第126話 新型織機(2)
【3】
結局サロンではそれ以上突っ込んだ会話は無かったが、二人でゆっくりと話す機会が欲しいと言われたので二日後セイラカフェに招待した。
事務所の応接では味気なさすぎると思ったからだ。
訪れたのはルーシー・カマンベールと少し若い男性だった。
「セイラ様お招きに預かって厚かましくも参上いたしました」
「ここは平民の店です。堅苦しい言い方はやめてセイラとお呼び下さい」
「でしたらそうさせて頂きますセイラさん。ごめんなさい。無理を言って時間を取ってもらった上に余計なものまで連れてきてしまって」
「余計な者とは失礼だな。俺はルカ・カマンベール。近衛騎士団で中隊長をやっている。ルーシーねえさんは叔母だ」
「大きな声で叔母って言わないで。おばさん扱いされるほど年では無いわ」
「事実だから仕方ないさ。なあルーシーお・ば・さ・ん」
「本当に減らず口ばかり叩いて、あなたこそそろそろ相手を見つけなさい。いつまでも独り身でどうするの」
「ねえさんが片付かなけりゃあ、安心して嫁はもらえないね」
仲の良さそうな叔母と甥だ。家族関係は良好なのだろう。
「始めまして。セイラ・ライトスミスです。どうかお寛ぎください。ここはサロン・ド・ヨアンナと違って、平民が主体のお店ですから」
「平民の店と言うには立派過ぎるぜ。実家の男爵邸の何倍も立派だし、食う物だってそうそう俺たちの口に入るもんじゃないからな」
「ルカ! 貴方は少し黙ってなさい。セイラさん、もしかしたらカマンベール男爵家には良い感情をお持ちでないかもしれませんが、私たちはレイラお
そう言って頭を下げるルーシーさんに困惑しつつも、彼女の気持も判らないでもないと思った。
貴族の立場で見れば成績優秀な男爵令嬢が平民のそれも木工職人の嫁になったのだから。まあ私の目から見ればそのまま貴族社会でどこかの夫人に収まるよりずっと充実した人生を送っているように見えるし、お母様も今の境遇にとても満足しているように見える。
実際に父ちゃんと巡り会えたことを感謝していると度々惚気られている。
母親から”お父様みたいな男性は滅多に見つからないから貴女は可哀そうだ”と婚期の心配をされても共感は出来ない。
父ちゃんも父ちゃんで”レイラくらい綺麗で優しければ嫁の行き先も有るのだが”等とこの年で心配されるのも腹立たしいけれど。
「それはお気になさらないで下さい。母は今の境遇に満足して…いえ父に巡り合えたと感謝しております。そうで無ければ私も生まれる事は無かったですし」
「そう言っていただければ少しは心も軽くなります」
「それよりもお母様の若い頃をご存じなのですよね」
「ええ、私も幼い頃でしたがとても可愛がっていた出来ました。いつもお
そうしてしばらくはお母様の話題で盛り上がっていたが、不意にルカさんが話に割り込んできた。
「セイラさん。俺がこうして一緒についてきたのは訳が有るんだ」
「待って、ルカ…今日は」
「いや、待てない。この間サロン・ド・ヨアンナで織物工場を建てたいと言っていたそうだな。是非我が領内を候補の一つに、いやカマンベール男爵領に建てて欲しい。お恥ずかしい話だがカマンベール男爵領は山と水は恵まれているがそれ以外に何一つと言ってとる物も無い領地だ。広いアヴァロン州でも北端で気候も寒い地域だからな。ハッキリ言って貧しい領地だ。俺の妹のクロエも王立学校の生徒だが十分な仕送りも出来ない。ルーシーねえさんだって持たせる持参金が無くて結婚もままならない」
「婚期の話は恥ずかしいから止めて頂戴。それにこの年ですから諦めているわ」
お母様からは余り裕福な領では無いと聞かされてきたが、そこまで困窮していたのか。お母様の実家でもあるし父ちゃんも請われれば援助はしただろう。
お母様の事が有るので頼りずらかったのだろうが、仲の良い従妹の持参金くらいなら用立てても構わない。
