第127話 新型織機(3)
【4】
その翌日ゴルゴンゾーラ卿が事務所に訪れた。
「俺の所にも使いが来たが、お前何を企んでる」
「もちろんゴルゴンゾーラ卿の計画に沿った織物工場の立ち上げですけれど」
「大筋ではそう動いている様だが、何やらカマンベール男爵家の者と密談をしていたとか聞いたが」
「別に縁戚のよしみでセイラカフェに招いただけですよ」
「そんな話が通ると思ているのか。側近の娘を一人カマンベール男爵家に向かわせたそうじゃないか。なにをするつもりだ」
「先ずは今回の織物工場の試験運用をお願いしたことくらいでしょうか。秘密裏に事を進めるなら少しでも信用度が高い領地が良いと思いました」
「ふーん。お前の母親を追い出した領地だろう。何か含みがあるんじゃないのか?」
「ゴッダードとは離れていますから私個人としては馴染みも付き合いも有りません。でもお母様の育った領地ですし追い出されたわけでもありませんから。お婆様の持参金は返却されていますし、婚姻についてはお母様が満足していますからね」
「まあ、そのままあそこに残っていればどこかの貴族から養子を迎えて後を継ぐか、嫁げずにあの領地で暮らすかだからなあ。嫁げたとしてもどこかの貴族の後妻かせいぜい騎子爵程度の準貴族の所だろうからな。そうなれば其方は生まれなかったと言う事だな」
昨日のルカさんの発言はそう言う意味だったのか。だからルーシーさんはあの年でまだ未婚なんだ。
「まあ余り裕福でない反面一族が同じ館で暮らしているので家族仲は良いようですよ。ルーシー様はお母様の平民落ちを気にしていらっしゃいましたが、お母様本人は今の立場にこそ生きがいを感じている様で貴族には戻りたくないと言っていますからね。お母様からもカマンベール家の悪口は聞いたことは有りませんし、信用はおけると思っていますが」
「まあ質素だが堅実な一族だからな。しかし隣がなあ…」
「何か不安要素でもあるのでしょうか? 私も気になったのですが、ルカ様がライオル伯爵と何かあるような口ぶりだったもので」
「あそこは州の北端でリール州に飛び出したような領地でな。リール州と州境で隣接しているのがライオル伯領領なんだ」
「わたしも二度ほどお会いしたことが有りますが、ライオル伯爵にはあまり良い印象が有りませんねえ。近衛派閥にも宮廷魔導士派閥にも嫌われているような印象を持ちましたが」
「まあ良く言えば利に敏いとも言えるが、我欲が強く利が有れば平気で裏切るような一族だな。北部貴族のくせに東部商人に媚びてリネン織にも手を出しているから要注意だな」
「それは…カマンベール男爵領での織機の導入はライオル伯爵領と軋轢を生みそうですね」
「まあアヴァロン州内ならどこで織物工場を立てようがライオル伯爵は噛みついて来るからな。それがたまたまカマンベール男爵家だという事で、俺たちのやる事は変わらないがな」
「そう言えば二年ほど前にライオル伯爵が古くなった織機をレッジャーノ伯爵に売り払ったことが有りました。多分ハスラー聖公国から織機を買い入れているのでしょうが、知られれば難癖をつけられそうですね」
「まあカマンベール男爵家なら屈するような事は無いだろうし、いざとなればゴルゴンゾーラ公爵家が全力で支えてやる。ゴルゴンゾーラ家にとって古くからの忠臣だった家だ。それに州内の経営全般にかかわる事だからな」
「たしか牧羊と麦が産業だとおっしゃっていましたが、カマンベール領では羊毛の紡績などはやって無かったのでしょうかねえ」
「さあな。細々と手作業でやってたかもしれんな。かつては羊毛が織物の主流だったが、綿花が入ってきて需要が減ったのでな」
「でもラシャやフェルトやらの需要は有るでしょう。北方では綿より羊毛の方が喜ばれるところもあると思うのですが…。まあカマンベール男爵家には羊毛の紡績や織物の下地が有るなら尚更適任ではありますね」
「其方がそう言うのなら構わんが。マイナス点が無いなら試験導入はカマンベール男爵領に決めよう。あとは運営資金だな」
「初期の費用はライトスミス商会の融資という形で負担いたします。経営に介入できれば初期費用の回収は難しくないと考えていますよ。その為に経営に明るい側近を派遣したのですから」
「パルミジャーノの株式組合の立ち上げから係わった…メイドらしいな。なんでメイドが経営にかかわるんだ?」
「殿方との相談にも同席出来ますし、情報収集も容易ですからこういう仕事にも向いているのですよ」
「…それはもうメイドとは言わんなあ。サロン・ド・ヨアンナのメイドもそう言う事なのか…」
「もちろんそうですわ。メイドですのでご婦人方への話題提供も致します。ご提案もさせて頂いております。おかげで今回のセイラカフェでの相談会は思った以上に参加者が集まりましたし」
「話題の提供や提案ではなく、それは誘導というんだ。しかし紡績はともかく織機は東部諸州や北部の一部とも競合する。フラミンゴ伯爵領やシュトレーゼ伯爵領が其方から大量に織機を購入したと聞いたぞ。あの二人に売った以上はその対策も考えておるのだろ。さっさと話してしまえ」
メイドについては見解の相違だろうが、織機の売買に関してはその通りだ。
私たちが扱えるリネン糸は王国が定めた買い上げ分から余った余剰品だけだ。
それに対して東部貴族は王国が買い上げたリネン糸を競り落として使う事が出来るのでハスラー製の足踏み式織機自体大量に普及している。
それに加えて競りにかかった綿花をハスラー聖公国で紡いで糸として購入しているので綿織物の実績も充分にある。
この先大量にハウザー王国から綿糸が入ってくれば供給過多になり東部諸州に綿糸を奪われることになりかねないのだ。
ゴルゴンゾーラ卿はそれが解っていながらフラミンゴ伯爵やシュトレーゼ伯爵に大量に織機を売った私に対して、その意図の裏を探るつもりなのだろう。
私の行動に不信を持つより先に、裏事情が有ると勘繰るゴルゴンゾーラ卿はただの貴族ではない商人感覚の持ち主だ。
「フラミンゴ伯爵とシュトレーゼ伯爵に織機を売ったのは、まあ在庫処分的な事ですよ。それに加えて目くらましの為に追加生産はさせましたがそれ以上の意味は有りません。それに東部貴族の中でも実力者に特許契約を結んでもらうメリットも大きいですから」
「という事はこの先売らないという事か?」
「いえ求められれば売りますよ。同じ型の物を」
「それなら何故…。同じ型の物? 何か新しい物が有るのか!」
「ええ、一気に状況をひっくり返せる秘密兵器が出来ました。それをご覧に入れますから、それから今後の方策を相談致しましょう」
「フフフ、こいつは期待が持てそうだな。ならばその説明のついでにシェリー酒を一本開けてくれないか」
当たもの回転が速く抜け目のない男なんだけれど、こういうところは只の酒飲み親父なんだよなあ。
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