第173話 教導派出資者会議(3)
【4】
「現在オーブラック商会はモン・ドール侯爵家、シェブリ伯爵家、シェーム伯爵家、マリナーラ伯爵家と言った大貴族との取引は停止している状態です。特に教皇派閥の貴族家とは今後も取引を行うつもりは御座いません」
パウロのその言葉に王妃殿下が満足げに頷いた。
「現在ポワトー伯爵家の要請を受けて、新しい街カロライナから内陸に向けた運送業務の仕事を請け負っております。またカマンベール子爵領とカンボゾーラ子爵領を繋ぐ運河の工事は昨年から一部を請け負っておりますが、早ければ本年中に開通するでしょう。そうすれば河船での流通が一挙に増えてまいります。その時の為に今北部諸州の河川からの陸運を抑えておかなければ、北西部のアヴァロン商事がその利権になだれ込んでくる事でしょう」
「おお、それは有り得るな」
「運河工事もカンボゾーラ子爵家が、いやハッキリ言おうゴルゴンゾーラ公爵家が主導で行っておるのだろう」
「でかしたぞ、よくぞその工事に食い込んだものだ。その情報が無ければ彼奴等に後れを取っておったぞ」
「これはうかうかしておれませんな。ポワトー
「今、ポワチエ州の物流はオーブラック商会とポワトー伯爵家がどうにか抑えております。これによってオーブラック商会は今の状態を維持する事が出来ます。しかし河筋の各州での物流を抑える力は御座いません。年が明けると…いえ早ければ秋にもアヴァロン商事が乗り込んでくるかもしれません。今回はその為に投資をお願いしております」
「しかし河川全域の流通となるとかなりの資金が必要では無いのか?」
「それに関しては、主軸となる施設はポワトー
「そうか、投資額の三分の一を投資しろという事だな」
「それならばこれだけの貴族が集まれば不可能ではあるまい」
「これは、参加せねばならんな」
王妃殿下の耳元で随行員が熱心に何か説明している。王妃殿下は折れた扇の先で資料を示し何か話している。
「一つ問いたい。資料の最後の方に書いてある鉱山事業の撤退とシャピへの移動という項目じゃ。シャピは河口に開けた港町、そこに鉱山事業を移して何と致すのじゃ」
王妃殿下は河川の流通事業より自らの母国であるハスラー聖公国の商船団についての関心が強いようだ。
「これは今は大きな儲けに繋がる訳では御座いません。余裕が出来れば行いたい事業ではありますが、実は鉱山事業で使用していた起重機をシャピの港に移して運用する予定でおります。貿易船団を圧迫している人件費の値上げを緩和するのが目的ですが、最終的には教皇派貴族の利権の温床である救貧院を廃止できればと愚考しております」
その言葉に王妃殿下は相好を崩した。
「おお、おお、そうなのか。そうか起重機を使って荷降ろしや荷積みの費用を下げるのじゃな。ならばそれも急がねばならぬぞ! 王家は其の方らの事業に出資致す」
王妃殿下の発言で一気に場の雰囲気は出資の方向に転がった。
「ならばそれ以外の株は全て私どもが引き受けましょう」
その中で間髪入れずに王妃殿下に続いて女性の声が響き渡った。
【5】
そう言って右手を高々と上げて立ち上がる女性がいた。
一瞬水を打ったような静寂が訪れた後に一斉に話し声が響き渡った。
「誰だあの女は?」
「はじめからあそこに座っていたが誰なのだ?」
「メイドでは無いのか? メイド服を着ているぞ」
「しかし資料を貰ってずっと見ていたぞ」
「しかも株を全部引き受けると言っていたが?」
その喧騒の中からフラミンゴ伯爵の声が響き渡った。
「切れ者のライトスミス商会の家令だけの事はある。よくもまあこの集まりを嗅ぎつけてもぐりこんだものだ」
「ええ、どうにかギリギリで伝手を使って入り込むことができました。さすがは王族のいらっしゃる会議で御座いますね。本当に苦労致しました」
「ライトスミス商会? どこの商会だ?」
「知らぬのか? セイラカフェは全てライトスミス商会の支店だぞ」
「南部の大商会ではないか」
「ハウザーのケダモノどもと共謀して南部を牛耳る一派の筆頭だぞ」
「ケダモノたちの元締め、ハウザー王国の走狗めが!」
