閑話21 ウィキンズと王都(8)

 ◇◆◇

「ゲスいことを言ってんじゃねえ。ご令嬢に対して騎士としての礼節も弁えねえのかてめらは!」

 喧嘩っ早いウォーレンが剣の柄に手をかけた。

 俺はウォーレンの柄にかけた手を上から押さえて更に一歩前に出る。

「やめろウォーレン、ゲスの挑発に乗るな。今は抑えろ。俺たちのやる事はお三人を無事貴族寮までお送りする事だ」


「すまねえウィキンズ。俺は単純だからつまらん挑発に乗るところだったぜ」

「柄に手をかけておいてどの口が言える!」

「ご婦人が三人もいるのに騎士として周りを警戒するのは当然の事。逆に柄に手も置かずにいる方がおかしいのでは無いですか」

「おい貴様、近衛騎士の分際で騎士団の下郎を庇い立てするのか」

「近衛騎士も王都騎士も関係ない! 俺は騎士としての矜持を言っている」

「そう言うお前は両手を開けておいて何を…」


「やめろ。もういい。ウィキンズごときに構うな!」

 マルカムが若干顔を引きつらせながら割って入ってきた。二年前の決闘騒ぎの事を思い出したのだろう。

 取り巻きに何やら耳打ちをする。

 絡んできた取り巻きが忌々しそうにつばを吐きながら身を引いた。


「おいクロエ! 貧乏貴族が集まって平民騎士を侍らせて悦に入っている様だが貴様らの如きの吹けば飛ぶような領地では持参金も用意できまい。今だけ楽しんでおくんだな」

「侮らないで下さいませ。エダム男爵家は身分は低くても代々外交で名を馳せた名家ですわ。貴方のような派閥におもねる伯爵家とは出来が違いますの」

 シーラ様がキッと目を吊り上げてマルカムを睨みつけながら言い放った。


「男爵家のそれも孫娘の分際でこのライオル伯爵家を愚弄するのか!」

「始めに愚弄したのは貴方ですわ。エダム家の娘としては女だと侮られては心外ですの。文句がおありなら受けて立ちますわ」

「その通りですわ。それにウォーレン様もウィキンズ様も騎士としてこの王立学校に学ばれているお方。平民でも卒業すれば騎子爵を授与されますし、隊長に上がれば準男爵として叙勲されますわ。マルカム様達には叙勲など縁のない事でしょうけれども」

 ブレア様もシーラ様の尻馬に乗ってマルカムたちを煽る。


「ぶっ無礼な! たかだか男爵家風情がライオル伯爵家バカにするのか!」

「マルカム殿! 貴方こそ剣の柄に手を掛ければ問題になりますよ! ご婦人相手に剣を抜くおつもりか!」

 俺の怒鳴り声で、幾分冷静に戻ったマルカムはゆっくりと剣の柄から手を離した。


「覚えておけクロエ! お前も、お前の叔母のルーシーも、それだけじゃあ無い。ルカだっていつまでもでかい顔を出来ると思うなよ。そのうちにお前らをライオル家に差し出して妾に引き取って欲しいと頼んで来る事になるからな。お前の領地の裏の山を持参金代わりに差し出すなら面倒を見てやらんでもない。よく覚えておく事だな」

