第71話 王妃殿下のお茶会
【1】
私とエマ姉はジョン殿下を通して王妃殿下へ極秘裏に面会の要請を行った。
本来、一子爵家の令嬢でしかない私や平民の商家の娘のエマ姉が面会など申請しても、極秘裏では会う事はかなわないのだが申請から三日後には離宮でのお茶会の招待状が来た。
ラスカル西部航路組合の責任者とシュナイダー商店の代表と言う肩書は王妃殿下のお茶会に通用する力を持ちつつあるのだ。
ただ一点。
禁止されたのがアドルフィーネとウルヴァの離宮への立ち入りだ。
王妃殿下に嫌悪感が有る訳でも無いのだが、好きになれない理由がこう言う教導派の思想を体現したような所なのだ。
仕方が無いのでカロリーヌからミシェルとルイーズをアドルフィーネとウルヴァにチェンジして貰った。
私とエマ姉が離宮に向かうとサーヴァントに案内されて会場へと案内された。
離宮と言っても大地主の農地ほどもある庭園の真ん中にカンボゾーラ子爵家の領主城ほどもある城が鎮座しているのだ。
その南向きの庭に面した一角に幾つかのテーブルが設えて有り、そこがお茶会の会場のようだ。
お茶会場には東部の上級貴族婦人や令嬢達が十数人招待されており、私たちはその中に紛れ込んだ異物のようだ。
誰もあからさまに口は開かないが、珍獣を見る様な表情で何やらコソコソと呟き合っている。
「何でしょう。南部のネズミが紛れ込んでいるようですわね」
「ほうとうに。あれは下水からいくらでも湧いて出て厄介者ですわ」
その陰口にムッとしている私にエマ姉がニコニコと微笑んで小声で言う。
「ほらセイラちゃん。どの顔もお金だと思えば、あの声も金貨の音に聞こえて来るわ」
エマ姉はそう言うが、私は多分狭量なのだろうがそこまで達観できない。
何よりドレスの様式が違うから目立つのだろう。私たちは王立学校の清貧派風の装いでやってきたからだ。
「御覧なさいな、あのおかしな格好。ペチコートも付けていないようですわ」
「本当に最近の若い者はコルセットも厭うようではありませんか」
そう言うご婦人は鉄製のコルセットを付けているようでガチャガチャと音を立てている。
完全にファッションというよりは鎧である。絞めつけ過ぎるコルセットは流産や虚弱児の出産の原因になると言うのに。
「ほらあの二人のようにコルセットもつけずあんないい加減な服装で…」
そう言いかけたご婦人が私たちのベストに気づいたようだ。
「あっ…あれはもしかすると。もしかするとあの最近噂になっている…」
その言葉で貴婦人や令嬢たちの目つきが変わった。
私たちは菊の文様が染められた絹地の(当然見えている前面だけの)ベストを着ているのだ。
貴婦人や令嬢たちは幾つかのグループに分かれて全員がこちらをチラ見しながら何やら囁き合っているが、こちらに話しかける切っ掛けが掴めずお互いに牽制しあいながら時間が流れる。
そんな視線にさらられながらエマ姉がローストビーフの乗ったオープンサンドを頬張っている横で、私は所在なげに突っ立ているだけだ。
この空気は結構辛いものが有る。
【2】
「王妃殿下の御来場である!」
侍従と思われる男性が声を高らかに宣言すると離宮のバルコニーに続く回廊のドアが開いた。
にこやかに微笑みながら王妃殿下がジョン王子殿下を従えて入場してくる。
「皆息災の様で大変喜ばしい。本日はわたくしの宴に参じてくれて嬉しく思うぞ」
王妃殿下の挨拶に全員が恭しくカーテシーで応える。
そしてそう後ろに控えるジョン王子殿下は、忌々しそうに眉を顰めて私たちを睨む。
高位貴族の貴婦人から順に王妃殿下に挨拶に回る。
ジョン王子殿下はすぐに王妃殿下の元を離れ会場のテーブルに向かって歩き出した。
貴族令嬢たちが色めき立ってジョン王子に話しかけようとするが、お互いに牽制し合って声をかけられない。
