閑話3 聖女の王立学校(2)

 ◆◆◆

 新学年が始まってひと月の間に色々とイベントは発生しているようだが、ジャンヌの知っている内容とは明らかにその結果が違っていた。


 ジョバンニ・ペスカトーレはセイラ・カンボゾーラの気を引くために彼女のポシェットを取り上げようとして、頬を叩かれるはずが鳩尾に鋭いパンチを叩きこまれ胃液を吐きながら床をのたうち回る事に成った。

 更にその脇腹に蹴りを入れようとするセイラをアイザックとゴッドフリートが引きはがし、ジャンヌは止む無くジョバンニに風魔法で横隔膜と呼吸の治癒を施す羽目になった。

 その横でユリシアとクラウディアの両伯爵令嬢とセイラとエマのペアが掴み合いのケンカをしていた。


 数学の理論ではいつもセイラとジョン・ラップランドが対立し口論となる。

 本来はお互いが切磋琢磨しあって好感度を上げて行くはずなのだが、お互いに譲らないのでいつも収まりがつかない。

 仕方なくジャンヌが間に入って宥める役回りになってしまった。


 イアン・フラミンゴはいつもセイラでは無くエマに絡んで小銭を巻き上げられて、ヨハン・シュトレーゼはエマに小バカにされつつ涙目で反論している姿しか目に入らない。

 結局この二人もジャンヌがエマの友人として謝罪したり宥めたりと事後のケアに奔走する事になってしまった。


 ◆◆◆◆◆◆

 結局セイラ・カンボゾーラの恋愛関係については大きな進展も無く、二カ月を迎えようとしていた。

 ジャンヌはどこかに事情を察しているイレギュラーな存在がいるはずだと疑っている。

 ストーリーの進展を妨害している人間が絶対にいるはずだと思うのだが、該当者が多すぎて判らないのだ。

 ハッピーエンドを目指す事が目的のこの世界で積極的にルートを進めないヒロインや男子たちは先ず外すとして、破滅回避のために動くのであればヨアンナ・ゴルゴンゾーラかファナ・ロックフォールの周辺だろうとあたりを付けた。

 ヨアンナやファナにそれとなく話を振ってみたが本人たちはどうも違うようだ。


 怪しいのはファナの料理番のカス? とか言うあだ名の男性だがファナが警戒して合わせて貰えない。そのうちに機会を見て探りを入れてみよう。

 それともクラス分け後に一度も登校して来ていないエドウィン・エドガーと言う謎の男子生徒かも知れない。

 そしてイレギュラーの大本命はエマ・シュナイダーだ。

 セイラ、ファナ、ヨアンナと平民でありながら親交が深く、イアンやヨハンとも面識が有る。


 そう考えて鎌をかけて見る事にした。会話の中にこの世界の人間なら知り得ない様な言葉をそれとなく入れてみるのだ。

 彼女の実家は服飾が専門だとか言っている。それならば…。

「エマさん。ご実家はやはり専門なのですか? などはなさらないのですか」

「お得チュール? それは何ですの? 猫のおやつ?」

「いえ、オートクチュールです。それぞれの方に合わせてデザインして仕立てる服で、プレタポルテは同じデザインの服をいくつかのサイズでたくさん作って売るんです」


「プレーンポテト?…って言うの? それなら一着のお値段を安く出来そうだわ」

「でも幾つもサイズを作ると合わない服は売れ残りになりますよ。それに同じデザインだと誰もが着る訳でも無いですし」

 エマの発言にリオニーがダメ出しをする。

「それはサイズを三種類か四種類に絞るんです。ほら、私とエマさんなら同じ服を着れるでしょう。極端に大きい人や小さい人は余り沢山いないのですよ。ほら、リオニーさんのメイド服だって誂えたわけでは無いのでしょ」

「…そうですよねえ。ジャンヌ様の仰る通りこのメイド服はサイズが四種類しかなくても皆調整して着ているし…。行けそうですね」


「貴族はともかくわたしたち平民寮の娘たちならきっと買うと思うわ。でもみんなが欲しがるデザインをどうするかだわ」

「きっとヨアンナ様やファナ様が着れば真似したがる娘も出てきますよ。それに下級貴族にはと言う方法も有りですし、材料の質を下げてを平民寮で売るのも有りかなと…」

「ジャンヌちゃん、それはどういう意味ですの?」

「えっ! ですからデザインだけ同じにして誂えるとか、基本デザインは同じにして襟や袖を変えるとか…そうですね、家具の飾り板みたいに。それからデザインは同じでも品質を落として価格を下げるとか…」

