第171話 教導派出資者会議(1)

【1】

 ジョン殿下たちの法案の検討は地道に進んでいるようだ。

 ナデテの指導の下、真面目に検討を重ねている。例のハバリー亭の救貧院出身の少年をファナが専属で付けてくれて給仕や雑務を手伝って貰っている。

 ジョン殿下たちも少年の境遇に同情し更に検討に力が入ったようで、順調に進んでいるようだ。


 今受注している物品の納品についてはアヴァロン商事が信用取引を行う事でどうにか乗り切れそうだ。

 しかし今回の納品以降 受注先を切る事になるので、次の四半期からの目途が立っていない。

 七月の前半で株式組合化を進めて資金調達と新規受注先のセールスにかからねばならない。


 出資者会議を早急に招集しなければいけない。

 そして株式組合化の発起人としてポワトー女伯爵カウンテスに入って貰い案内はポワトー伯爵家とランドック家の連名とすれば権威筋も目を向けるだろう。


 案内は宰相のフラミンゴ伯爵家、シュトレーゼ伯爵家を通して宮廷魔導士派閥に、近衛騎士団はストロガノフ子爵家だが副団長のエポワス伯爵家の耳に入らない様に根回しが必要だ。

 この辺りはグリンダを通じて貴族への裏工作を任せよう。


 問題は目玉となる王族だ。

 ジョン殿下を通して母君のマリエル妃殿下宛で良いだろう。

 国王宛にすると寵妃のマリエッタ夫人を通し反王妃派のモン・ドール侯爵家やペスカトーレ枢機卿一派の介入が発生する。

 元々、ペスカトーレ侯爵家やモン・ドール侯爵家の頸木から逃れるための株式組合化だ。この介入は絶対に許してはならない。


 ハスラー聖公国のダンベール聖大公家が実家の王妃ならこの計画にうまく乗って貰えそうだ。

 教導派の権威主義貴族の権化のような人ではあるが、モン・ドール侯爵家憎しで協力が得られるだろう。


 これで表向きはラスカル王国の聖教会系貴族閥の大手商会を株式組合化によってハスラー聖公国系の貴族閥が取り込んだ構図に見える。

 さあ、ここから出資者会議の幕を開けようか


【2】

 ハバリー亭の広間を借り切って出資者会議が開かれた。

 大々的な宣伝は避けて秘密裏に執り行ったはずなのだが、何やら大層派手な集まりになってしまっている。


 表向きはポワトー女伯爵カウンテスの就任を祝う内輪のパーティーと言う名目ではあるが、次々と訪れる黒塗りの高級馬車の群れが周辺の耳目を集めてしまっている。


 上座右手には主催のポワトー女伯爵カウンテスが座り。その横には進行を務める為パウロが座っている。

 そしてオーブラック商会の代表代行としてオズマと番頭が並んで座る。

 今回ランドック商会長はまだフィリポの事務所に残っていて、出席していないのだ。

 新生オーブラック商会のイメージを付ける為にオズマを表に立たせたのだろう。


 更にカロリーヌ付きのメイドとしてルイーズとミシェルが付き、アドバイザーとしてカロリーヌの後ろに何故かポールが執事服で座っている。

 進行役は若手のパウロ達だがお目付け役のポールがうまく牛耳ってくれると思う。


 投資者側にはフラミンゴ伯爵、シュトレーゼ伯爵、ストロガノフ子爵、そして東部貴族や宮廷魔導士、近衛騎士等の子爵や男爵が数人集まっている。

 更に少し離れてグリンダがミゲルを連れて座っている。

 それだけでは無く投資者席の中にイアンとヨハンの顔も見える…が、イヴァンは居ない。

 さすがにストロガノフ近衛騎士団長もあの息子を参加させるのは躊躇したようだ。

 私はと言うと、広間の壁の裏側に有る隠し部屋でファナと二人中の様子を窺っている。

 西壁に貼られたガラスタイルの壁画が覗き穴になっているのだ。…この店ヤバイなあ。


 暫くすると大扉の前に立っているフットマンが大きな声を発した。

「王妃殿下が御成りになりました」

 ザワザワとした雑談がピタリと止まり、全員が起立して最敬礼をする。深紅のドレスの王妃の後ろにジョン殿下が、そしてその後ろに二人の随行員と三人のメイドがついて入ってくる。

