第91話 アヴァロンの姫君

【1】

 織機は大っぴらには売り難い。

 そのかわり紡績機をパルミジャーノ州の他の貴族にも声を掛けて広めてきた。今ではパルミジャーノ州の一大産業に成長しつつある。

 株式組合も新たな投資形態として認められつつある。ライトスミス商会は、その組織にしっかりと食い込んでいるのだ。

 穀倉地帯で小麦の生産が主流のブリー州では亜麻の紡績工場の設立は難しいが、株式投資の手法はゴッダードでも展開して行きたい。


 当面は紡績工場の誘致のための投資として他州で株式制度を運用して行くとして、そのうちライトスミス工房も株式会社化したいのだ。今後は家具でなく重機械産業の担い手として発展させてゆきたいからね。

 このやり方でブリー州の西隣、レスター州や北西に隣接するアヴァロン州にも広げて行けるのではないか。

 国家統制の対象品であるリネンは今でも各貴族家が集積して管理している。その領主貴族が紡績事業を担うのは紡績を貴族家で一括管理する事で効率も上がるし、各領地では空いたマンパワーを他の事業に割ける。


 そのレッジャーノ伯爵が近隣州の関係者を連れて視察と新規導入品の進捗確認に訪れた。

 パルミジャーノ紡績組合ではクルクワ領の紡績工場でのウルダ領の一部の亜麻の紡績も請け負う事に決まり、早急に旧式のヴァージョンアップが必要になったのだ。

 はっきり言えばリコッタ紡績組合の旧式四台では裁ききれないのだ。この先収益が上がればリコッタ領で追加購入…は、無理だろうなあ。

 まあパルミジャーノ紡績株式組合は成功し収益も順調に上がているので亜麻の生産が多い領地からは注目度が上がっている。

 お忍びではあるが、周辺州の有力貴族家の関係者も訪れているようだ。三人ほど貴族らしきお客がレッジャーノ伯爵に同行している。

 今日は父ちゃんがグリンダを連れて工房の方に紡績機の見学と契約説明に向うと言う事だ。

 特にグリンダは小領主でも株式組合の設立により資金調達できれば、新たな産業を起こせる実例を説明したいと意気込んでいる。


【2】

 レッジャーノ伯爵たちの事は父ちゃんに任せて、セイラカフェに向かうとメイドを連れた見慣れない少女の回りに人だかりができていた。

 家具の見学に来た娘さんたちが集まって、その身なりの良い見慣れぬ少女の話を熱心に聞いている。

「この家具の彫刻はなかなか良いのだけれど、花が無いのはいただけないかしら」

 そう言ってお茶を一口飲む。

「デザインは良いのだけど、こういう平面的な彫刻は王都では流行らないわね。もっと立体的な彫刻が欲しいところかしら。そうそう、大きな薔薇とか一つあるだけで華やかさが出るかしら」

 フム、一理ある。

「あなた、王都からいらした貴族の方なのですか?」

お客たちと一緒に話を聞いていたエマ姉が問いかけた。

「あら、解ってしまうかしら。お忍びで来たのに、花が有るとやっぱり目立ってしまう物なのかしら」

 いやいや、そんな派手なドレスでメイド迄引き連れて何がお忍びだよ。

「こちらの製品は王都でカタログの絵を見せて頂いたけれど、やはり来て実物を見てみるものなのかしら。絵と実物とではイメージが違うのかしら」


「この商会主をしておりますセイラ・ライトスミスと申します。今のお話はとても参考になりました」

「ああ、私はお忍びなので名前を出すのは憚られるかしら。姫様とでも呼べばよいかしら」

「…姫様。大きな彫刻を施せば王都でも売れるでしょうか?」

「そうだわ。パテント料3%で我が商会と契約いたしましょう。お姫様、それが良いですわ。ねえセイラちゃん」

「パテッ…? パテット? …まあ良いかしら。好きにすれば」

「これが契約書ですわ。さぁ、それでは早速契約致しましょう」

 …エマ姉いつの間に。


「面白いものが沢山あるのね。これはアバカスかしら、こちらのボードゲームも面白そうなかしら」

「どうです姫様。買ってお帰りになりますか」

「それよりも、お姫様。王都で代理店を出しませんか? 契約書も用意してますわ」

 エマ姉は契約書を出してきた。


「それは面白そうな話ね。でも私は王立予科の学生なので無理かしら。それに王都の教導派ガチガチの聖教会に与したくないわ」

「そうですね。教導派に儲け手段を渡したくないですわね」

 この姫様も教導派嫌いの様だ。

「でもそうね。私の居る公爵領なら良いかしら。先ほどこのカフェでやっていたアバカス教室はハウザーの獣人属も沢山来ているのね。聖教会の主催なのに面白そうね。ゴルゴンゾーラ領の聖教会でも導入しようかしら」

