第15話 治癒施術の問題

【1】

 海軍案件の立ち合いから帰ってくるとヨアンナとファナが待ち構えていた。私は帰寮するとそのまま上級貴族寮に連行されてヨアンナの部屋に監禁されたのだ。


 そしてヨアンナとファナによって対策会という名目の業務の私への押し付けが始まったのだ。


「宮廷貴族に押しかけられるのは迷惑なのだわ。門前払いを食わせるにしてもそれなりに人手がいる上、こんな事でつまらない恨みを買うのもはなはだ迷惑な事なのだわ」

「そもそも忠誠心も無い宮廷貴族にすり寄ってこられても嬉しくも何も無いかしら。こんな事で改宗するなんてあの者たちの信仰心は何なのと問いたくなるかしら」

 二人の愚痴っている事は、両家の聖教会に押しかけてきている宮廷貴族達についてである。


 王妃殿下の離宮での一週間の治癒治療の話が口コミで広がって行ったのだ。

 王宮ではジョン王子が自らの離宮も開放して夏季休暇の間に王立学校から引き抜いた治癒術師たちに施術を行わせていると言う。

 ジョン王子の離宮に彼は居ない。王立学校の上級貴族寮に居るのだから、全てを仕切って廻しているのは王妃殿下と王妃派の側近たちだ。


 王宮内で王妃殿下やジョン王子の離宮に治癒施術を乞いに来るという事が、すなわち王妃派、ジョン王子擁立支持派という事になる。

 当然だろう。

 ジョン王子の指示で王宮聖堂の王宮治癒術士団は再編されて治癒施術を再開しているのだから。


 政争に明け暮れる王宮貴族たちは教皇派閥に居る限りその健康を犠牲にしてでも王宮聖堂に通わなければならないのだ。

 そして中級以下の官吏たちは上司の上級官吏である貴族の目を気にしながら、コッソリとジョン王子殿下の離宮に通ってはそこで愚痴と貴族連中のスキャンダルを流して帰っている。

 喜捨と言いながらも治癒治療に明確なガイドラインを設けているので、薄給の下級や中級の官吏にとっては財布にも優しく歓迎する事しかない。

 何よりそこでロックフォール侯爵家謹製のオートミールや押し麦が買えるのだからそれだけでやって来る者も多い。

 こうして王宮の実務を担う者たちは殆んどがジョン王子支持者となっている。


「あの男はどうでも良いかしら。あの離宮にやって来る者は全員自分の支持に回る事が確実なのだし、そうで無い者はやって来ないかしら。でも我が家に来る者は重症者が多いので拒否する事も忍びないかしら」

「改宗する気が無ければ追い払えば良いのだわ。それで恨まれてもそれは逆恨みと言うものなのだわ。どうせあんな奴らは獣人属は貴族に奉仕して当たり前だと思っているヤカラなのだわ。ただ勝手に騒いで逆恨みで我が家が悪者みたいに言われるのは納得が行かないのだわ」


 どうもゴルゴンゾーラ公爵家では教導派貴族でも重症者は収容している様だ。ただファナの言う通りそれで感謝されるかと言えば別問題なのだ。

 高位貴族ほど王太后の様な者が多く、公爵家の威光には跪いても獣人属には感謝のかの字も感じないと言う者たちだ。


 どちらにしても両家はともかく、治癒術士たちが激務に追われている事が問題なのだ。両家が奉仕の為に行っている貧民街での治癒施術の場に馬車で乗り付けて治癒を迫る貴族もいると聞いては放っておけない。


【2】

 王妃殿下の離宮で相談した通り、ヨハネス卿とファン卿は既に王都の一等地に三階建ての商館を購入していた。

 今は館内を治癒施術所に使えるように改修中なのだ。

 ただ法律の整備が追い付いていない。まだ草案段階である上、例の聖教会の通達が有るので迂闊な事は出来ない。


 治癒院の治癒術士は今のとこと全て聖職者である。もちろんグレンフォードとフィリポの両治癒院では聖年式を終えた一般希望者を一般信徒のまま迎え入れて治癒術士の指導を行い始めている。

 授戒を受けず俗人のままで治癒術士の資格を与える事を周知したので一挙に治癒院の修行者は増えているが彼らが一人前になるにはまだまだ時間がかかる。


 それに治癒術士になると言っても聖教会以外の働き口が今は無い。

 中途半端な修行の途中で治癒院を辞めて冒険者や薬師見習いに転職されては我々の目的から大きく外れてしまう。


 そこで取り敢えず王都に作る治癒施術所の一階の三分の一を薬局にする事にしたのだ。

 この世界は魔術による治癒の方法が有るので薬学や外科治療は非常に遅れている。

 外科治療は外傷を負った場合に傷口の縫合を、骨折が有れば骨を接いで後は治癒魔術を流し自然治癒力を高めて行くと言う方法が一般的だ。


 その為化膿止めや痛み止めで薬草を処方するなどの薬師はいる。それに毒物は王太后が使ったように秘匿されている物も含めて存在し、それを調合するのも薬師である。

 ただ毒は処方のやり方で薬にもなる。

 王妃殿下に盛られたジギタリスも少量ならば心不全や不整脈などの心臓病に有効な薬になるのだ。


 取り敢えずは薬局の補助として料金を取って、治癒術士を在住させて治癒魔法による診察と診断に当たらせ薬師による治療を行うと言う名目で診療所を開く事にした。

 そう新しい名前は診療所、魔法による診察と施薬による治療を施す場所で病を癒す治癒では無く手当てを施すだけなのだ。

 そして治癒施術士は診察と外科医療の補助として治癒魔術を使い報酬は診療所に収められるのだ。

 薬師が治療目的で料金表を掲げているという事で、診療報酬を設定する事の言い訳を作る事にした。

 もちろん詭弁でただの言い逃れであるが、法律の施行までの期間の暫定処置だ。法律施行と同時に今の清貧派の治癒術士を何人か還俗させて医師として勤めさせる。

 それ迄は舌先三寸で言い逃れてやる。


 ここまでで入れ物は整いつつあるが、重大な問題がもう一つある。

 薬局に入れる薬師をどうするかなのだ。

 そう、薬物に造詣が深い者が必要なのだ。どうも良い心当たりがないのだけれど…。

 あれ? 誰かいたような気がするな。


【3】

「えっ? 薬物の知識で御座いますか? いえ、別にどこで学んだと言う訳では無く私の知識など一般的な物で御座いますし…」

「そんな事は無いわ。ナデテがあなたの知識を絶賛していたもの」

「そう申されても、修行した訳でも無く幼い頃から学んだ一般知識以外は何も。我が家も普通の準男爵家でサン・ピエール侯爵家では、うだつの上がらない只の護衛騎士でしたし」


「護衛騎士? あなたが学んだ一般的な知識って一体…」

「ええ、食事の時に食べたこの味はどんな毒草かとか、食べた毒キノコでどんな症状が出たかとかごくごく普通の事で取り立てて書物とかで学んだわけでは御座いません」

 書物で無く体で学ばされていたと言う訳かよ。

 どこが一般的な家庭だよ、絶対異常じゃないか。護衛騎士じゃなくて毒見役に特化した家系じゃないか。


「ねえベアトリス。あなたの家族から誰か紹介して貰えないかしら。アヴァロン商事が薬師としてお給金は保証するから」

「ええっと…。家族で御座いますか…」

 彼女は俯いてしばらく考えて後、ため息をついて答えた。

「承知いたしました。サン・ピエール侯爵様に相談致します」

 どうやら優秀な毒使いの目途がつきそうだ。

 …良いのか? それで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る