170話 新しい支店

【1】

 ランドック商会長は西部マリナーラ伯爵領から北部に向かいカンボゾーラ子爵領のフィリポの街に入った。

 パウロと番頭たちとフィリポの街で落ち合う予定になっているからだ。

 以前のライオル家が支配していた頃も領主が変わって運河工事が始まった昨年の秋にも来た事は有るが、来るたびに人が増えて大きくなっている。


 ライオル元伯爵家の時代に使っていた宿屋がまだ残っており、オーブラック商会の一行が来た事に少々驚かれたが直ぐに部屋を用意してくれた。ただ宿屋の形態も変わっており、以前使っていた部屋は大部屋に改造されて三つ分けられていた。

 この後から来る馬子たちや使用人も使うので全て借りる。

「宿屋も客が溢れておりまて以前のような広い豪華なお部屋はもうやっていないので窮屈でしょうがご勘弁ください。今この街は事務所も倉庫も人手も足りてないんですよ。新しい商会が次々来るもので船着き場に新しく出来た商業事務所が全部仕切っていますよ。えっ、商工会は機能していませんよ。以前の大手商会も半分も残っていませんしね」


 宿屋で言われた商業事務所に赴くと中はごった返しており、事務員が極めて事務的に仕事を処理していた。

「だから、料金は倍出すからウチの積み荷を優先させろ!」

「料金は規定通りで構いませんから、順番をお守りください。そう言うご相談は荷を積まれている商会に方と交渉してください」

「それが、埒が明かんのでこうして言ってるんだ! いくら払えば順番を変えてくれるんだ」

「その様な業務は行っておりません。私どもは正規の給金を頂いておりますので」

「くそっ、この街の人間は融通が利かん! 少しは柔軟性と言うものを待たんのか!」

 事務所内で騒いでいる商人を淡々と事務員があしらっている。


 この街は付け届けや口利きが通用しないようだ。

 事務的ではあるが、平等で迅速な事が商人を呼ぶ要因なんだろう。真っ当な商売をする者が過ごしやすい街のようだ。

 お陰で小さいが新設の倉庫を借りる事が出来た。その上領主城内に造られた貸事務所も紹介された。

 荷馬車を倉庫に入れ馬を預けて領主城に行くと大部屋を間仕切りで四つに分けた事務所の一室を借り受けた。


 そして最後にアヴァロン商事の事務所に向かう。

 大きな商館にでもなっているのだろうと思って行ってみると、以前と同じ場所で同じ建物だった。

 来店を告げると応接間に通されて支店長は留守をしているので代行だと言うマイケルという少年が出てきた。

「初めまして、マイケルと申します。セイラ様からも連絡を受けておりますのご用件は聞いております。シェブリ伯爵家からの引き取り品は御座いますでしょうか」

「いえ、シェブリ伯爵家からは…。しかしマリナーラ伯爵家から立派な南方産の段通がかなり入手できまして…あの領も苦しいようで、料金のカタに受け取ってまいりました。私の感じではかなり価値の有る物ではないかと思うのですが」


「判りました。私どもでも査定いたしましょう。折り合いがつくならばご商談のお話をさせて頂いても構いませんか?」

「他の領地からの荷もこちらに向かっておりますので、捌けるのでしたら合わせてお願い致したいと思っております」

「それでしたら今日にでも専門の方々にお声掛けの知らせを走らせましょう。良い物でしたらクオーネでオークションに出しても良いかと思います。北部領からの積み荷も二~三日中には到着するでしょうからその時にお話させて頂きましょう」

