一年 冬休み

第27話 カンボゾーラ子爵領

【1】

 私はロレインとクロエと共に馬車の中にいた。

 お互い隣り合った領地なので同じ馬車に同乗して帰省する事にしたのだ。

 ロレインは予科の頃はアントワネット・シェブリやアレックス・ライオルの馬車に同乗したくなくてミモレット子爵令嬢に便乗して中央街道の西部のアルゴイ州とリール州の境迄来て、そこからは乗合馬車に乗って帰っていたという。

 そういう事も有ってミモレット子爵令嬢には頭が上がらなかったのだろう。


 クロエはカンタル子爵令嬢と同乗して送り届けて貰っていたそうだ。

 カンタル子爵令嬢は姉御肌で下級貴族寮では私たちにもよくしてくれるリーダー的な人だ。

 今回クロエは私たちと帰るので北部周りになる為別行動をとったという。

 モルビエ子爵領を経由しロレインを降ろしたのち、私とクロエはカマンベール子爵領の領城に到着した。


【2】

 昔この辺りで戦争があった頃の城塞都市跡にライオル家が領主館を建てたので掘割と城壁は無骨だが立派な物だ。

 領主館は無駄に大きく使い勝手が悪そうだ。玄関と外装は派手だが何か安っぽく趣味が悪い。


 今は右翼だけを領主館として使い、左翼は使用人宿舎として使用している。使用人も1/3に減らされた。

 城壁に沿って建てられた使用人住宅と言う粗末な掘立小屋に押し込められていた使用人たちの残りは、殆んどが新設されたライトスミス商会に雇われて一から教育を受けている。

 家臣団も再編成して主だった上位の家臣たちはライオル家に追従して私腹を肥やしていたものが多く大半が放逐された。


 今カンボゾーラ子爵領館の主だったものはクオーネやゴッダードから来た者に代わって新たに動き出している。

 私たちの馬車が着くとその主だった者一同がエントランスに勢揃いしてお出迎えされた。

「皆様私たちが居ない間にしっかりと修行は出来ましたか?」

「ご挨拶はしっかりできている様で安心いたしました」

「「「「「はい!」」」」」

 私たちより先に降りたアドルフィーネとナデタがいきなり使用人達を仕切出した。

 私とクロエは皆のお出迎えの中領館内に入って行った。


 応接室に入るとフィリップとルーシーの子爵夫妻と驚いた事にカマンベール子爵とルークとメリル夫妻も一緒に居た。

「お爺様もうお身体は大丈夫ですの? お父様もお母様も領内は大丈夫でしたの? 私…ずっと王都で何も出来ず…本当に…」

 泣き出すクロエの肩を三人が抱き寄せる。

「ろくに連絡が出来ずお前には心配をかけてしまったね。辛かっただろう」

「ジャンヌ様とカンボゾーラ家の皆のおかげでもう何も心配する事は無くなったんだ。わしも以前よりずっと元気になった。あと百年は生きられるわい」

「そんな事になれば次期子爵は俺の孫の代になっちまうな」


 そんなカマンベール子爵家の様子を見ながら私はフィリップとルーシーに挨拶をする。

「父上様、母上様。只今戻りました。それで領内の様子はどうなのでしょうか」

「本当にお前はいきなり通常運転だなあ。まあ今のところは順調だ。そもそも以前が悪すぎたからな」

「領民や使用人や下級の家臣たちには歓迎されていますわ。聖教会の一部や在野の有力者や…それと放逐された者達の関係者。このままでは収まらないでしょうね」

 私はホウッとため息をつく。


 今のカンボゾーラ子爵領は麦の収穫量は低くこれと言った特産品も無い。

 更に今回の麻疹禍で働き手を失った農地は荒れ果てている。ライオル家が追い出した領民も多くは豊かなカマンベール領に残る者も多く、帰還した農民は半分に満たない。

 今年はシェブリ伯爵家や聖教会から獲得した補償金で村々の税を免除をしたが、それでも辛うじて冬を越す事が出来る程度で次年度からの税収もさほど見込めない。

 フィリップとルーシーは混合農業を進めるべく三圃法の導入準備を進めているが、その結果が出るのは数年後だ。

 更にそこから混合農業に移行するには家畜の購入も必要になって来る。

 カマンベール子爵領の様に牧羊が盛んでは無いので一から家畜を購入する必要がある。


 救いは一昨年ライオル伯爵が導入した織機工房だ。

 工房を再編成してアヴァロン商事の傘下に組み込んで、ライトスミス商会を通して綿糸を大量に購入して細々と綿布の生産を始めた。

 この冬の収入元として仕事にあぶれた農民たちを雇い稼働し始めている。

 しかしその為利権を取り上げられた一部の有力者や資産家が騒ぎ立てている。それに混合農業導入の為の土地の再編も進めているのだが地主たちが反発していると言う。


【3】

「どれも厄介ですね。でっ、手を打ってはいるのでしょう儀父上様」

「まあな。しかしこればかりは奴らがどう動くか次第だからな。お前にもそのうち手を借りる事になるぞ」

「大丈夫ですよ。フィリップはもう! 今では各村々の聖教会で聖教会教室と工房が出来つつあるのですよ。小作農家の人たちも教育が進んで織機工房で働けて喜んでいる村も有るし、特に学問所は他領から学びに来る人たちが大勢いて…」

 織機工房や綿糸の流通に係わる事で小作農民が苛酷な生活から解放されて喜んでいるらしい。

 それにニワンゴ筆頭司祭に学ぶために他領から噂を聞いた学徒が続々とやってきている上にアナ副司祭(聖導女から昇格したのです)から治癒術を学びに見習い修道者たちもやってきていると言う。


 ニワンゴ司祭は今人が居なくなった使用人寮と言う掘立小屋に住んでいる。

 筆頭司祭が使用人寮に住んでいるのだから副司祭や聖導女たちもそれに倣う。領主城内にある立派な聖教会は治癒院と高等学問所と言う名前で解放されている。

 もちろんその学生や治癒術士見習いも掘立小屋暮らしだ。

「いくら言ってもニワンゴもアナも聖教会の部屋に入らないんだ。筋金入りの清貧派だな。しかしさすがに外聞が悪いんでな、今使用人宿舎の修復と改造の真っ最中なんだがな」

 少なくとも城内は完全に清貧派の牙城に塗り替わっていた。


「ただロワールの教導派からの当たりがキツイのよ。ここの聖教会はみんな身分が低いので見下されて強引に教導派の聖職者を押し付けようとしてくるのよ」

「でもカタリナとキャサリンは北部の子爵家と伯爵家の縁者じゃなかったかしら」

「ああ、カタリナは子爵令嬢、キャサリンも庶子ながら伯爵家の娘だがどちらの実家も教導派のガチガチでな。キャサリンは母親も死んで厄介者扱いだったそうでな。実家に罵詈雑言書き連ねた手紙を出して絶縁された。カタリナに至っては話し合いに来た子爵に顔面パンチを食らわせて追い返しちまった。こちらももちろん絶縁されたよ。だから二人は苗字は無しだ」

「修道女なのになんて過激なの。ニワンゴ司祭もアナ司祭も大人しい方なのに誰の影響かしら」

「それはお前が言うセリフじゃねえな」


「まあそう言う訳で他領からの横やりも激しくなっているのよ。お父様とお兄様夫妻が見えているのもクロエを迎えに来ただけでは無いの」

「シェブリ伯爵家から色々とな…。厄介事を持ち込まれてきているんだ。それで相談もかねてこちらに来てもらった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る