第5話 オスカーの思い
【1】
“最近、娘のセイラの様子がおかしい“とオスカーは思案していた。
これまでは近所の悪ガキどもを引き連れて、騎士道戦士ゴッコとか言って棒を振り回していたが、今は同年代や年下のガキを集めて学校ゴッコを始めている。
はじめは、悪ガキ達と三目並べをやっていた。あれはやり方を覚えれば千日手しかない、引き分けゲームだ。
それがいつの間にか、材木置き場の空き地いっぱいにマス目が書かれて、五目並べとかいう遊びを始めていた。
セイラより二つ三つ上の数人が、毎日セイラに挑戦しに来るようになった。
挙げ句、売り物の板にタールを塗り付けて黒い板を作って、ロウ石で〇×を描いて五目並べをするようになった。
売り物を台無しにしやがってと、一発ぶん殴って叱ってみたが、なかなかどうしてこの板は使い勝手がよさそうだと思い直した。
セイラが父ちゃんも使ってみろというので、作業工房に置いてみると、石盤より大きくて見やすい。
少し褒めてやると調子に乗ってロウ石を数本かっぱらって逃げて行った。
この頃までは突飛な行動が増えたなあ程度だったのだが…。
その後もロウ石を強請るが、仕事で使うロウ石はタダじゃない。
追い払うと、数日してチョークとか言って変な白い棒を作ってきた。
なんでも、つぶした卵の殻と小麦粉を混ぜて作ったという白い棒でロウ石より軽く字をかけた。
その上黒板は表面が滑るのと色が乗りにくいと言ったら、塗料を変えてみろと言われた。
仕事の片手間に若い職人見習いに研究させることにすると、セイラと何やら相談して煤の顔料に砥の粉を混ぜて、黒い塗料を作って来た。
早速、何枚も破板を組み合わせてデカイ一枚板を作り、新しい塗料で黒板を作ってみた。
使ってみるとチョークの乗りも良く、色もはっきり見える。
作業工房の北の壁に掲げて、使うことにした。
得意満面で職人たちに講釈を垂れるセイラの頭を一つ小突いて、工房のより二回り小さい足つきの黒板をくれてやる。チョークと黒板の褒美としてだ。
セイラが大喜びで持って行ったその黒板は今、材木置き場の納屋の庇に立てかけられて、学校ゴッコに使われている。
五目並べに挑戦しに来ていた年上の子供たちが先生役で、年下の子供に字の書き方や足し算・引き算を教えている。
教えるのは基本文字や一桁の足し算引き算だけだけれどもなかなか堂に行ったもので、オスカーは去年からメイド見習いで奉公に来たグリンダを昼過ぎの二時間ばかりいっしょに遊ばせることにした。
セイラの身の周りの手伝いをさせるために雇ったのだから、早いうちからセイラに慣れさせておくほうが良いだろうと考えたのだ。セイラのそばで仕事をするようになるなら、読み書きと算術は絶対必要になりそうだからな、多分。
【2】
「面白そうなものを使っているじゃないか」
黒板を見てそう言ったのは取引相手の材木商だった。
「石盤よりもずっとデカイから見やすいし、描きやすいぞ」
オスカーが答えるとセイラが突然口を挟んできた。
「おっちゃん、新しく作ったチョークも試してみてよ。描きやすいよ」
オスカーが驚いて振り返るがセイラはお構いなしに話し続ける。
「おっちゃん、父ちゃんの作った黒板とチョーク試しに買ってみないか? 小っちゃいやつでも良いからさあ。使い捨ての木札より何度でもかける黒板の方がお得だよ」
「板に塗料を塗っただけだろうが、うちでもできるぜ」
「まあチョークだけでも良いけどさあ。試しに小っちゃい黒板を買って比べてみなよ。父ちゃんの黒板との違いが判るわ」
セイラはそう言うと木札に黒板塗料を塗った小さな黒板とチョークを二本、材木商の手に押し付けた。
「ほら、今なら銀貨二枚でチョーク二本のオマケ付きだよ」
「嬢ちゃん、なかなか商売上手じゃないか。それじゃあ追加でチョークも貰おう。一本いくらだい」
「一本銅貨十枚。一ダースなら銀貨一枚にオマケするよ」
「わかったよ。銀貨三枚で黒板とチョーク十四本だ」
「銀貨一枚でチョーク入れの木箱もいかがかしら」
「ワハハハ、オスカー。お前引退して娘さんに店を任せな。お前よりずっと商売上手だぜ」
材木商は機嫌よく、チョーク箱も一緒に買っていった。
「おいセイラ、お前いつの間にそんなもの用意したんだ」
不審に感じオスカーが問う。
「小っちゃい黒板は、要らなくなった木札に黒板塗料を塗っただけだよ。木箱は前から売ってたヤツだし。チョークを箱の大きさに合わせて作ればチョーク箱だよ」
「しかし、チョーク一本で銅貨十枚はふっかけ過ぎだろう」
「作り方は私しか知らないし、うちでしか買えないんだからね。それよりも父ちゃん、大きさの違う黒板を何枚か用意しておいた方が良いよ。小っちゃい黒板を買ったお客は、そのうち大きいのも買いに来るよ。黒板塗料もうちの特別性だからね」
