第172話 教導派出資者会議(2)
【3】
場は温まった。ここから一気に畳みかけろ!
パウロは言葉を続ける。
「皆様、財務資料の一枚目をご覧ください。この内容に目を通して頂ければ彼らがどれだけ悪辣かが良くお分かりになると思います。私どもが一般相場より安い価格で商品をご提供しているにもかかわらず、この多額の裏金を要求しているので御座います。私ども商会が身銭を切ってお支払いしたこの金が何処に流れているのでしょうか? 私どもには解りませんが、取引先の貴族様の帳簿には載っているのでしょうか? 載っていないと言う事であれば税金は一体どうなっておるのやら?」
王妃殿下の面前にメイドが資料を広げて掲げた。その後ろに随行員が立ち耳元で資料の説明を始めている。
口元を扇で隠しながら聞いていた王妃殿下の眉間にも皺が寄り怒りを滲ませている。
ルイーズとミシェルは資料を配った後はそのまま投資者席を回りながら参加者たちに資料の説明をしている。
フラミンゴ伯爵の瞳がギラリと光り、同席している官僚畑の貴族から怒りのつぶやきが漏れる。
「このような取引が成されているのは其の方らの商会だけではあるまい。それがどれ程有るのかわからぬか?」
「そこまでは存じ上げません。或いは我が商会だけがこの様な目に合わされていたのかもしれませんが、各貴族家を通して係わりの有る商会なら七商会から十商会…あるいはそれ以上かも」
「其の方らだけなどという事が有る訳が無かろう、モン・ドール侯爵家のクズ共が!」
「本当に存じ上げぬ事なので、私どもの口からはこれ以上は何も申し上げられません」
「続きまして次の資料をご覧ください。この内容が私どもが今の取引先と決別したい一番の理由で御座います」
しばらくページを繰る音と資料に目を通し感想を述べる呟きが聞こえた。
「ご覧の資料でお判りになると思いますが、ポワトー
そう言うとパウロはひと息ついて王妃殿下の顔を見た。
「結果どうなったかと言うとハスラー聖公国からの船便の荷の価格が大幅に値上がりする事となりました。私たちは今まで世話になった商船団が気の毒であったので、値上げ価格で買い付けを行い、更には余分に積んでいた物資も買い上げさせていただきました。…しかしその商船団も立ち行けなくなったのでしょう、この四半期には我が州でその商船団と取引は出来ませんでした」
パウロの言葉に王妃殿下が扇を閉じて口を開く。
「もしやその商船団とはハスラー聖公国…」
「ええ左様でございます」
「取引が出来なかったと言う事はその商船団は…」
「それは…私どもにも…もしや私どもよりも有利な商会を見つけられたのか…それとも、いえ、きっとそうで御座います。皆様方も元気に航海をなさっていると…思いとう御座います」
パウロは俯いて悔しそうに話す。
「ええい! 口惜しい! ペスカトーレもモン・ドールも許さぬぞ。そしてあの教皇もじゃ!」
そう言うと握り締めていた扇がポキリと音を立てて折れた。
「母上、今はお怒りを鎮めて落ち着いて下さい。かの者たちの心情を鑑みてもう少し話を聞きましょう」
ジョン殿下が王妃殿下に手を添えて言葉をかける。
「おお、そうであった。其の方らの心根はわたくしが受け取りました。代わって礼を申しましょう。さあ話を続けなさい」
「有難う御座います、王妃殿下様」
パウロはそう言って頭を下げると話を続けた。
「その上で私たちは先の四半期の取引では、儲けの殆んど無いまま契約通りの価格で取引先に物資をお納め致しました。その折に商船団の窮状を訴えて今四半期の売買価格の変更を願い出たのですが、前年どおりの一点張り。更に下げて欲しければ裏金を用意しろと本末転倒の言い草。結局武力と権威をちらつかせられて今まで通りの契約価格で売買させられる事になってしまいました」
そこ迄話すと苦しそうに目を伏せた。しばらくの沈黙の後パウロが顔を上げる。
「このままでは我が商会も持ちません。泣く者も増える、その為商会長は取引先と決別して商会を畳むつもりでおられたのです。その窮状を娘のオズマお嬢様が王立学校のAクラスご友人方にお話ししたところ平民の身の私どもを支援しようとジョン殿下たちが立ち上がって下さいました。そしてポワトー
「おお、さすがはジョン殿下」
「兄君とは出来が違いますな」
「ポワトー
公の発言でなら咎められそうな不謹慎な賛辞も内輪の席だからだろう。
「ジョン、良くやりました。わたくしは其方の様な息子を持った事、誇りに思います」
王妃殿下が満足げにジョン殿下に微笑みかける。
更にパウロの話が続く
「それでは次のページに移りましょう。我が商会の今四半期の現状です。私どもオーブラック商会はハスラー聖公国の商船団との取引が出来ず、物資をポワトー
「燕麦に大麦…。下層民や家畜のエサでは無いか」
投資者からその様なつぶやきが漏れる。
彼らの認識では小麦以外は人の食べる物ではないのだ。大麦や燕麦を食べねばならない平民たちは家畜程度の認識でしかない。
もちろん黒パンの原料になるライ麦も同じことである。本来貴族が食べる物ではない小麦以外の穀物は彼らの認識では下等な穀物なのだ。
「バカバカしい。ジャンヌの事を解っていないのだわ。大麦も燕麦もライ麦も小麦よりも滋養が有るのだわ。大麦や燕麦を美味しく食べる方法もジャンヌは開発しているのだわ」
ファナの言葉に私も驚いた。ジャンヌがそんな事をしているなど今まで知らなかったからだ。
「燕麦もライ麦も大麦もどうにか北西部の領地に売りつけて現金に換える事が出来ました」
パウロのその言葉に笑い声が上がる。
「北西部の奴らなら大麦や燕麦がお似合いだ」
「ハウザー王国の獣どもとライ麦パンを齧っていれば良いのだ」
「そしてマリナーラ枢機卿…元枢機卿猊下の領地は清貧派のパーセル枢機卿様に地位を奪われたため大変な窮状に陥っておりました。納品した商品の支払いもままならぬ為、仕方なくマリナーラ伯爵家の絨毯と引き換えにお納めいたしました。その絨毯も信用取引で購入した物品の支払い分と引き換えだと言われアヴァロン商事に取り上げられてしまったので御座います」
「アヴァロン商事と言えばあの清貧派の権化のような商会か!」
「清貧派のハイエナどもめ。マリナーラ伯爵家も運の無い事だ。さぞ悔しいだろう」
パウロの言葉で教皇派閥の聖教会とそれに繋がる貴族、そして清貧派のヘイトが高まって行く。
「我が商会は教皇派貴族の為に資金が無くなりました。しかしこうして心ある貴族の方々により潰れる事は免れました。ゼロからの出発ですが、幸い優秀な商会員と物流の組織や土木の技術も御座います。最後にこれからの再生計画をご説明させてください。それを基にご融資のご検討をお願い致します」
パウロの舞台は大詰めを迎えている。
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