 あらあらバラしちゃったよこの娘、悪役令嬢のヨアンナ・ゴルゴンゾーラだわ。


 もう諦めたわ。

 この悪役令嬢様とも良い取引をいたしましょうか。

「それでしたらこちらの聖教会の幹部と会談の席を準備いたしましょうか? 事務所で色々と詳細説明も致しましょう」

 事務所への移動を促すと契約書を握ったエマ姉がまたしゃしゃり出てきた。

「お姫様、いま契約して頂けると聖教会を通して山吹色の金貨がこんなにも」

「オホホホホ、聖教会の権威を傘に中抜きとは貴女も中々のワルなのかしら」

「ウフフフフ、お姫様にはかないませんわ」

 もう、エマ姉とヨアンナ姫の会話を聞いてるとお代官様と越後屋じゃねえかよぅ。


 私(俺)は嘆息しながら思い出してみる。

 ラスプリ最大の悪女ヨアンナ・ゴルゴンゾーラの関連する最大イベントがハウザー王国絡みの事件だった。

 聖教会の一部勢力と結託してハウザー商人や獣人属と取引して暴利を貪っていると言うものだった。

 普通の経済活動だろう、それって。我がライトスミス商会としては願ってもない取引相手じゃないの。


【3】

 女子向けのセイラカフェを出て商会に向かう。

「あら隣にも同じ店が有るのね。どこが違うのかしら?」

「こちらはメイドカフェになっておりますわ」

「メイドカフェ? それは何かしら」

「店の店員が仕事をしながらメイドの修業をするお店です」

「銀貨一枚でメイド達とリバーシゲームが出来るお店ですわ」

 ここがエマ姉と私の経営方針の違いって奴だわね。


「?ライトスミス商会の看板が上がっているのに事務所は裏なのかしら」

「カフェの経営も商会が営んでいるものでして…」

 事務所のソファーに腰を掛けて伝声管を通してお茶とフルーツサンドを注文する。

 今回もレッジャーノ伯爵やその関係者が来ているのでクリームは調達しているが、日持ちしないし値段が高すぎる。化工屋の私(俺)の知識が有ればセパレーターの設計も可能なんだけれども…。


 ヨアンナ姫様にアバカス教室の説明をしているとミシェルが新人のメイド店員を連れて入ってきた。フィディス修道女見習いの妹のフォアだ。

「セイラお嬢様。ご注文の品を用意いたしました」

 ミシェルに促されフォアが挨拶して給仕を始める。

 以前からフォアはチョーク工房に来ており、その後も聖教会教室に通っていたがエマ姉が最近引き抜いてきたのだ。

 以前から目をかけて(目を付けて?)いたフィディスを聖教会に取られたのが悔しかったようで十歳になる前にメイドカフェの店員にしてしまった。


「幼いながらも教育はなされているようですね。下のカフェのメイド達ならば下級貴族ならすぐにでも役に立つでしょう」

 ショールームのカフェを仕切っていたナデテを興味深げに見ていた姫様のお付きのメイドが言う。

「ええ、セイラお嬢様の下で働く以上は半端な教育は出来ませんので」

 ミシェルは公爵家のメイドに対抗意識を燃やしているようだ。


 そして姫様の視線はフォアのピコピコ動く耳に釘付けになっていた。

「…姫様、如何でしょう。もし宜しければ聖教会の司祭様からお話を伺えるように手配いたしますが」

「そっ、そうね。こちらの聖教会にはハスラーの獣人属達もきているのかしら?」

「ええ、この店員のフォアの姉は聖教会の修道女見習いを務めていますし」

「まあ、それは素敵なことかしら。是非アヴァロンの州都でも採用したい制度なのかしら」

 姫様はえらく食い気味に身を乗り出してきた。

 姫様のたっての要請を受けて、今日の夕刻セイラカフェにアグニア聖導女を招いて面談の場を設ける事に成った。

 姫様はそれ迄の時間はフォアとリバーシをして過ごすと言ってカフェに去っていった。

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