第92話 アヴァロン州からの客
【1】
レッジャーノ伯爵は二人の貴族を伴って来訪した。アヴァロン州の貴族だそうだ。
一人はブリー州のカンタル子爵の紹介で来たサレール子爵である。もう一人は子爵と同年配らしい男性貴族であった。二人ともオスカーやレイラと同年代か少し若いくらいだろうか。心当たりがないかと言うオスカーの問いにレイラが答える。
「サレール子爵様は御挨拶は致したことが有りますが、殿方ですし学年も違いましたからあまり存じませんわ。もう一人の方はわたくしよりも多分下の方でしょう、心当たりが御座いません。同年代のアヴァロン州の貴族の方なら一度は御挨拶を申し上げているので間違いないですわ」
オスカーもブリー州やレスター州の貴族ならほぼ全ての領主貴族と繋がりがある。いまやライトスミス木工所は両州の領都とほとんどの街に支店か提携工房を持っている。
他州やハスラー王国への輸出用家具や木工製品はすべてライトスミス木工所が取り仕切っていると言っても過言ではない。
元々家具はオーダー品で家具を輸出すると言う発想自体が無かったのだから、当然と言えば当然である。
何より既製品という概念を作ったのがライトスミス木工所なのだから。
特にハスラー王国との取引はメリージャのライトスミス商会と商人連合、ヴォルフ商会などを通して販売量も増加している。南部諸州はゴッダードのライトスミス商会が、西部諸州はパルメザンの支店を中心に販売網を広げている。
王都でも人気が出ているのはロックフォール侯爵家の聖教会内に作っているライトスミス商会の営業所を通して販売をしているからだ。
この先北西部諸州のどこかに拠点が欲しい所である。
北西部諸州の国境沿いの山岳地帯は森林が続き木材資源が豊富である。農業も盛んで亜麻の生産量も多い、更には王都にも近い。特にアヴァロン州は北西部諸州の中心で国内最大の州である。
今回サレール子爵を通してアヴァロン州の諸貴族と繋がりを持てるのは僥倖だ。アヴァロン州でもこれを契機にライトスミス商会やライトスミス木工所の影響力を強めたい。
グリンダは二人の貴族に紡績株式組合の設立をアピールするつもりらしく熱弁をふるっている。
「小領地でこれといった産業の無かったクルクワ男爵領は、遊休施設になった近衛中隊の練兵場を紡績工場に転用する事で新しい雇用を生み出しました」
「そう言った施設が無い領地はやはり投資資金が増えるのではないか?」
「そこで御座います。近隣の領地と語らって株式組合を設立するので御座います。パルミジャーノ州では二つの株式組合が存在しています。周辺領地と共同して運営をしているパルミジャーノ紡績株式組合とリコッタ領単独で運営しているリコッタ紡績株式組合の二つです」
「単独経営している方が利益が独占できそうだが、其方の口ぶりではそうでは無い様だな」
「左様でございます。複数の領での運営する方が工場の稼働効率が良いのですよ。工場の紡績機をフルで動かせれば利益は上がりますし、リスクも分散できます。単独経営では経営領主が暗愚でも誰も止める事が出来ません」
「それでも単一領なら収穫も利益も予測しやすいのではないか?」
「それは経営する領主によります。暗愚な領主が経営にあたれば単一領では誰も止める事が出来ませんわ。ですからパルミジャーノ紡績組合のように経営陣と出資者を分けて経営の公正化を図る事で利益配分も公平にでき小領地でも安心して投資できるのですよ」
「ふむ、確かグリンダと申したかな。姪からは色々と聞いて居るが優秀だな。その株式組合も其方のお嬢様とか申すセイラ・ライトスミスの発案か?」
「あっええ、そうで御座います。お嬢様の案を基にパルミジャーノ紡績株式組合のメンバーや私や顧問のコルデーが検討してこの形に作り上げました。エエッと…」
「すまぬ。名乗りが遅れたな。俺はフィリップ・ゴルゴンゾーラと申す。ゴルゴンゾーラ公爵の弟にあたる。見知りおけ」
やはり公爵の弟君となると威圧感が違う、さすがのグリンダも焦ってしまっている。
それでもなお大物が釣れたことに嬉しさがこみあげてくる。これでお嬢様の支配地域が一気に広がる上、ラスカル王国の王宮にも影響力を行使できる。
