第102話 爵位継承式

【1】

「只今を持ってポワトー伯爵の地位は、マルテル・ド・ポワトーより新たにカロリーヌ・ド・ポワトーに移譲され申した。ここにカロリーヌ・ド・ポワトー女伯爵カウンテスの就任を宣言いたし申す」

 王国参事官の宣言に審議官が立ち上がり、玉璽の押された認証状を示しカロリーヌに手渡す。

 カロリーヌは恭しくそれを受け取ると、大きく両手に掲げて会場の全て人が見える様にぐるりと回した。

 場内は割れんばかりの拍手に包まれた。

 ここに正式にカロリーヌ・ド・ポワトー女伯爵カウンテスが誕生した。


「前代未聞ですな。女で伯爵など」

「先例が無い訳では無いが、どれも寡婦で有ったからな」

「そうそう、息子や孫が一人前になるまでの繋ぎだったが、今回は成人して間の無い未婚の娘だぞ」


「しかし弟が一人前になるまで後見人として爵位を継ぐと聞いておりますが」

「それよ。その弟は聖年式を終えると大司祭の座を継ぐことが内定しておると聞いておる」

「それはどう言う事で御座いましょう。未成年で聖職者になると言う事ではありませんか」

「そうなのだ。未成年は爵位は継げぬ。弟の家系はポワトー伯爵家から養子を迎える形で大司祭の座を独占し続けるつもりであろう」


「ならばポワトー伯爵家は…」

「それならばあの娘に取り入れば、次の伯爵に…」

「バカを申せ、入り婿は入り婿だ。爵位は移らんぞ。このままあの女伯爵カウンテス様の天下だろうよ」


「しかし、しかしそんな事が上手く行くのか? たかだか十六や十七の小娘が。他の異母兄弟や縁戚が黙っておらんだろうに」

「それを黙らせたんだろう、上座を見て見ろ。外戚の筆頭はサン・ピエール侯爵夫妻だ。招待客の筆頭はロックフォール侯爵夫妻とその長女と次女だぞ。そしてこの宴全てを仕切っているのはゴルゴンゾーラ公爵一族じゃないか」


「あっ! そう言えば王国使者よりも来賓代表よりも先に挨拶をしたのはゴルゴンゾーラ公爵様では無かったか」

「それは会場がゴルゴンゾーラ家の物だからでは…」

「だからと言って毎回公爵様自らが挨拶などして居れば公爵家の格を疑われるわ! 公爵様自らここに居ると言う事は全てはゴルゴンゾーラ公爵家の掌にあると言う事だろうよ」


「一体あの若さでどうやってこの様な人脈を築いたのだ、あの女伯爵カウンテスは?」

「顔ぶれを見て気がつかぬか。あの娘、父親を清貧派に売ったんだろうよ。見てみろ、あそこに座っている娘を。あの黒衣の娘はジャンヌ・スティルトンだ。闇の聖女様だよ」

「と言う事は、闇の聖女の伯父のボードレール伯爵やボードレール枢機卿も付いていると言う事なのか!」


「それだけでは無い、クオーネのパーセル枢機卿の所からポワトー枢機卿へ治癒修道女が多く送られてきているらしい」

「それで清貧派治癒術士と闇の聖女の治癒と引き換えに祖父の枢機卿の支持を取り付けたと…」

「そしてその隣を見てみろ。そのジャンヌと親しげに話している娘を」


「平民の娘のようだが一体…」

「あれは南部の繊維関係の流通を牛耳っているシュナイダー商店の跡取り娘だ。王都じゃ知られていないが、南部や西部の綿や麻の利権を食い荒らしてる商店だよ。最近王都でもポートノイ服飾商会を傘下に置いて貴賓の服飾利権に食い込んできたそうだぞ」


「それが資金源だと…」

「違うんだ。そいつはほんの一端にすぎん。ポワトー伯爵領にはアヴァロン商事が入り込んでいるらしい」

「アヴァロン商事と言えば、ハウザー王国との貿易を一手に握っている…、ゴルゴンゾーラ公爵家か」

「これはここだけの話だ。知っている者は殆んどおらん。実はシュナイダー商店やアヴァロン商事と裏でつながっているのがライトスミス商会なんだよ。あの娘はそのライトスミス商会の重鎮だと言う話だ」

