第70話 ジャンヌ・スティルトンの治癒講義

【1】

 グリンダはゴルゴンゾーラ公爵家の聖教会にはセイラカフェやライトスミス商会から警備の為と一晩過ごす教室の子供たちの為に応援の人員を送り込んでいる。

 名簿をもとに聖教会に居る子供の親への連絡と帰った子供の安否確認に奔走しているそうだ。


 そして聖教会のテレーズからは刺されたケインの治癒の為ジャンヌの治癒の依頼が来たと言う。

 私も同行して傷口の治癒とを受け持つべくリオニーと平民寮に向かった。

 ジャンヌはエマ姉と二人で部屋で話し合っていた様だがケインの負傷を聞き直ぐに出発の準備を始めた。


 セイラカフェが差し回してリオニーが乗って来た馬車にジャンヌと私、そしてリオニーとナデテが乗りアドルフィーネが御者席に座る。

 急げば三の鐘の前には聖教会に着けるだろう。

「テレーズ修道女とはどんな方なのですか?」

「もともとクロエ様と同級生だったのです。それが思うところが有って二年の秋に王立学校を辞めて南部の村々の聖教会を回って脱走農奴の子供たちの支援をしていました。説得して年明けにゴルゴンゾーラ公爵家の聖教会の修道女として赴任して貰ったのです」