今まで頼ってこなかったと言う事は貴族の矜持も有るだろうが、領地経営に問題は無いか早速調査にかからねばならないな。
「工場誘致のお話ならば幾つかご提案出来る事が有ると思います。設置できる施設をご提供いただけるのでしたら新型の織機をお貸ししても構いません。紡績工場のモデルとして見学などを受け入れて貰えるなら賃貸料の相殺も考えますわ」
「そっ、それは有り難いご提案ですが宜しいのでしょうか?」
「他にも融資や運用の方法も有りますよ。リオニー、少しパルミジャーノ紡績組合の事をお話してあげて。この娘はパルミジャーノ紡績組合の立ち上げの時から一緒に参加してこれまで関わってきましたので参考になると思いますよ」
「それに、近々こちらのショールームで織機の新製品について説明会と投資のお誘いを行いたいと思っているのですよ。そちらにも参加をお願い致します。それにこれも内密ですがお見せしたいものが御座います」
私は立ち上がると二人を促して奥の商談室へ促した。
「こちらへどうぞ。身内というよりも一番にお声かけ頂いたのでご覧に入れますわ」
少しオドオドしながら二人が部屋に入ってきた。
二人を椅子に掛けさせると、私は化粧箱をいくつか持ってきてターブルに並べた。
「どうぞご覧ください」
箱の蓋を取って中の品物を見せる。
「綿布ですか…」
やはりルーシーさんの反応は薄かった。
リネンは高級品だけれど綿布は汎用品だ。普段着や作業着に使われる物で女性がお洒落で着るには少々格が落ちる。
「おお、しっかりした良い生地だなあ。頑丈そうで柔軟そうで」
「ええ、革鎧の下に着こめば至近距離でも無い限り矢も貫ききれないくらい丈夫ですよ。こちらの帆布は防水加工が施されて風雨にも耐えますわ」
「それは少々大げさではないか? しかし物は良いな。近衛でも幹部クラスが使う品質のものだな。値も張るんだろう」
「そう思うでしょう。それが私たちの企業努力でこのお値段!」
「えーっ! 嘘だろう。こんな値段でなら今すぐに買いだぞ」
「いまなら、軍手と軍足もお付けして三点セットでお値段据え置き」
綿布は軍衣やテント、雨具、帆布、背嚢などのどちらかと言えば男性の使用が多い素材だ。何より軍隊や船乗りの需要が多いので近衛騎士のルカさんの琴線に触れたのだろう。
「しかしどうやってこの値段で販売できるんだ」
「それはハウザー王国から糸で輸入しているからです。リネンと同じで今後ラスカル王国内…出来れば北西部で工場を持ちたいのです。南部は織機や紡績機を作るライトスミス木工場があちこちにあります。西部はリネンの紡績工場が有ります。次は北西部で織物工場を展開したい。リネンだけでなく綿布も含めてね」
「今後を見越しているなら是非カマンベール男爵領でお願いしたい。我が領地はこれといった産業も無い牧羊と麦以外の収入は無い。他にもいろいろ有って新しい産業が欲しい。これから先も見込めるならルーシーねえさんの為にも」
「ルカ。私はどうでも構わないの。でも領民に苦労をかけるわけにいかないわ」
「だからってライオルの奴等に好き勝手させられねえ」
「ルカ。話し方! ごめんなさい、セイラさん関係の無い話ばかりで」
やはり何か訳がありそうだ。
これも含めてリオニーに探って貰おう。
「リオニー。あなたはカマンベール領に行って、男爵様に私たちの出きること提案して相談してきてちょうだい」
「はい。セイラお嬢様」
「ルーシー様とご一緒出きるようにした方が良いでしょうね。お土産も忘れないでね」
「ありがたい。本当に恩に着る。ご両親にもゴーダー家の皆様にもお礼を申し上げて欲しい」
まだどうなるかも分からない案件にそこまで期待されると···。
身内でもしっかり儲けはいただきますから。
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