第95話 アントルメ&フルーツ
【1】
「正気か! 父上!」
「もう父ではない。養子縁組は今解消した!」
ポワトー大司祭はそう言うなり自分の席にへたり込んでしまった。
「ふざけるな! 枢機卿の余命も定かでないこの時期に俺を廃嫡してポワトー伯爵家が持ちこたえられると思っているのか!」
「それは言葉が過ぎるのではないか。父上、カールが廃嫡の後はこのベンジャミンにお任せください」
「ベンジャミン様あなたこそ何を仰っているのです。我が夫ノア様は長男ですよ。ご実家の家格も子爵家であなたよりは上。ノア様が継ぐことは必然でしょう」
三人のやり取りによって会場内は、それに加わろうとする人々の怒号に包まれた。
ベンジャミンとノアの実家の関係者やサン・ピエール侯爵家に連なる関係者、それにカールについて甘い汁を吸おうと企んでいた者達が一斉に口を開きだしたのだ。
もう私やジャンヌはおろかヨアンナやファナ達の眼も気にせず骨肉の争いを繰り広げている。
しばらくその喧騒を聞いていたカロリーヌの母がツイと立ち上がりテーブルの上に有ったベルを大きく振り鳴らした。
全員の声が止まり視線がが注がれる。
「デザートを
さすがの貫禄である。
ポワトー大司祭など比べるべくもない。
皆の席にフルーツソースが掛けられて切り分けられた
「カール! お座りなさい。無作法ですよ」
憤然とした顔で立っていたカール・ポワトーが腹立たしそうに椅子に座る。
カロリーヌの膝の上で怯えていたレオンは運ばれてきたフルーツと甘いお
「アナタ、申したい事はこれだけでは無いのでしょう。さあ、お続けくださいませ。肝心な事は未だ何一つ聞いておりません。廃嫡の理由も含めて」
「ああ、いや。ワシは体調が優れん。誰か‥」
「何を仰りたいのかわかりませんが、腹をお括りなさい。枢機卿様がご闘病中の今、あなたが当主なのですからね」
ポワトー大司祭は紙よりも白い顔でフラフラと立ち上がった。
「跡継ぎについては今から指名する。これは決定だ。覆る事は無い。ワシの後継は四男のレオンに託す…」
「バカな!」
「何を考えておられる! レオンは未だ六歳ですぞ」
「父上は狂われた! 正気の沙汰ではない!」
「その様な事、通る訳がない」
「お静まりなさい! 当主の決定です! 未だ話は終わっておりません!」
カロリーヌの母の声が響き渡る。
「皆の申す通りレオンは未だ六歳だ。よって成人の儀を終わるのを待って大司祭の座を継がせる事とする」
会場にいくらか安堵のつぶやきが響いた。後見人が必要な事に皆気付いたのだろう。
「レオンの後見はカロリーヌとし、伯爵の爵位は三月のカロリーヌの誕生日を持って移譲する。四月からはポワトー伯爵家の当主はカロリーヌ・ポワトーとする」
「貴様! カロリーヌ、謀ったな! 俺を陥れたな」
カール・ポワトーが顔色を変えて怒鳴り散らした。
「こんな事が通ると思っているのか! ただでは済まさんぞ! 俺を虚仮にしやがって、絶対に許さんぞ」
「兄上、いえカール様。もう廃嫡されポワトー家と縁のないあなたに何が出来るのですか? 教導騎士団で一介の騎士団の小隊長でしかないあなたに着いて来るものが居るのですか? あなたが従卒にした仕打ちは、今日のあなたの発言で全て知れ渡ってしまいましたよ。無駄に散在してお金も無いでしょう。教導騎士団の寮と小隊長の地位意外あなたには無いのですよ」
カロリーヌの言葉にカールの顔は怒りが過ぎてどんどん血の気が引いて行く。
テーブルを力一杯両手で殴りつけると、悪鬼のような形相でカロリーヌを睨みつけて腰を下した。
「しかしこんな事は認められん。せめて後見人は、伯爵位はこの俺が継ぐのが妥当だ。女が伯爵などと次男の俺を差し置いて有り得ない」
「ベンジャミンお兄様。あなたは聖職者で司祭となられております。生涯不犯の聖職者の誓いを立てられて婚姻も不可能。血族を継ぐ事は出来ませんよ。そんな方に伯爵位を継がせる事が出来るでしょうか。ですから私が継ぐのです。私が養子を迎えて次世代の大司祭の血脈を繋いで参りましょう」