 マルカムはそう言い捨てると踵を返して去っていった。


「ふざけないで下さいまし。痩せても枯れてもカマンベール男爵家はライオル伯爵家には屈しません! 一族が滅んでも貴方の一族の言い成りに等なるものですか」

 真っ青な顔で震えていたクロエ様は、必死の思いでマルカムの背中に向けて言い返した。

 クロエ様は俺が振り返るのと同時に全身の力が抜けてように崩れ落ちかけた。

 慌ててクロエ様を抱きかかえると、シーラ様とブレア様も寄ってきた。

「よく仰いましたわ、クロエ様」

「そうですわ。わたくしアヴァロンのゴルゴンゾーラ家直参貴族の矜持を見せていただきましたわ」

 感極まったように手を握る二人に対して、クロエ様はほぼ脱力して放心している。


「クロエ様立てますか?」

「ええ、ウィキンズ様有り難うございます」

 クロエ様は兄君のルカ様と違い大人しく臆病な性格だ。マルカムに言い返すだけでも相当の勇気を振り絞ったのだろう。

「だっ大丈夫です。一人で歩けます」

 俺の腕につかまって立ち上がったクロエ様は未だ小刻みに震えている。

 シーラ様とブレア様に手を取られ歩き始めたクロエ様のを貴族寮まで送って、俺とウォーレンは騎士宿舎に帰った。

 明日からはしばらくクロエ様の周辺に気を配った方が良いのだろうなあ。


 ◇◇◆

 シーラは以前からクロエに絡んでくるマルカム・ライオルが気になっていた。

 クロエからウィキンズ様に遺恨が有る上、兄君のルカ様とも対立している為だと聞かされていたが、どうもそれだけでは終わらないように思えてならなかった。

 寮に戻ると直ぐに部屋付きのメイドに命じてお茶会の後始末に残っているカミユ・カンタル子爵令嬢に一報を入れておいた。


 お茶会の会場ではカミユ付きの三人のメイドがテーブルの片付けに動いていた。

 ブリー州はここ数年、木工業の生産拠点として非常に景気が良い。カンタル子爵領もその例にもれず木工業とハウザー王国との貿易で栄えていた。

 カミユ付きのメイド達もゴッダードのセイラカフェから斡旋して貰った娘たちだ。

 年齢も近く護衛もこなせるメイド達は、ブリー州の領主の間でも人気で特に若い婦女子の部屋付きメイドに多く雇われている。

 王立学校や予科でもブリー州の貴族令嬢は必ずと言って良いほどセイラカフェのメイドをつけている。

 そのメイドのネットワークを通じての情報網も侮れない。

 メイドとしては忠実で誠実ではあるが、多分その情報はセイラ・ライトスミスには筒抜けなのだろう。ライトスミス商会と対立しない限るは問題ないのだろうが。


 その情報網の一端であるシーラのメイドが駆け込んできた。そのメイドがもたらした報告は予想外の物だった。

「ふざけていますわねえ。王立学校の敷地内で、それも複数の女生徒の、それも貴族令嬢に対して」

 思わず怒りの言葉が口を突いて出てくる。


 クロエとは予科からの付き合いだった。

 伯母に当たるゴーダー子爵夫人からも頼まれていたのだが、気弱で大人しい彼女は妹のような存在である。

 それでも王立学校に入学してウィキンズにかかわり始めてからは、かなり積極的になり前向きに動き出したと思っている。

 傍目に見て微笑ましいほどにウィキンズに好意を寄せているのが分かる。ウィキンズなら彼女の兄の直属の部下だし、ゴーダー子爵家の推薦で入学した実力者なので彼女の相手にはうってつけだと思って応援していたのだけれど、どうもライトスミス家が送り込んできたように思える。


 入学前にライオル伯爵家と悶着を起こしたのも意図が有ってのことかもしれない。以前からライオル伯爵家とカマンベール男爵家は確執があるようで、クロエが色々と嫌がらせや嫌味の対象にされていたのは知っていた。

 ライトスミス商会を立ち上げたレイラ・ライトスミスはカマンベール男爵家の出身だ。

 それを考えればクロエの保護とライオル伯爵家への牽制の為にウィキンズを送り込んだのではないかと考えられる。


 その上ここにきてマルカム・ライオルのあの発言だ。何やらきな臭い動きが感じられるではないか。

 出来ればライトスミス家に介入して貰いたい。

 …ならばメイド達に情報を流して介入して貰えるように誘導するほかない。

 カミユも意を決して介入する事に気持ちを固めた。

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