「エマさん、それやってみましょうよ。でも人気になりそうなデザインをどう選ぶかですねえ」

「それならばファッションショーとか…」


「「ファッションショー? それなに?」」

「ええっと…モデルになる人に色々な服を着て貰ってみんなの前でお披露目をするんですよ」

「それは良いですねえ。参加者に投票させればみんなの好みの傾向も見えてくるかもしれませんよ。ねえエマさんやりましょうよ」

「それにモデルをみんなからの人気の高い人にすればそれだけでも入場料を取れるわね。モデルさんの着た衣装は後でオークションをすればかなりの高値も望めるかも知れないわ」

 ジャンヌはここに至って別な方向で地雷を踏みぬいた事に気が付いてしまった。


「エマさん。良かったですねアピールの為にいろんな種類の服を持ってきて。私もライトスミス商会を通してシュナイダー商店の最新デザインのドレスをかき集めてきます」

「それならば手伝って貰える着付けが上手なメイドもお願いするわ。ジャンヌちゃんの部屋付きメイドって言う建前でもう一人誰か探してきてね。ネーミングセンス抜群のジャンヌちゃん発案の新販売方法としてチラシも手配してね」

「エマさん…あの、私は別にそんな」

「ジャンヌちゃん! ガンバロウ! 来月の初めには下級貴族寮でファッションショーよ」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 何でだろう? なんでこんな事になっているんだろう? ジャンヌは今自分が置かれている状況が理解の外にあり過ぎて混乱の極みに達していた。

「ジャンヌ様~。このお衣装も素敵ですぅ~。私、ジャンヌ様の部屋付きになれて良かったですぅ~」

 メイドのナデテに着付けをされながら表情を無くしたジャンヌがポツリと言った。

「なぜ? なぜ? こういうのってヨアンナ様やファナ様がするもんじゃないんですか? なんで私が…」

「だってわたしの持ってきたドレスが着れるのはジャンヌちゃんしかいないもの。ヨアンナ様やファナ様は私たちより背が高いし、セイラちゃんはチビだし…」

「チビって言うな! 少し背が低いだけじゃないの!」

「ねえエマ、私も冬至祭用のオートクチュールを一着たのもうかしら」

「それなら私もこの間手に入れたコットンのサテン生地でドレスを誂えるのだわ」


 平民が普段は入れない上級貴族寮やパーティースペースの無い平民寮での開催は無理なので、下級貴族寮のエントランスと食堂を使ったショーには平民はもちろんの事上級貴族も多数やってきて大盛況だった。

 お茶会室の一つを控室にしてジャンヌはリオニーとナデテにより着せ替え人形にされている。

 そして扉が開かれてアドルフィーネとナデタにエスコートされて会場に出て行くたびに大歓声が上がる。

 ジャンヌは虚ろな目に張り付けたような笑みを浮かべながら頭の中で”なんでこんな事に、なんでこんな事に”と言う思考がリフレインしていた。


「年末休暇は新しいドレスで過ごしましょう! 冬至祭の夜は王都の最新ファッションで! ご予算に応じてご相談を承りますよー!」

「そうですわぁ~! 今日の聖女ジャンヌ様の装いを冬至祭でもぉ~! 明日から平民寮のお茶室を借り切ってお見立て会と即売会を始めますぅ~」

「セミオーダーなら今から採寸でも帰省に間に合わせますわ。フルオーダーでも冬至祭に間に合うように発送いたしますわよー」

 リオニーとナデテとエマが口々に売り込みを始めている。

 女生徒たちは今日の服のイラストが描かれた銅板印刷のチラシに競うように群がっている。


 ショーの当日にジャンヌが着たドレスは人気投票を行われた後、エマとリオニーによってオークションにかけられた。

 そしてその大半を大貴族寮の男子生徒たちが落札していった事をジャンヌが知らなかった事はせめてもの救いであろう。

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