 ジャンヌの話を聞きながら何か訳ありの聖職者のようだと思いつつ聞いている。


「それでリオニー、ケイン様の容態は?」

「私も使いの方から聞いただけですが重症の様です‥‥」

 そう言ってリオニーがケインの状況を説明してくれた。

 背中にロングソードによる切創、そして脇腹は腸までとどくロングソードによる刺創。

 アナ聖導女から治癒を習ったテレーズ修道女が治療に当たっているが意識は戻っていない。

 ウィキンズとケインは何らかの目的で誘き出されて襲われたようだ。先ずクロエの誘拐未遂事件に絡んでいることは間違いないだろう。


「ジャンヌ様、セイラ様そろそろ聖教会です」

 アドルフィーネの声で外を覗くと聖教会の周りはゴルゴンゾーラ公爵家の私兵が警備にあたり物々しい雰囲気だ。

 迎えの聖導師に案内されて聖堂の奥の小部屋に入るとベッドにうつむきに横たわるケインとその手を握るテレーズがいた。


「ジャンヌ様有り難うございます。…そちらの方は?」

「初めましてテレーズ・シャトラン修道女様。セイラ・カンボゾーラと申します」

「カンボゾーラ? もしやアナ聖導女様の? カンボゾーラ子爵家の御令嬢様ですか。でも何故?」

「私も治癒魔法の心得が御座います。何かお手伝いが出来るかと」


「セイラさん。挨拶は後です。消毒用アルコールと生理食塩水は? テレーズ様はお疲れの様ですからあとは私たちで引き継ぎましょう」

 ジャンヌは既に聖女モードに入っている。

「セイラさん先に傷口の治癒と回復をお願いします。私は傷口周りの消毒を始めます。終われば私が殺菌と化膿止めを」


 私は大急ぎでナデテの用意した白衣に袖を通し両手の消毒を行うとジャンヌの指示に従って患部の包帯をゆっくりと断ち切って行く。

「リオニーさん、治癒系の聖職者が他にもいれば全員集めて下さい。シャトラン修道女様、これから行う治癒はあなた方の技術向上にも役立つでしょう」

「ジャンヌさん深すぎる。傷口の縫合が必要です」

「アドルフィーネさん縫合針を準備して。針は熱消毒、糸は熱風消毒をハサミも準備しておいてください」

 ナデテが持ってきた医療器材から必要な物を取り出してトレイに乗せるとアドルフィーネに手渡す。

 アドルフィーネが手早く消毒を進めて行く。


 その頃にはリオニーが聖職者を引き連れて帰って来ていた。

「アドルフィーネさん、彼らを全員熱風消毒して。リオニーさんはナデテさんと一緒に患者が動かないように抑えて」

 ジャンヌが湾曲した大きな針に木綿糸を通して傷口を縫合して行く。

 眠っていたケインが痛みで目を覚まし呻き声をあげる。

「ケイン様ぁ。今治療中ですぅ。辛抱してくださいぃ」


「続いて背中の傷の殺菌に移ります。セイラさんは縫合か所の回復をお願いします」

 私はジャンヌに言われ縫合か所に手を当てて光魔法を流す。

 幸いテレーズの献身的な治癒で腸壁の傷はくっついている様だが患部への黴菌の侵入が多すぎる。

 急激に光魔法を加えると一気に化膿や感染症が進んでしまいそうだ。

 雑菌の増殖に寄与しない様に意識を集中しつつ腸壁と血管の修復に専念する。


「ジャンヌさん。血管と腸壁の修復は終わりました。雑菌が多すぎます。感染症の危険が」

「変わりましょう。私はそちらの殺菌に専念しますから、セイラさんは背中の傷をお願いします」

 背中の太刀傷は大きいが深くはない。ジャンヌが殺菌を終わらせてくれているので縫合せずに回復できそうだ。


「シャトラン修道女様、セイラさんの手に自分の手を乗せて魔力の流れを見ながら細胞の修復の様子を感じてごらんなさい」

 ジャンヌの言われるままにテレーズが私の手の甲に掌を乗せる。

「ああっ! これはこうやって血管が修復されて…、すごい」

「傷口の治療の時はどこにどの様に魔力を流せば良いかわかるでしょう。セイラさんと同じ事は他の誰も出来ませんがどこをどの様に修復するかがわかれば治癒の時に魔力をどこに重点的に流せば良いかわかるでしょう」

「テレーズ様今修復しているのが神経です。ここは切れると上手く繋がり難いですので魔力で道を作ってやると良いんですよ」


「セイラさんこちらの殺菌は完了しました。治癒魔術士の皆さん交代で患者の回復力を強める為に全身に魔力を流してあげて下さい」

「ジャンヌさん、こちらも終了しましたよ」

「それではシャトラン修道女様も一緒に一休みいたしましょう。食事もとっておられないのでしょう。それにお聞きしたい事も有りますし」


 治療が終わってジャンヌの顔が治癒魔術士の厳しい表情からいつもの表情に変わった。

「お聞きしたいのは私の方です。セイラ・カンボゾーラ様は一体どのような方なのですか? 今の治癒魔法は何だったんですか?」

「まあ、落ち着いて下さいぃ。今から食事のご用意を致しますぅ」

「あなたはナデタさん…では無いようですね」

「はいぃー。姉のナデテですぅ。妹が色々お世話になりましたぁ」


 アドルフィーネがいつの間にかシチューやパンの載った盆を礼拝堂の隅に設えたテーブルに準備していた。

 ナデテとリオニーもお茶の支度を始めたようだ。


「シャトラン修道女様はロワールの私の異端審問事件の事をご存じでしょうか? その関係者の中にセイラさんの名前が有った事は?」

「まさか、あの舞台の二人のセイラの光の聖女の話は事実だったのですか?」

「いえ、それは…」

「セイラさん、今更隠しても無理ですよ。ウルヴァさんの治癒の現場を見た人は沢山います。平民寮ではもう周知の事実ですよ」


「やはりそうだったんですね。セイラ様は今治療を施したケイン・シェーブルがどう言う方かご存じだったんですか?」

「えっ? それはウィキンズの…近衛騎士様の相棒で」

「実はポワトー枢機卿の息子に当たる方なのですよ。ただその為にポワトー大司祭の手の者に目の前でお母様を殺されて、名前を変えて命からがら逃げ延びて来たそうです」

「それは一体…」

 私はケイン・シェーブルの生い立ちとテレーズ・シャトランの生い立ちを聞かされてつくづく自分とカンボゾーラ子爵家の因縁めいた関りを痛感する事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る