第124話 ゴッダードの街で

【1】

 ヴェローニャから定期便の馬車に乗ってゴッダードに戻ってきた。

 ヴェロニクは約束通りマデラとポートを沢山調達してくれていた。

 酒類は全てファナタウンの倉庫に降ろした。まだハスラー商人や東部商人がウロウロしているゴッダードで荷下ろしをすると、すぐに目を付けられて圧力がかかる。気にはしないがそんな奴らの対応に時間も気力も割きたくない。

 父ちゃんと工場のみんなにお土産で六本渡した以外はクオーネに持って行く。

 お母様には特別に茶葉を厳選してきた。オスカルにはマジパンで作ったウサギをホットケーキに乗せて出してあげたらとても喜んだので、食べさせるためにナイフで切ったらギャン泣きされてしまった。


 翌日はグレッグ兄さんと会って織機の新型に取り付ける秘密兵器のサンプルを受け取る。織機に革命を起こす新発明だ。

 ブリー州とレスター州、そしてアヴァロン州では特許を取れている。

 パルミジャーノ州をはじめとする西部諸州や他の南部・北西部諸州でも申請を進めている。極秘に進めてゆく必要があるのだ。

 その後はいつの間にかライトスミス商会の傘下に収まっているシュナイダー商店へ打ち合わせに赴く。

 応接室に入ると、これもライトスミス商会とロックフォール家の共同出資で王都にまで店を出しているハバリー亭のボア氏が、ライトスミス商会から派遣している店員と並んで腰掛けていた。


「いらっしゃいませセイラ様。サンプルは用意しておりますよ」

 そういうとシュナイダー氏は木箱を開いて中の生地を見せてくれた。

「やはり上質な綿花だけあってよい生地が織れました。新型紡績機のおかげで横糸も縦糸もしっかりと撚れておりますので丈夫な綿布になっていますよ」

「これもシュナイダーさんの目利きのおかげです。私どもだけではここまで上手く進められませんでしたから」


「ところでボアさん。ハバリー亭に集まる商人たちの間では綿花市について何か噂は入っていませんか?」

 この時期ハバリー亭はハスラー商人や東部商人の溜まり場となっており、彼らの情報交換場所になっているのだ。

「今年はハウザー王国の綿花は不作で品質が落ちているという声が聞こえてくるくらいですね。それとハウザーの綿花商人の中に売り渋るものが幾人か居るようで、ハスラー聖公国の連中の中にはかなり口汚く罵っている者もおりましたよ」


 やはりヴェローニャでの綿花市の競り値を知ってしまったハウザー商人たちはハスラー商人のやり方に納得がいかないものが多いのだろう。

 なにせ等級に関係なく十把一絡げ扱われていたと知ったなら、ヴェローニャで二等級を付けられている綿花商人は腹立たしいに違いない。


 ライトスミス商会からハバリー亭に接客と事務で派遣されている店員が報告を始める。

「セイラお嬢様。実は店内でも今まで通り同一価格で買い付けるか、ハウザー商人の言うとおりに品質によって価格差をつけるのかと言う論争になっておりました」

「面白いわね。それで成り行きはどうだったの」

「価格に差をつけてでも買い取りたい東部商人と現状維持で押し切ろうとするハスラー商人のグループに分かれたようですが、最終的には現状維持に決まったようです。抜け駆けは競り市からの追放と言うペナルティーをチラつかせたようで、東部商人も折れなければ仕方ない状況でした」

「とても良い情報だったわね。ありがとう。ボアさんこれからもよろしくお願いいたします」


「噂話くらいならいくらでも聞いてくれ。セイラ様には一家で世話になっているんだ」

「私達もダドリーにレシピ改良やその再現に色々尽力いただいて助かってます。それにセイラカフェの調理人の指導もしていただいているのですから持ちつ持たれつですよ」

「そういって貰うと助かるが、その料理人もライトスミス商会から良い人材を斡旋して貰ってるんだ。恩にきるよ」


「それで、ミシェル、ルイーズ。二人とも今の報告は聞いたわね」

「「はい、セイラお嬢様」」

「それじゃあ、ミシェルは今からセイラカフェに戻って、それと無くハウザー商人の間にうわさを流して頂戴。”二等級三等級の綿花はヴェローニャでゴッダードの相場の二割から五割増しで買い取る”そうだって。それからもう一つ”ヴェローニャ行きの定期馬車は綿花を優先して積んでもらえる”っていう事も」

「はい分かりました。セイラお嬢様」

 ミシェルは一礼すると直ぐにセイラカフェに向かったようだ。


「ルイーズ。今の私の指示を聞いてどう思った?」

「えっと、はじめの噂を聞いたハウザー商人は二等級や三等級の綿花に競り市では今より高値を要求するでしょうね。それで交渉が進まなければ毎日帰りの定期馬車に綿花を詰め込んで少しずつ送り返してゆくでしょう」


「そうね。往復の輸送費を考えると三等級では儲けは薄いけれど、二等級で五割り増しならもって帰ったほうが儲けが大きい。それに定期馬車を使うと税金が節約できるから定期馬車に乗せられる分は送り返そうとするでしょう。それでルイーズはどうしたいかしら」

「はい、ヴェローニャ行きの定期馬車に乗って綿花の買取の準備に取り掛かります」

「ルイスとあと一人ハウザーから来ている商会員をあなたが選んでつれて行きなさい。仕事はルイーズが仕切れば良いわ。それとシュナイダーさん。一人綿花の品質の分かる店員さんをお貸しいただけないでしょうか。向こうで綿花の買い取り価格付けとルイーズ達に目利きの指導をしていただきたいのです」


「分かりました。若いが良い店員が居ますのでお付けいたします。ハウザーの南から来たという獣人属の娘さんですのでこの仕事にはうってつけでしょう」

「ありがとう御座います。ルイーズそれではお願いね」

 私はそういうとテーブルに紙を出してペンを借りメリージャの支店に当てた指示書を書いて封蝋をたらし指輪につけた印章をを押す。

 ルイーズはそれを受け取ると一礼して部屋を出て行った。


「さすがにセイラ様はやることが手早いですな」

 ボア氏が驚いたように言った。

「これで東部商人とハスラー商人の間で亀裂が入っることになるでしょうな。競り市は今週で終了ですがハスラー商人が掴むのは三等級以下の綿花…。いや中には採算割れしても持って帰る綿花商人も出るでしょうな」

 シュナイダー氏の言葉にボア氏は驚いて聞きなおした。

「そんな商人が出でるでしょうか? 採算割れですよ」


「商人にも意地があります。ふざけた値段を提示したやつに売るよりは、きちんと評価してもらった相手に売りたいのも人情です。それに今年はともかく来年以降もヴェローニャでの需要が伸びるならそれに繋げたいと考える商人もいるでしょう。等級付けを行ったときに、来年は等級を上げて見せると息巻いていた農場主もおりましたから。搾取するより品質にこだわる農場主なら私も助言して応援したいと思いましたよ」


 シュナイダー商店は今でこそリネン布や綿布のハウザーへの輸出が多くなっているが、そもそも服飾を中心に大きくなった商店でハウザー王国から逃げてきた脱走農奴の女性達をお針子としてたくさん雇っている。

 その為ハウザー王国の国内事情には割りと詳しく、色々と聞かされているのでハウザー南部の貴族領の農奴制を嫌っている人だ。


「来年のヴェローニャの競り市には私も同行してお話をお聞きしたいものですわ」

 お愛想ではなく本当にそう思う。

 南部の農奴を開放できる一助になるなら綿花農園の農場主に働きかけが出来ないかと心から思う。

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