第28話 冬山の労働者(1)

【1】

 一休みして夕食後リビングに集まって歓談しつつ学校での状況を報告していた。

 特にクロエは一年以上帰省できないでいたので報告事項は盛りだくさんだ。

「よくぞ三年間Aクラスを維持したな。我が家の自慢だ」

「そんなお爺様。私なんて寮に籠って勉強以外にすることが無かっただけで…」

「それで以前から言っていた近衛の騎士様とはどうなんですか? 卒業式のエスコートはしていただけそうなの?」

 メリル・カマンベール夫人がクロエに悪戯そうな笑みを向ける。


「いやですわ、母上さま。私はそんな…。あの方はおもてになるし私など…」

 真っ赤になって口ごもるクロエにルーク・カマンベールが更に問い掛ける。

「ルカの部下だそうだな。平民出ながら三年間Aクラスを維持したんだろ」

「それだけではありませんわ! 去年も特待生に選ばれて、きっと今年も…」

 そう言いかけてクロエの顔が曇る。

「ただ…あの方は御主人のセイラ・ライトスミス様を守るために騎士になったそうで…。それがあの事件でセイラ・ライトスミス様が大変な怪我を負ったと聞いて落ち込んでいらっしゃるのです」


 一瞬、クロエ以外の全員の視線が私に注がれる。

「でも大丈夫ですわクロエ様。朴念…真面目な方の様ですしクロエ様を気にかけていらっしゃるようですわ。きっとセイラ・ライトスミス様もクロエ様相手なら祝福してくださいますわ」

「そっ…そうだな。セイラ殿がこう言っているのだから間違いなかろう」

「ええ、クロエ。うちのセイラはあの方と面識も有るしきっと間違いないわ」

「そうでしょうか? 私なんかでも大丈夫でしょうか」

 これは帰ったらウィキンズにワカラセてやらねば…

「ナデタ…ウィキンズにクロエお従姉様を泣かせたらモグって言っておいて」


【2】

「それでな。ここからは帰ってきた時に言っていたちょっと厄介な事案なんだが」

 フィリップの一言で部屋の空気が変わった。

 和やかな雰囲気が消し飛んでカマンベール子爵もルークも眉根に皺を寄せて苦い顔をする。

 フィリップが話を続ける。

「シェブリ伯爵領から派遣された作業員たちの一部が分水嶺の中腹に籠って下りてこない。ほら、運河を作る為にやってきた者たちの一部だ」

「父上。いったい何がどうなってそんな事に…」


「シェブリ伯爵家との契約では運河の工事費用として金貨千枚をシェブリ伯爵家が出して残りはわしらカマンベール子爵家とカンボゾーラ子爵家が折半と言う契約だった。工事作業員の手配や工事の官吏はそれぞれの判断でという事だったんだ…」

 カマンベール子爵が説明を引き継いだ。


 シェブリ伯爵家はカマンベール子爵家に工事業者や作業員の手配を申し出たのだそうだ。

 同じような要請はカンボゾーラ子爵家にも有ったが、フィリップがパブロやミゲルと諮ってハウザー王国での街道整備や船着き場の工事を請け負っていた技師たちを呼び寄せて株式組合を立ち上げアヴァロン商事の傘下に置いて領内の小作農家を大量に雇い入れたという。


 しかしカマンベール子爵家はこれと言った伝手が無かった事と、現状でも領内での人手が不足しており更に作業員を動員できるほどの余裕が無かった事でシェブリ伯爵家の要請を受け入れたのだ。

「工事についても色々とあったのだがな。フィリップ殿のご助力も有ってカンボゾーラ建設株式組合に一部入って貰ってどうにか進んでおるのだが…」

 カマンベール子爵が口ごもる。


「それでだ。シェブリ伯爵が派遣した作業員が安値で作業を請け負ったもので、気を良くした父上がシェブリ伯爵の山師の派遣を受け入れちまったんだ。そうしたら山師と作業員の一部が勝手に採掘を始めて…冬に入って雪が降り始めたんで運河工事の作業は一旦中断したんだが作業員たちは山の採掘場に籠っておりてこないんだ」

 それを引き取ってルークが説明する。


「運河の話は私も兄様からもセイラ様からも聞いていますが、何故運河建設の作業員が山に籠るなど? 意味がわかりません」

 クロエの言う疑問に私も同感だ。私も何が起こっているのか訳が分からない。

「ああ判り難い話だが契約の鉱山開発が待ちきれないようなんだ。シェブリ伯爵家は冬の間に採掘を進めたいと欲をかいた様だ。山師に紛れてシェブリ伯爵家の家臣団が混じっていたようだ。奴ら無理に作業員を連行して採掘坑を掘る作業をさせているんだ。しかもこの真冬に雪に埋もれた山の中でだぞ」

「作業員の管理をすべてシェブリ伯爵家側に任せてしまったのは私どもの落ち度です。工事の進捗とカンボゾーラ建設の工事管理に手を取られていたと言う事ですが言い訳にはなりませんね」

 メリルはそう言ってため息をついた。


 カマンベール子爵は今月の初めに初雪が降った時に一旦の工事中断を宣言したのだが、シェブリ伯爵領の作業員も帰省すると思っていた。しかし帰る様子が無かった事で不審に思い宿舎に赴くともう誰も住んでいなかった。

 ルークの弟ルシオが代表で採掘調査現場にむかいそこに作業員が収容されている事と春まで退去しない事を通達されて帰って来た。


 春になるとまた作業に復帰するという説明でルシオは納得して帰って来たのだが、それから十日ほどして四人の作業員が山から逃げて来たと言う。

 彼らを保護したカマンベール子爵家は作業員から聴取した採掘調査現場の現状を聞いて驚愕した。

 坑道をすでに掘り進めておりこのことは両家の同意を持ってと言う契約に対して違反になりかねない。


 しかしそれはたいした問題では無かった。

 何よりの問題は作業員の劣悪な環境であった。運河工事はカマンベール子爵家が用意した宿舎と食事が提供され日暮れをもって作業は中止すると言う取り決めに沿った工事が進められてきた。

 ところが坑道現場では宿舎と言うより坑道の中に板の壁を付けただけの横穴で食事も殆んど無く、採掘の灯りが必要だと言う事で暖を取る薪も制限されていると訴えてきた。


 物資を持って救援に向かい作業員の解放を迫る予定であったが翌日から吹雪が続き山に入る事すらできなくなった。

 四日後吹雪がおさまり食料と薪を持った救援隊が山に向かい下山を促したが、作業員を坑道に閉じ込めて頑として聞き入れなかった。

 救援隊はやむを得ず物資だけ置いて下山してきた。


 仕方なくカマンベール子爵とルーク夫妻が下山命令を出してもらう為にシェブリ伯爵領に出向いて交渉をするべくカンボゾーラ子爵領城にやってきたのだ。

 シェブリ伯爵家からの連絡でこの城で交渉を行う事になった。

 今日ここで私たちを迎えて後明後日にはシェブリ伯爵家の家令がやってきてこの城で交渉が始まると言う。


 クロエは明日カマンベール領に帰る様に促されたが、交渉の場に私も出ると聞いて残て少しは家族に力になりたいと申し出た。

 彼女も何かできるとは思っていないようだが、来年は卒業でこう言った交渉事にも慣れて行かねばならないと言う意味でルークが参加させることを承諾した。

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