「その話はさすがに眉唾だぞ」


「だがな、あのライトスミス商会がバックに就いている事は間違いないぞ。シャピの街にセイラカフェがオープンするそうだからな」

「と言う事は聖教会教室とか言う施設も出来ると言う事か?」

「ああ、そうなればシャピの大聖堂は清貧派に鞍替えすると言う事なのだな」

「今日のこのパーティーはポワトー伯爵家が清貧派に入ったと言うパフォーマンスも兼ねているんだろう」


「しかしこの女伯爵カウンテス様は凄まじいなあ。この年で実の兄を追い落として異母兄を黙らせて、実の父親を清貧派に売って祖父を脅して後ろ盾にしたのだろう。弟を道具にして伯爵家も大司祭の座も握ってしまったんだからな」

「大司祭様を見てみろ。教導派聖職者の名代に詰め寄られてアタフタしているが、女伯爵カウンテス様の泰然としたあの態度を見てみろ」

「さっきから女伯爵カウンテス様に付いてずっと何言っているあの娘は誰だ? 貴族のようだが姻戚の者なのか?」


「あの娘はセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢。ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢の従姉で光の聖属性を持つ全ての裏の首魁ですわ」

「これはシェブリ伯爵令嬢。本日はお爺様の御名代ですか」

「ええ、それにジョバンニ・ペスカトーレ侯爵令息様の名代もかねておりますの。なんでもペスカトーレ侯爵家には招待状すら送られなかったそうですから」

「と言う事はやはり教導派聖教会との決別宣言なのですな。シャピの大聖堂は揉めるのでは無いですかな」


 間違ってはいないが事実は少し違う。カロリーヌの在籍する一年Aクラスは色々と差し障りの有る生徒が多いのだ。

 何よりこの様な集まりに王家を招待するのは憚られるが同級生であるジョン・ラップランド殿下だけを招待しない訳には行かない。

 その為ポワトー伯爵家は全てのクラスメイト本人宛に招待状を出して、実家への招待を差し控えたのだ。


「ええ、そうですわ。王立学校でもあのセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢は、王家にさえ招待状を出していないにのペスカトーレ侯爵家にだけ出すのは不遜だなどと嘯いておられましたわ」

「おおマンスール伯爵令嬢とショーム伯爵令嬢もご一緒でしたか。そう言えば重鎮の御子息やご令嬢も多数見えておられるようですな」

 ジャンヌの周りに集まっているイアンやヨハンの事を言っているのだろう。


「有力者の子弟やクラスの平民の生徒迄集めて侍らせて。露骨と言うか、本当に下賤な者のやる事は…呆れてしまいます」

 雰囲気に気圧されてセイラにへばり付いているアイザックとゴッドフリートを指さしてクラウディア・ショーム揶揄する。

「下賤とは…。カンボゾーラ子爵家とは余り聞いたことが無いのですが」

「ただの成り上がり者ですわ。色々と画策してライオル伯爵家を廃嫡させてその領地を乗っ取った一族ですわ。北部貴族の面汚しですよ」


「ライオル家と言えば昨年の異端審問のあの事件…」

「セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢の教導派嫌いは徹底しておりましてよ。私やジョバンニ様など教導派だと言う事で殴られた事も有りますわ。あの事件も教導派を陥れる為にセイラ・カンボゾーラが画策したのではないですかしら」

「ロワール大聖堂での公開審問の為に教導派は槍玉に挙げられたからな。そう言えば教導派の司祭様やライオル伯爵家を極悪人の様に糾弾した居たのがあの令嬢と言う事なのか?」

「そうやってポワトー枢機卿の懐に食い込んで、カロリーヌ・ド・ポワトー女伯爵カウンテスまで操っていると言う事か」


「なんとも、稀代な悪女じゃないか。これは教導派にとって脅威ではないか、なあシェブリ伯爵令嬢殿。ここはシェブリ大司祭に頑張って頂かなければポワトー枢機卿の亡き後の枢機卿の座迄取られてしまうぞ」

「その通りですわ皆様。敵を見誤ってはいけませんよ。目の前に見えているのは傀儡ですわ。ポワトー女伯爵カウンテスも皆傀儡。巨悪は陰に隠れているのですよ」

 こうしてセイラの目の前でネガティブキャンペーンが繰り広げられて行く。

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