第125話 新型織機(1)
【1】
午後に流した情報にハウザー商人達は即座に食いついた様だ。その日入方には貿易商を名乗る商会から二件ほど面会依頼が入ってきた。
悪いが私が口を出すと噂が噂で無くなってしまう。
申し出は無視して、翌日の朝にはクオーネに立つことにした。
父ちゃんとお母様に相談して、荷馬車を一台借りるとファナタウンの倉庫にしまった荷物を取りに行って貰った。
酒類やコーヒー、そして茶葉に特製のアーモンドプードルも一袋積み込んである。
それから綿糸のサンプルとシュナイダー商店で入手した綿布のサンプル。そして今回の目玉グレッグ兄さん渾身の織機の改造用部品のサンプルも。
夜のうちに準備をしているとオスカルが起きてきてまた泣かれた。
寂しがって泣いたのかと思って抱きかかえると、”ウサギを返して”って言われた。まだ昨日の夜の事を引きづっている様で、お土産に兎を三個買ってくることで納得させた。
ただマジパンで作らせると溶けてしまうし、クオーネで何か代わりになる物を見つけないといけないなあ。
今回のクオーネ行きにはミゲルとウルヴァを連れて行く事にする。フィリピーナも載せて行くが、途中でパルメザンに寄ってリオニーと交代して貰おう。
クオーネのセイラカフェは今ナデテの妹のナデタが回しているが、リオニーにサロン・ド・ヨアンナとセイラカフェの両方のメイドの管理と運営を任せるつもりだ。
彼女達ならエマ姉とも付き合いも長いし仲も良い。シュナイダー商店のお針子の娘たちだったのだから親からの付き合いだ。
そう言う事で荷馬車に揺られてパルメザンに向かった。
パルメザンで一泊して、フィリピーナとリオニーが交代する。
パルミジャーノ紡績組合は順調なようだ。リコッタ紡績組合を吸収して州内の全ての紡績は素より周辺の州の亜麻もパルミジャーノ紡績組合に集まってきて、工場はフル回転だ。特にクルクワ男爵家の近衛兵舎や武器庫が改装されて倉庫として活用され、軍用道路を通して荷馬車の行き来が絶えないとか。
リコッタ伯爵領では紡績工場で儲けを確保し、亜麻の柵付け面積を減らして輪作を奨励している。
何でもクルクワ領に聖女ジャンヌがやってきて色々と農業指導をして帰ったそうだ。
お陰でリコッタ領の立て直しも緒に就いた様で私もホッとした。
そして翌日の夕方にはクオーネに到着した。
ファナタウンに付いた時に早馬で使いは出していたので、早々に馬車の荷物を一部を除いてセイラカフェの倉庫に運び込んだ。
明日からはゴルゴンゾーラ卿を通してアヴァロン州の各領地の代表を集めたお茶会をセイラカフェで開催する為、サロン・ド・ヨアンナで根回しを図らなければならない。
その武器となるアーモンドプードルを少量と酒類を数本そして例の織機改造用の秘密兵器だ。
【2】
昨日連絡を入れておいたおかげで、ゴルゴンゾーラ公爵夫人のお茶会に潜り込めた。
ちょうどアヴァロン州内の領主婦人達のお茶会であった。
マルグレーテ・ゴルゴンゾーラ公爵夫人はおっとりした三十代後半と思しき女性だった。ロックフォール侯爵家から嫁いできたと言う事なので、ヨアンナとファナは従妹同士にあたる。
それにしてはヨアンナともファナとも全然似ていないのだが…。
「皆様。本日は特別なゲストをご紹介いたしますわ。ゴッダードからお越しの有名人ですのよ。このサロン・ド・ヨアンナのメニューやメイドの派遣でお世話になっているセイラカフェのオーナーのセイラ・ライトスミスさんですわ」
「まああのセイラカフェの?」
「私、あの卵シロップトーストの大ファンですの」
「わたくしの屋敷でも一人メイドをお願い致しましたのよ」
ご婦人方から次々に声が上がる。
「お初にお目にかかります。ゴッダードより参りましたセイラ・ライトスミスと申します。クオーネでも新しい事業を展開するつもりで御座います。服飾関係でも良い素材をご提供できると思いますので是非ショールームにも足をお運びくださいませ」
「まあ服飾? ドレスの仕立てとか?」
「それも考えてはおりますが、この度は生地で御座います。今回サンプルをお持ち致しました。まだどこにも公開しておりませんのでご内密にお願い致しますが、ぜひ手にとってご覧ください」
