第90話 宰相の息子
【1】
父上が将来の役に立つというのでこんな片田舎の街に来たが、街だけは大きく人も多いようだ。
何よりハウザー王国との国境の南部辺境だからかケダモノどもが多い。
街の中を平気で走り回っているのが腹立たしい。人属でも無いものが人属のラスカル王国に平然と暮らしている事が許せない。
父上は平民の商会主と契約が有るというが、僕まで一緒に行く必要もあるまい。父上もこのような些事にわざわざ出向かなくても執事にでも任せればよかったのだ。
父上は面白い街だと言ったがこんな片田舎に見るべきものなど何もあるはずが無い。
まあ僕は折角の旅なのでこの僻地にどんなものが有るか見て回る事にするとしよう。
この大陸の文化の中心はハッスル神聖国とハスラー聖公国で、その両国に国境を接して常に交流が有る東部諸州はラスカル王国の文化の中心だ。
香しき聖教会文化は東部で花開いて王都に広がったのだ。聖教会の教義に反する蛮族のケダモノの国、ハウザー王国やそこと国交を結んでいる南部諸州など地の果てだと教わってきた。
ゴッダードはそれこそ文化の果てる場所だと思っていたが、その割には街はにぎやかで商品も街にあふれていた。
まあ年に一度綿花市が立つ街で、その頃にはハスラー商人や東部商人がやって来る所なのだからそのもてなしの為に色々工夫しているのだろう。
それにしてもどの店も表に黒い看板を並べている変な町だ。ロウ石のようなもので色々と商品説明や値段などが書き込まれている。
こんな物をいくら書いても平民が判るはずもないのに何の意味が有るというのだろうか。
そもそも平民の店員が文字など書けるはずも無く、いったい誰が書いているのか不思議に思う。
…ああ、ハスラー商人に判らせるための看板なのだろう。市の立つ頃に間に合わせる為に少し早めに書き出しているのかもしれない。
通りを散策しながら歩いていると父上が契約に向かった通りを挟んで二件の食堂らしきものが向かい合って建っていた。
どちらもセイラカフェと看板がかかっており同じ店のようなのだが、どういう事なのだろうか。
どちらも店の表までテーブルを並べて、テーブルの真ん中には大きな傘が突き立てられて日除けになっている。
どちらも多くの客が集まっており人気の店の様だが、右側は女性客が多く左側は男性客が多い。目当ての客層が違うのだろう、よく考えている思う。
黒い看板を見るとメニューが書いてある。ファナセイラだと!
ああそうか、ロックフォール家のお膝元じゃあないか。まあこんな庶民料理の店なのだから期待はしないが、王都ではやりのメニューが食せるなら入ってみるか。
しかし平民の行く店の様でケダモノたちも交じっている。店員にも客にもケダモノが混じっている。
”こんな店は貴族の行く店では無いな”そう思いながらも眺めていると、片方の店では店先で何やらボードゲームをしている者が居る。
老人が幼いケダモノの店員を相手に白黒の駒を打っている。老人は挙句の果てに幼女のケダモノごときに負けてそれでも楽しそうに笑っている。
人属としての矜持は無いのかと腹立たしくてたまらない。
「おい、お前。ケダモノごときに負けて何を笑っている。そんな難しいゲームでもないようい見えるぞ」
「ああ、お坊ちゃん。いやいや侮ってはいかんよ。ここの店員は幼くても強いんだから。それに手を抜いて相手に勝たせるようなことはしないしな」
「何の店なんだ、ここは? 食堂では無いのか」
「ここは、お茶を飲んだりリバーシをしたりして楽しむカフェと言う所さ」
「リバーシ? 聞いたことのないゲームだな」
「ああ、ルールは簡単さ。初めはこの四枚が並べてある。これを挟めば裏返る」
「それだけか? 最後に多い方が勝ちで良いのだな。本当に簡単だな」
「ええ、とても簡単ですわ。一回目はお茶を注文していただければいいわ。お店の店員なら誰でもお相手するわ」
何やら店の中からポヤッとした女が出て来て言った。
こんな簡単なゲームなら僕の頭脳をもってすれば造作もない。時間つぶしに僕の実力を知らしめてやろう。