ああ、私の実家は東部や北部の貴族連中からの評判はすこぶる悪いようだね。
「一体どういう事じゃ。なぜ、南部のそれも平民風情が入り込んでおる。そもそもライトスミス商会とは何者ぞ」
王妃殿下の言葉にシュトレーゼ伯爵が立ち上がり話始めた。
「南部ブリー州の州都ゴッダードを本拠にする有力商会で御座います。ハウザー王国と強いパイプを持っておりロックフォール侯爵家や聖女ジャンヌの後ろ盾で御座います」
「ハウザー王国の走狗とはそういう意味か。ケダモノの元締めというのはなんじゃ」
「各州の都市にセイラカフェと申す店を出店して、ハウザー王国からの逃亡奴隷や食い詰めた平民を教育してメイドとしてあちこちに売っておるのです。特にゴルゴンゾーラ公爵家のヨアンナ様のメイドはすべてそこから集めておるとか」
王妃殿下の顔が朱に染まる。
「あの跳ね返り娘か! 王族に連なる身で次期王妃予定者でありながらケダモノのメイドを侍らしているのはそう言う訳か! 教皇派の貴族がいなければあのような娘をジョンの婚約者にせずとも良かったのに」
「ライトスミス商会はセイラ・ライトスミスと申す若い娘が立ち上げてわずか四年余りで国内有数の大商会にのし上がった商会ですので、侮れませんぞ」
ストロガノフ子爵の言葉に周りの小貴族たちが口々に意見を述べ始める。
「しかし商会主のセイラ・ライトスミスは昨年のライオル領の事件で顔を切り裂かれて二目と見られぬ顔になって表に出てこなくなったと聞くが」
「その代わり商会員が利に敏く目端が利く者が多い。入り込まれたら骨まで食われる。まるで毒蛇だ」
「そこな小娘! 残りの株を買うと申したがどういう魂胆だ! 申してみよ」
王妃殿下の言葉にグリンダは優雅にカーテシをした。
「王妃殿下様、お目通り叶って光栄で御座います。私どもは商人で御座います。利が有ると思えば躊躇なく動きます。それ以外の目論見は御座いません」
「戯言を、議決権の有る一割を取って経営に入り込む魂胆であろう。株式組合法や出資法の運用はライトスミス商会の手の内のように思っているかもしれんが、こちらも法律の専門家だ。王国の経営に携わる官僚を舐めるでないわ」
「それでもどこに出資するかは私どもの自由。資金も潤沢にご用意いたしております」
「お待ちください。そもそも南部の商会が何故私どもの商会に、それもこれまで敵対していた私どもに資金を出そうと仰るのですか?」
パウロが震える声でグリンダに問う。
そんな事はお前が一番知っているだろうと心で突っ込みつつ、私はパウロの迫真の演技に感嘆する。
「もちろん利益を得る為、経営に参加する為ですよ。経営権が取れる過半数や経営に参加できる三分の一が確保できればと思っておりましたが無理なご様子。成らば議決権のある一割は確保したいと思っております」
そう言ってグリンダがパウロを睨みつけるとパウロの顔から血の気が引いた。
「そっそんな勝手なことは、オーブラック商会に南部の口出しは不要です」
「その様な震え声で怯えている様な弱腰の副支配人より私どもが派遣する経営陣の方が商会を盛り立ててくれますよ。オズマお嬢様」
なんだパウロの奴グリンダに本気で怯えてたんだ。やっぱりグリンダが怖いんだ。
「パウロは良くやってくれています。オーブラック商会はあなた方の好き勝手に食い荒らされるつもりも有りません。それに株の売買は言った者勝ちで決まる訳ではありません。売るなら信頼できる方々にお売りいたします」
「そうやって売れなければ株式を提示した以上は誰かが買わねばなりませんよ。結局それが私どものなるのでは?」
「そうは行かんフラミンゴ伯爵家も出資するぞ」
「もちろんシュトレーゼ伯爵家もだ」
「ストロガノフ子爵家は初めから出資するつもりでここに居るのだがな」
その声に応じて官僚や宮廷魔導士、近衛騎士団の貴族たちからも出資の声が上がった。
株は王家が五パーセント、それ以外の諸貴族が一~三パーセントの出資で全てを売り切った。
その結果議決権を持つ貴族はポワトー伯爵家以外に出る事は無かった。
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