「ええ、小さいですが此方に事務所を構えましたので私は当分こちらで滞在いたしますから」


 翌日、事務所に商会員を二人駐在させて、そのままランドック商会長は一人カマンベール子爵領に出かけて行った。


【2】

 ランドック商会長が出かけて翌日の昼に、パウロたちの荷駄がフィリポの街に到着した。

 一番に商業事務所に向かうと新規契約された倉庫と貸事務所の場所を教えて貰えた。

 まずは倉庫に荷場所をつけて馬を預ける。

 貸し倉庫には持ち主の管理人が居るだけで馬子たちも商会員も居ない。

「どうしましょう。取り敢えず事務所に行ってみましょうか?」

「以前は定宿が有ったのですがね。今はどうなっているか分からないのでそれが一番でしょうな」


 事務所に顔を出すとランドック商会長より伝言が有った。荷の売買についてはアヴァロン商事と話がついているらしい。

 早速使いを走らせて積み荷の売買契約にかかる事にして貸し倉庫に向かった。


 倉庫で待て居ると馬車が停まり数人の男たちが降りてきた。先頭で誘導するのはマイケルである。

「クオーネとカンボゾーラ子爵家から目利きの方をお願い致しました。段通以外は私がお話をお伺いいたします」

 頭を下げるマイケルに番頭が挨拶を返すと商談が始まった。


 段通についてはパウロと他の商会員が手分けして筵を敷いた床の上に広げて行く。

 カンボゾーラ子爵家から一人、クオーネからは古物商とゴルゴンゾーラ公爵家の家人が来ており、三人が段通に顔を押し付ける様にして見ている。


「ほほう、これは立派な物ですなあ。二百年前のバオリ王朝の物ですかなあ」

「いや、織り糸や染色の具合からしてそのレプリカでしょう。それでも百年以上前の物でしょうけれど。新しい分色合いは良いですなあ」

「こちらは痛みは酷いが、文様や絵は良いですぞ。二百五十年は前の物でしょうが、美術的価値はともかく学術的な価値が大きい。好事家は喜ぶかもしれませんな」

 鑑定家たちの盛り上がりにパウロたちはついて行く事が出来ない。パウロは目利きは鑑定家に任せてアヴァロン商事との交渉に参加する事にした。


「大麦とライ麦と燕麦ですか。大麦はカマンベール子爵領で引き取ってもらえるでしょう。ア・オーでの取引相場の八掛けで如何でしょうか」

「マイケル、ア・オーまでの輸送もこちらで行うから、輸送費込みで相場の五分引きでどうだ。醸造用に全て売れるだろうから損は無いだろう」

「それは足元を見過ぎだろう! 輸送費込みで八割五分ならともかく九割五分も出せば儲けは人件費だけじゃないか」


「それなら別にいいんだぜ。俺が同行して直接カマンベール子爵家に話をつけても。それなら相場で売れるんだから」

「カマンベール子爵家はまだオーブラック商会の名に拒否反応がある。だから今回はウチが口利きをしようと申し出たんだ」


「新生オーブラック商会は俺が居るんだ。そこまで無碍にはしないよ。燕麦も付けて九割でどう、おや! 九割の価格と言えば信用取引分の香辛料と砂糖とコーヒーの合算価格と同じじゃあないか。こんな偶然が有る物だなあ」

「パウロ! 企んでいたね。判ったよ。大麦と燕麦の運搬まで含めて香辛料と砂糖は相殺する。これで良いだろう」


「後はライ麦だな。これは八掛けで譲らないからね。売り手はこちらで探してみよう」

「それなんだが、カンボゾーラ子爵家に売れないか? ホップ抜きの醸造で蒸留酒を作るとかお嬢が言ってたって兄貴から聞いたんだ。その時にライ麦も有りかなあって呟いていたそうだから」

「何だよ、それは。それなら直接領主城に行って交渉して来いよ! 僕が入らなくても良いだろう」


「そこは、御用商人の顔を立てて相場の五分引きで譲るって言ってるんだ。蒸留酒の事業は計画してるんだろう。ライ麦はアヴァロン商事の倉庫に移して事業が立ち上がる頃に使えば良いじゃないか」

「クッソー! お前、倉庫代を浮かそうと考えてるんだな。ふざけんな、五分じゃあ儲けなんて出ない」

「だからこれも茶葉の代金と相殺してくれ。新生オーブラック商会へのご祝儀だっと思って」


 段通は査定結果を元にアヴァロン商事がクオーネでオークションにかける事になった。

 さすがにこちらはマイケルが一歩も引かず、競売収益を折半する事で合意された。

 パウロは段通の輸送費も請け合い、アヴァロン商事からクオーネ迄の輸送費もせしめた。

 翌日大麦と段通を積んだ荷馬車はア・オーに向かい出発し、パウロは貸し倉庫の契約を解除すると新たに荷受け場の付いた倉庫の購入の為、候補を物色し始めていた。

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