今ではセイラがタールを塗って初めに造った黒板も、塗料を塗りなおして店の入り口に立てられている。
どこの客にどんな家具を作ったとか、新しい家具のデザインをしたとか、毎日違った宣伝文句が書かれているのだ。家具の値札も黒板に書き並べてある。
オーダーメイドの料金も黒板に書いて帳場にぶら下げられた。
セイラが作った五枚程の小っちゃい黒板は興味を持った客たちによって数日で売れてしまい、その頃には新しい黒板のオーダーが次々と入り始めた。
オスカーとしては普段の言動も思い付きの奇抜さもその行動力も今まで通りのセイラだと感じるのだが、どこか違和感が有った。
洗礼式以降セイラの何かが変わったように感じるのだ。光の聖属性の顕現がそうさせたのだろうか。
セイラが瞬く間に大人びてしまった。
それでもオスカーは思う、この異才が属性によるものならセイラのこれからの人生に少しでも助けになるようにと。
そして親としてその能力を伸ばしてやろうと決めた。
【3】
黒板販売は、滑り出しは上々だと思う。
今は黒板が利益を出しているが、この町に行き渡ればすぐに頭打ちになる。真似する奴らもすぐに出てくるだろう。
黒板塗料なんて簡単にまねできるからだ。
ただしチョークは別だ。
消耗品だし、製法はセイラが隠している。
オスカーとしても親にも製法を明かさないセイラの慎重さには恐れ入る。
しかし商売として成り立たせるとなると話は違ってくる。何より材料の確保と量産体制の構築が課題である。黒板を売ったからには、チョーク供給の責任も出てくる。
今後のチョークの供給方法を思案しているとセイラがやってきた。
「父ちゃん、天秤をくれ。小さいので良いから。それと石臼もくれ。それから私に金貨一枚貸してくれ」
「どういうことだ」
「チョークはこれからもたくさん売れる。だから近所のチビ達に仕事をさせる。町中を回って卵の殻を集めさせて、石臼でつぶして粉にさせる。銅貨十枚分の重さの粉が銅貨一枚。半日働けば、チビ達の食べる堅パンを何枚か買える額になる」
物を作るのも、物を売るのも良い経験だと思って自由にやらせていたが、オスカーが考えている以上にセイラは何かを目論んでいるようだ。
「で、そのガキどもを俺に雇えとでも言うのか?」
「そうじゃないよ。私にチョークの製造をやらせてくれ。売るのは店の方でお願いしたい。売り上げの五分でどうだろう」
「ガキの儲けが一割で、俺が五分か? その上、臼も秤も俺に出せと。場所も貸せと言うんだろう」
「分かったよ、一割払う。でもチョーク作りにはほかにも原料がいるし、道具もいるし、子供達も雇うつもりだから、お金がいるんだ。ちゃんと帳簿もつける。お金は返す」
どうもセイラは、人を使うことも考えているようだ。
ならここでキッチリ商売を叩き込んでやろうとオスカーは考えた。
「雇う奴は決めてるのか?」
「うん、うちに集まってる子供たちで何人か目星をつけてる」
「金貨三枚まで貸してやる。一年間は無利子だ。二年目からは年利一割だ。三年以内に返せなかったら、この仕事は父ちゃんが引き継ぐ。代わりに借金は棒引きにしてやる」
「えーー。九歳の娘から利子を取るのかよう」
「バカ野郎! 早い子は八歳で借金抱えて丁稚奉公行くんだ。お前も商売をするつもりなら扱いは同じだよ」
「ブーー。それなら契約書を書くから紙とペンもくれ」
“流石は俺とレイラの娘だ、帳簿付けや契約の意味も解っているようだ”とオスカーは独り言ちた。
損が出そうになれば、オスカーが引き取って商売を続ければいい。
オスカーは、セイラがライトスミス木工所を継ぐための投資だと思って好きにやらせる事にした。
これまではセイラが近所のチビ達をお菓子で釣って集めさせていたけれど、いつまでも出来る訳ではない。
卵の殻が原料だと知れれば、それを先回りして抑えに来る奴も出てくるだろう。
大口の供給先は料理屋だろうが、棄てていた殻に金を要求する店も出てくるだろう。
面倒事になれば頃合いを見て、オスカーが仕事を引き取れば済む。
痛い目を見るのも経験のうちだと割り切って好きにやらせて見てもかまわない。
オスカーはお目付け役として若手のグレッグをつける事にした。
それに製法がどうなのかは知らないが、子供たちが搔き集めている卵の殻だけでは今売っているチョークの量には全然足りないはずなのだ。
セイラは何かで嵩増しをしていると踏んでいるのだが、それが他の誰かにばれない様に目を光らせておく必要があるからメイド見習のグリンダにも監視させることにした。
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