そう言うと先ずはリネン生地をみんなに見せる。
これまではシュナイダー商店を通してハウザー王国に売っていたものだが、国内でも販売する事にした。
「リネンですのね。なかなか良い生地ですわ」
「ええ、ハスラー産の物にも引けを取らない出来ですがお値段は…」
「まあ。その様な値段で宜しいの? それならば欲しいわ」
「織り方や染色もオーダーをお受けいたします。今からでしたら春に向けて薄手のローン織なども如何でしょう」
「織り方の違う生地なども見れるのかしら?」
「はい。セイラカフェにはサンプルを各種揃えております。染色した物も多く置いておりますので、色目や手触りなど確かめていただけます。ただ、極秘なので店員に”アヴァロンのサロン”と申しつけていただければ奥の展示室へお連れ致します」
「まあそれならば早速伺おうかしら」
「まあ、奥様。お気の早い事オホホホホ」
お茶会は和やかに進んでいる。そろそろ頃合いだろう。
「実は今回お見せ致しましたリネン生地は実はパルミジャーノ州で作られた物なのです。ライトスミス商会はパルミジャーノ州で紡績を行っているのですが、王国の買い上げリネン糸以外をハスラー聖公国に売らずラスカル王国内で使おうと試しに織機を導入してみたのです」
「ああ、それでお安い上にオーダーが聞くのね」
婦人方から納得の声が上がる。
「その織物工場を出来ればアヴァロン州に設置できないかと考えてこの集まりに参加させて頂いたのです」
「工場の設置…ですか? あまり難しい事は解りませんわ」
予想通り参加者の間に困惑が広がった。
「ハスラー聖公国や東部の貴族には特に内密に進めたい事なのです。知れればまた横やりを入れて食い物にされてしまいますわ。それに私など平民の小娘ですから、男の方になど相手にされませんもの。ですから今日の話を殿方のお耳に入れていただきたいのです」
「まあ。良く分かりますわ。殿方は訳知り顔で命令する癖に、家庭の大事な事でもわたくし共の話など聞く耳を持ちませんものね」
「それに北部や東部の貴族たちはハスラー聖公国やハッスル神聖国の言いなりですものね。許せませんわ」
「こんなお可愛らしいお嬢さんが領地の為に頑張っていらっしゃるのだものご協力致しますわ」
「皆さま。私思うのです。ご家庭やご領地の一番大事なところを握っているのは奥様方なのだと。口で偉そうに言っていても骨を折る奥様方がいなければ殿方は立ち行かないと」
「そうよ。その通りですわ」
「本当に殿方は判っていないのだから」
「ですからこのサロン・ド・ヨアンナなのですよ。こうしてご婦人達で情報を交換して賢く立ち回って、上手く煽てて顔を立ててあげればもう殿方が掌の上ですわ」
「ホホホホ。その通りですわね」
「本当に貴女は若いのに良く分かっていらっしゃるわ」
「これからも度々このような場を設けましょう。セイラさん、こちらにいらっしゃるときは是非ご一報を下さいね。必ずお招き致しますので」
ゴルゴンゾーラ公爵夫人から定期のお誘い迄いただけた。
参加しているご婦人方から協力の賛同を貰い、初戦はまずまずの成果だと思っていると一人のご婦人が私に声を掛けてきた。
二十代の後半だろうか化粧けも無く、地味な装いで既婚者には見えない。
若くして寡婦だろうか? そんな風にも見えないが、少しやつれた感じはする。
「セイラ様。お初にお目にかかります。貴女はご存じないと思いますがわたくし一目見て直ぐに分かりました。レイラお従姉様本当によく似ていらっしゃいますもの」
ああカマンベール男爵家の人だ。
「初めまして、セイラ・ライトスミスです。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「あっ、いえ、余りに懐かしくてつい失礼な事を致しました。ルーシー・カマンベールと申します。カマンベール男爵家の次女です」
ああそうだった。お母様の生まれたカマンベール領はアヴァロン州にあったんだ。
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