「それじゃあお前が相手をしろ。それからファナセイラとお茶を持ってこい」
【2】
私がカフェに戻るとオープンカフェでとても上等の服を着た見慣れない少年がエマ姉とリバーシを打っていた。
途中の盤面を見る限り少年が優勢で本人も悦に入っている。
「これだから学の無い平民はダメなんだ。盤面は僕の駒で八割は埋まっているぞ。序盤でもずっと優勢だったのだ。サッサと諦めろ」
盤面を見るとほぼ白い駒で埋まっている。
しかし黒駒は右下の角を一つ取り、後の三か所の角はまだ埋まっていない。
案の定エマ姉に二つ目の角を取られて一気に白駒が裏返った。
「おい、これはどういう訳だ」
イラついた声で少年が叫ぶ。
やっと角の重要性に気付いた少年が形勢を立て直そうと試みるがすでに遅い。
角周りはどこも白駒で囲われた状態にエマ姉によって誘導されていた。
仕方なく中央部で取り返した白駒がさらに傷を広げる。エマ姉の次の一手で三つ目の角が取られ一気に盤面が入れ替わった。空きマスはあと二つだがもう白駒は打てない。
無常にもエマ姉の黒駒が入り盤面をほぼ黒色に染めてゲームが終了した。
「こんな事はおかしい! 僕が負けるはずが無いんだ。お前何をやった!」
「えーっと、リバーシをやってたわ」
「今の勝負は無効だ。僕はルールを良く知らなかった。もう一度だ」
「はい、銀貨三枚になります」
…エマ姉、ゲーム代は銀貨二枚でしょ。何勝手にゲーム価格つり上げてんのよう。
ウルヴァがポットを持ってお茶のお替りを入れる。
少年はイラついているようで手元のリンゴとジャムのサンドウィッチを一齧りしてウルヴァに怒鳴る。
「この店はケダモノに茶を入れさせるのか! それになんだ、このファナセイラは。金ならいくらでも出してやる。クリームをタップリ塗ってブドウも入れろ。イチジクのジャムも足りん」
おいおい、何だよこのいけ好かないガキは。うちの大事なメイド見習いに何を言ってやがる。フラミンゴ伯爵並みに気に入らない客だな。
それにクリームなんて庶民にはそうそう手に入るもんじゃないんだぜ。まあ今日はフラミンゴ伯爵の接待用にいくらか入手してるけど。
…あっ!
そうなのか、この少年が多分宰相の息子なんだろう。確かイアン・フラミンゴ。
黒髪に金眼だから多分間違いない。
ゲームでは頭が切れる頭脳派の設定だったが、イベントでは子供にでもバレそうな嘘と詭弁で敵を欺くと言うペテン師キャラだった。
主人公に振り込め詐欺まがいのナンパ行為を働き反対にやり込められて好意を持つと言うオープニングイベントがあったなあ~。
「くそーー! もう一度だ。もう一度」
私がそんな感慨にふけっている間に二回戦も終了しゲームは三回戦目に突入した。
「茶がぬるい! それから次のファナセイラはジャムをタップリ塗って来い」
「他のお客様もおられますので、三ゲーム目は割増料金で銀貨四枚になるわ」
「そんな物まとめて払ってやる。サッサと始めるぞ」
…だからエマ姉、うちにそんな料金設定は無いからね。
宰相様のおつきの文官が迎えに来た時には五ゲーム目の終盤にかかっていた。
毎度の如く白かった盤面が瞬く間に黒く塗りつぶされて行く。
何が頭脳派だよ。まるで学習してないじゃないか。
結局イアン様は五ゲーム続けて連敗して、ゲーム料金銀貨二十枚!? とお茶とサンドウィッチの特別料金を更に銀貨二十枚請求され怒りながら帰って行った。
エマ姉はと言うと支払いをする文官に銀貨四十枚の請求の上席料として銀貨十枚を上乗せして支払わせている。
渋谷のキャッチバー並みのえげつなさである。
翌日宰相殿一行は納品された四台の織機を馬車に積み込んで、さらに四台の織機の購入契約を結んで帰って行った。
帰り際に息子を私と引き合わせたかったが何やら機嫌が悪くて馬車から出てこないので次回の納品の折に又連れてくるとか言っていたが。
またエマ姉のカモにされるのかしら。
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