「そっ…そうだ。しかし長男の私も居るのだ。爵位はともかく後見人は私に任せるべきではないのだろうか。カロリーヌでは聖職者としての教育は出来ないではないか」
「それならばご安心ください。このジャンヌ・スティルトンが責任をもってレオン様を大司祭に相応しい方になる様にお導き致します。今、グレンフォード大聖堂には治癒魔法を学ぶ治癒修道者の学び舎が出来つつあります。洗礼を受けたなら直ぐにでも学ぶ事が出来ます」
「ポワトー大司祭様、清貧派に寝返るおつもりか? グレンフォードは清貧派の牙城ではないか」
「サン・ピエール侯爵様、宜しいのですか? 教導派の貴族が黙っておりませんぞ」
「なあ、皆様に問いたい。ここに集っておる者は子爵位以下の家系の者が殆んどであろう。我がサン・ピエール侯爵家は清貧派におもねる心算も無いが、かと言って教導派に義理がある訳でも無い。王家やその一党に逆らう気も無いが舐められるのは良しと思わん。このままポワトー大司祭が教導派に留まってポワトー伯爵家に良い芽は有るのか」
不満を口にしていた人々はおし黙ってしまった。
「少なくともポワトー枢機卿がご存命の間はしのげるはずですよ。もしジャンヌさんの言葉が気に入らないと言うならば、私もポワトー伯爵家から手を引かせていただきます」
私の言葉にカロリーヌが驚いたように立ち上がり口を開く。
「お待ち下さい、光の聖女様。どうかお見捨てにならず闇の聖女様共々このポワトー伯爵家をお守りください。私が命に代えて皆を説き伏せます。私に免じてどうかお願い致します」
そう言って両手を合わせるカロリーヌの頬に涙の雫が伝う。
役者じゃないかカロリーヌ・ポワトー! 先程フィンガーボールに付けた指を目尻にあてていたが芸が細かい。
「そうですわね。他の誰かなら分かりませんがカロリーヌ様の誠実さは同級生として良く存じ上げております。誰あろうカロリーヌ様の言葉です。信じます」
その点ジャンヌはセリフ棒読みだ。別に私たちはカロリーヌと親しかったわけでも無いから感情が入らないのだろう。
ジャンヌは真面目な分嘘が付けないので仕方ないか。
「カロリーヌ様、南部が遠いとお思いなら北部のカンボゾーラ領でもグレンフォードの治癒院と提携して治癒修道者の学び舎を計画しております。それに天文・幾何・数学の新しい理論を学ぶ、聖教会付属の学問所が有るのです。洗礼式後の数年はこちらで学ばれても良いのではないでしょうか。それにカロリーヌ様の誠実さが有ればヨアンナ様にもファナ様にもきっと協力していただけますわ」
「ヨアンナ様、兄が、カール・ポワトーがご迷惑をお掛け致し申し訳ございません。もし怪我を負われた方が有ればポワトー伯爵家が援助いたします。特にケイン・シェーブル様とテレーズ様の件については心苦しく思っております」
「良いのよ、カロリーヌ様。あなたの誠意は十分伝わっているかしら。これから先レオン様と貴女の後ろにはゴルゴンゾーラ公爵家も居ると言う事をお示しになる事が肝要かしら」
「ファナ様。ロックフォール侯爵家の方にもご迷惑をお掛けしております。兄のカール・ポワトーが引き起こした事故の補償はこのポワトー伯爵家が責任を持っていたします。事故の詳細も審らかにしてその罪は償わせます」
「もうカールと言う男はポワトー伯爵家の人間ではないのだわ。後は衛士隊が対処するのだから貴女が気に病むことは無いのだわ。でもあなたの言葉を信じて全て任せるのだわ」
「有り難いお言葉ですわ。その保障については母方の実家としてこのサン・ピエール侯爵も対処しよう」
「それならばその結果を見てロックフォール侯爵家もレオン様の後ろ盾として名を連ねる事にするのだわ」
「皆様、よく聞いて下さるかしら。これよりカロリーヌ・ポワトー
ヨアンナの言葉が全てを締めくくった。
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