その隙を突くようにジョン王子は大股でスタスタと私のたちの下に歩み寄るとこちらをジロリと睨んだ。
「セイラ・カンボゾーラ! 其の方の申し出通り母上に取り次いだら俺まで引っ張り出される羽目になってしまったでは無いか! 其方の為に詰まらぬ雑事が増えてしまったわ」
「それは仕方の無い事だわ。殿下は西部航路組合の代表様ですよ。責任者のセイラちゃんにはお目付け役が必要なのですもの」
「ふざけるなよ。そんな暴れ牛の鼻輪など引ける訳無かろう。それこそ其の方の役目だろうが」
「まっぴらだわ。セイラちゃんの面倒まで見ていては儲けがフイになってしまうもの」
こいつら人の事をババ抜きのジョーカーみたいに扱いやがって。
「いったい何者でしょう? ジョン王子殿下に馴れ馴れしく」
「高位貴族では御座いませんわね。どこかの下級貴族か平民みたいなものかしら」
「どちらにしろ不遜では有りませんかあの態度は」
高位貴族令嬢たちの嫉妬と憎悪と好奇心の入り混じった視線に晒され続けているのだけれど、この二人は気にもならないのだろうか?
「ジョン王子殿下、このお二人はどういう方なのでしょうか?」
「何やら珍しい装いをされている様なのですが」
「一体あの方たちのお召し物は何なのでしょう?」
一人がジョン王子に声をかけた途端に周りの令嬢たちが一斉に集まり質問攻めを始めた。
本人が目の前にいるのだから私たちに聞けば良い物を、何故ジョン王子に聞く?
「まあ待て。順に応えてやる。こ奴ら二人は俺の王立学校のクラスメイトだ。そしてこ奴らが来ている服は、あの聖女ジャンヌが自ら発案して貧しい者にも富める者にも一様に着られるようにとの祈りの込められたデザインの服でな。王立学校の女子の間では大流行しておるのだ。聖女ジャンヌの才気はそれこそ山の様に気高く‥…」
私たちの説明がいつの間にかジャンヌの賛辞に変わってしまっている。
話し出したジョン王子を止める訳にも行かず、聞いた手前逃げる訳にも行かない令嬢たちを尻目に私たちは王妃殿下の下へと向かう。
ちょうど貴婦人方の挨拶が終わり、王妃殿下がこちらを向いて私たちを見ている。
挨拶に来いという事だろう。
「よくぞ参った。セイラ・カンボゾーラ、エマ・シュナイダー」
「王妃殿下様、この度はお招きに預かり有難う御座います。ましてや下賤な私どもにお声までかけて頂き恐悦で御座います」
代表して私が挨拶を返す。
「皆も聞いてたもれ。この二人は王立学校の二年Aクラスに在籍する生徒である。そしてこのセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢は光の聖女であり、我が息子ジョン・ラップランドが設立したるラスカル西部航路組合の代表を務めておる」
そう言って辺りを見回した。
招待された貴婦人や令嬢たちはけげんな表情が抜けきらない。未だピンと来ていないようだ。
「ならばこう言えば解るであろう。新年に行われたわたくしのオークションで、白磁を輸入して出品したのがこの者だ」
その言葉で会場中が驚愕と嘆息に包まれた。私を値踏みする容赦ない視線が全身に刺さる。
「続いてこちらの娘じゃ。エマ・シュナイダーと申す平民の娘でシュナイダー商店の代表者じゃ。この娘の装いを見れば分かるであろう。今話題の絹織物を一手に扱っておる服飾商会の代表じゃ!」
今度こそ会場全体が騒然とした雰囲気に包まれた。
エマ姉は優雅に王妃殿下にカーテシーをすると、会場の参加者に向かってさらにカーテシーをして口を開く。
「王妃殿下よりご紹介いただきましたエマ・シュナイダーと申します。これからも良しなによろしく申し上げます」
たぶんエマ姉にはここに居並ぶ貴婦人の顔が金貨の塊に見えているのだろう。
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