 後ろの五人は護衛も兼ねているのだろう。アドルフィーネ達と同じ雰囲気がする。


「皆様、本日は内輪の集まり。そう畏まらないで下さいまし」

 王妃殿下は鷹揚に笑い腰を下ろす。

 それと同時に全員が頭を上げて着席した。

「カロリーヌ。本日はお招きいたみいります」

 その言葉でカロリーヌが立ち上がり、カーテシをして返礼を述べる。

「もったいなきお言葉で御座います。私ごとき末席の伯爵の招待に答えていただきありがとうございます。王妃殿下のお口汚しになりますが、ささやか食事をご用意いたしましたのでご賞味くださいませ」


「…何をあの子娘。私の料理に口汚しなど有り得ないのだわ。王妃風情が食べた事など無い美味を提供しているのだわ」

「落ち着いて。カロリーヌも立場が有るのですから仕方ないじゃないですか」

「終わったらカロリーヌの口を捻ってやるのだわ」

 隠し部屋で私たちがもめている内に王妃の声が響いてくる。


「今日の宴、モン・ドール侯爵家の息の根を止める第一歩。感謝いたしますわ。それでは始めましょう、さあ今日の本題を。カロリーヌ話を進めなさい」

 さざ波のように響く会場の笑い声の中、その言葉を受けてカロリーヌが歩み出ると声を発した。


「この度は皆さま御集りいただきありがとうございます。先ずはこれからお手元にお配りする資料に目を通してくださいませ。ルイーズ、ミシェルお願いするわ」

 それに併せて板表紙に綴られた財務資料を配って行く。


「数に限りが有りますので何人かで回し読みいただきます。又資料は極秘となりますので退出時には悪しからず回収させていただきます。また参加者の内訳も伏せておりますので来賓者のご紹介も割愛させていただきます」


 王妃の席にはひときわ豪華の金表紙の書類綴りが随行員に手渡される。随行員が表紙と中の書類を確認して、恭しく王妃殿下に差し出した。

 王妃殿下はチラリと一瞥すると手に取る事は無く、扇を広げて随行員の耳元で何かを告げた。

 その随行員とメイドが一人歩み出て二人が頭を寄せ合って書類を読み始めた。

 多分内容を把握した二人が、王妃殿下に教えながら議事を進めて行くのだろう。


「皆様、この書類はここに居るオーブラック商会の財務指標です。後はこの商会の次期当主である私のクラスメイトのオズマ・ランドックと副支配人のパウロに説明をお願い致しましょう」

 カロリーヌの言葉にオズマとパウロが歩み出た。

 二人が王妃殿下に最敬礼すると、王妃殿下は微笑んで扇を振った。


 二人は頭を上げるとオズマがまず口を開いた。

「皆様初めまして、オズマ・ランドックと申します。我がオーブラック商会は中央街道沿いの北部領地を中心に取引を行っていました。しかし次年度から業務形態を変え新しい事業を行う為皆様のお力を借りて株式組合化を図りたくこうして場を設けさせていただきました」


 その言葉を引き継いでパウロが口上の続きを述べる。

「ハッキリ申しあげます。我が商会はモン・ドール侯爵家を筆頭にシェブリ伯爵家や旧ライオル伯爵家と言った貴族様との取引が主で御座いました。その結果ライオル前伯爵家の悪事に巻き込まれ、裏で糸を引いたシェブリ伯爵家の尻拭い迄押し付けられギリギリの経営に追い込まれております」

 そう言って投資者席を見回す。


「その為お嬢様が骨折ってクラスメイトであられるジョン殿下を筆頭にイアン様やヨハン様、そしてイヴァン様のご尽力を頂き、更にはカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテス様のお力で持ちこたえる事が出来ました。今まで会った教導派の貴族様たちは皆冷たい方ばかりで、私たち商人の事など気にもかけない方ばかりでした。しかし今申し上げました皆様方はお嬢様の為に温かい言葉をかけて戴きご支援くださいました」

そう言うとオズマとパウロが深々と頭を下げた。


「もう私どもはモン・ドール侯爵家派閥に使い潰されるのは真っ平なのです。最近南部や北西部の清貧派の貴族様達は、株式組合によって資金を集める事で勢力を伸ばしております。それに対抗する為にもポワトー伯爵家以外の方々にご支援いただきたいと思っております」


 モン・ドール侯爵家と南部や北西部の勢力に対抗すると言う言葉が王妃殿下の敵愾心に火をつけたようだ。

 ニヤリと獰猛な微笑みが口元に現れた。

 集まった貴族たちにも同様の雰囲気が流れ、パウロの言葉に賛同する言葉が聞こえてくる。

 煽りはオッケー! さすがは舌足らずの頃からマヨネーズ売りで鍛えてきただけの事はあるぞ。

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