ゴルゴンゾーラ公爵は現国王の従兄弟で、前国王の太子だったのだから。
たしか公爵家のフィリップ殿下と言えば公爵領の…アヴァロン州全体の内政を取り仕切っている重鎮である。
「フィリップ公弟閣下。お初にお目にかかります。ライトスミス商会家宰のグリンダと申します。今までの説明を踏まえて閣下にご提案を致しますが、ご容赦をお願い致します」
「構わぬが、其方の提案は我が州内でも紡績組合を立ち上げろと申すのであろう。それは構わぬが、パルミジャーノ州のように州内すべての領地が亜麻の生産にかかわっておるわけではない。それでも良いのか?」
「はい、その為の株式であり配当で御座います。資金の無い領に資金の有る領が投資することで互恵関係を作ると御思い下さい」
「判った。続けよ」
「パルミジャーノ州やアヴァロン州以外にも亜麻栽培を行う領はいくつか御座いますがそれらの領はまばらで各州に点在しているのでなかなか紡績機の導入は難しいと思われます。何せ収穫期の一時だけの紡績でそれ以外は機械は止まってしまいますから」
「ふむ、しかしそれはアヴァロン州やパルミジャーノ州でも同様であろう」
「いえ、パルミジャーノ紡績組合は違うのです。繁雑期を過ぎても紡績機は回っているのです」
「…余剰生産分か」
「ええ、王国の割り当て生産量を上回っている分に関しては、ハスラー商人に売らずに済むのです。競り市に出さない亜麻は一領地では僅かですが、複数領が集まればかなりの物になります。セイラお嬢様は周辺州の他領の紡績も請け負って、前年の余剰分を回せば一年間休まず紡績機を回すことも可能になるかと考えております」
「国内の亜麻のすべてをアヴァロン州とパルミジャーノ州で回すと言うのだな」
「はい、ハスラー聖公国が抑えている亜麻の競り市は意味をなさなくなりますわ。鑑札分のリネンが全て紡糸で売り出されるのですから」
「しかしそれでは紡糸の値が下がるであろう」
「ハスラーに売る最低価格は決まっております。大きく儲けが下がる事はありません。これまでハスラー聖公国から買っていた割高な撚糸を買う必要が無くなっただけでも利益は出ますわ。ハスラー商人も聖公国内でさばけない撚糸をわざわざ持って帰りはしないでしょうから」
「上手く行けば面白い事に成るな。亜麻の競り市で買われた繊維もラスカル王国内で売る事に成るだろうからな。売値はぐっと下がるだろう。それも我らが買い占めるという事だな」
「はい、それで春にはパルミジャーノの二つの株主総会を関係貴族の皆様方とご見学いただければと思うのですが」
「ああ、考えさせて貰おう」
「ならば、それまでにアヴァロン州でも株式組合設立の準備を進められぬものでしょうか?」
「そうじゃな、早急に周辺領地に声をかけて人を集めてみよう」
「それで、出来ますれば州都クオーネにライトスミス商会の支店の開店許可をお願い致したいのです」
「今日はそれが目的か?」
「はい、アヴァロン州からカンタル子爵様が見えられると伺いまして、カンタル子爵家の御領地に仮設のお願いをして公爵家に申請をと考えておりました。出来れば商会の事務所と併設してセイラカフェの開店もお願いしたく存じます」
「セイラカフェ? どういうものだ?」
「はい、カフェと言う軽食とお茶を出す飲食店で御座います。そこで商会の取り扱う物品の展示を行い実物を見て貰って商取引の交渉も行っております。それに私どもで採用したメイド達に接客をさせながら作法や所作の修行をさせて、貴族や商家への就職の口利きや派遣も行っております」
「それも其方のお嬢様の発案なのか?」
「はい、すべてお嬢様のお考えのもとに私が取り仕切っております」
グリンダはそう告げるとフィリップに微笑んで一礼した。
「おもしろい、そのお嬢様とやらに会いたくなった。案内を頼めるか」
疑問形ではあるが有無を言わせぬ迫力がある。
一行はグリンダに伴われてセイラカフェに向かた。
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