第29話 冬山の労働者(2)
【3】
シェブリ伯爵家の家令との交渉は午後から、到着は昼前になるだろう。
昼食を一緒にとってそのまま会談と言う事になる。
私たちは朝食後そのまま全員で打ち合わせを行っている。
会談ではアドルフィーネとナデタをメイドとして付けるが、実質はライトスミス商会のアドバイザーとしての参加である。チェルシーとウルヴァも経験の為同席させる。
もちろんカンボゾーラ家の家令であるミゲルとパブロも同席させる。二人とも正規の元ライトスミス商会員であり交渉事は経験を積んでいる。
それにライトスミス商会の商会員としてマイケルも呼び出したが居並ぶ四人のメンバーに委縮してしまっている。…特にメイド二人の威圧を受けて。
「それで奴らはあの山で何を掘ろうとしてるの?」
「本当にそれがさっぱり分からんのだ。以前から…ライオル伯爵家と繋がっていて何か情報を貰っているのだろうがのう」
「俺もこちらに来た時にライル家の旧家臣たちに聴衆したが何も知らされてはいなかったようだな」
カマンベール子爵とフィリップがそれぞれ答えてくれた。
「マイケル、ライトスミス商会でも調査はしたのでしょう」
「ええ、山師も入れて調査いたしましたがこれと言う物は発見されておりません。マイケルには過去の情報も収集させましたが旧デュポン男爵の時代から何か取りざたされている割に何も発見されておりません」
マイケルの代わりに兄のミゲルが答えてしまった。
「本当に何も出ないの? 可能性としてありそうなものは無いの?」
「以前から言われているように鉄と硫黄は出ますね。たいした量では無いようですが。カマンベール領からカンボゾーラ領にかけて何か所か硫黄の産出する場所が有りますし鉱泉水が出るところもあります。でも旧ライオル家やシェブリ伯爵家が固執している土地は本当に硫黄と鉄以外これと言って無いのですよ」
さすがに頭脳派のミゲルであるよく調べている。
「俺が思うにデュポン男爵家が何からしき物を見つけてそれが迷信の様に語り継がれているだけだと思うんだがな」
私もフィリップいう通りではないかと思うのだが、それならデュポン男爵家は何を残したのか気になるところではある。
「そんな事よりも山に囚われている作業員たちの事が一番気になりますわ」
クロエが控えめに発言するが今回の話し合いの主題でもあるのだ。
「作業員はシェブリ伯爵領の領民なんでしょうか?」
「ああ、シェブリ伯爵領で集められた小作農民だそうだ。それがな逃げ出した作業員はカマンベール領に永住したいと申し出ているんだ。どうもあそこも農民への待遇は酷いようだな」
クロエの質問にルークが答える。
メリルがそれに続けて説明する。
「救貧院から採掘所に駆り出された子供もかなり居ると聞いていますわ。なんでも狭い坑道で作業するには子供の方が適しているとか言って」
私も含めたライトスミス商会の男子たちが一斉に反応を示す。
「許せませんね。早急に手を打たねば」
「兄さんの言う通りだね。救貧院の子供と言う事は洗礼式前の子供が大勢いると言う事でしょう」
「許せねえなあ。絶対助けだしてやる」
また嫌な名前を聞いてしまった。救貧院が関わるなら私たちライトスミス商会の明確な敵だ。
「この工事にシェブリ伯爵側はどこの商人が関わっているのか判る?」
「運河工事の作業員の手配や監督はロワール土木ですね。まあ実際はその下請けが動いている様ですが。しかし採掘調査についてはこちらも寝耳に水の話だったので判っていません」
さすがのミゲルもシェブリ伯爵家が独断で送り込んできた採掘調査員にまでは手が回らなかったようだ。
「迂闊だったわ。こんなに早く採掘調査隊が乗り組んで来るとは思わなかったわ」
「セイラ様、それは今から嘆いても仕方ありませんわ。直ぐに商会員を手配して調査させましょう」
アドフィーネが私の嘆きにこたえる。
「あの…セイラ様。それならば多分オーブラック商会が噛んでいるのではないかと」
マイケルがポツリと言った。
「えっ! そうなのマイケル!」
「確証がある訳では無いんですけれどカマンベール領でのカンボゾーラ建設の工事進捗を見に行った時に耳にした事が有って…」
「オイ! マイケルそのような報告は聞いていなかったぞ。以前から報連相忘れるなと…」
「ミゲル! そうやって弟を威圧しない。マイケルも確証がある訳じゃないからって言っているじゃないの。ねえマイケルあなたが気付いたことを教えてちょうだい」
「ハイ、セイラ様。僕たちカンボゾーラ建設の作業員は旧ライオル領の元小作農たちです。以前元ライオル伯爵領でのロワール土木の人員確保をオーブラック商会が請け負っていたと…。シェブリ伯爵領がオーブラック商会の本拠地ですからあちらでも人員斡旋の利権を握っているそうです。だから山の作業員も多分…」
「その可能性は高そうだな。マイケルよく気付いたな」
フィリップがマイケルを褒める。
「それではもしかしてシェブリ伯爵領の救貧院の利権もオーブラック商会が握っているのではありませんか」
ミゲルも気付いて驚きの声を上げる。
パブロやアドルフィーネたちも救貧院と聞いていきり立つ。
「未だそうと決まったわけでは無いわ。先入観を持って事に当たると目的を見失うでしょう! 今考える事は山に閉じ込められている子供たちの救出! そのための交渉と対策を考える事。でもこのことは情報として頭の隅に留め置いてちょうだい」
どうにか私の言葉で興奮しかけたミゲル達を落ち着かせる様に促す事が出来た。
それに対してクロエやルーシーはポカンとして成り行きを聞いていた。
「いったい救貧院とは何なんでしょうか?」
カマンベール子爵領には救貧院が無く良く判っていないのだ。
「王国の救貧法に基づいて仕事の無い者に仕事を斡旋する施設ですわ。でも実際は子供や病人を奴隷の様に酷使する場所で、聖教会の教導派とそこに癒着した商人や貴族の利権の温床になっているのです」
簡単にルーシーやクロエに説明する。
ルーク夫妻も最近この件で救貧院の存在を知ったそうだ。
結論として今日の交渉は山中に籠る採掘調査隊に一旦採掘作業を中止して作業員を下山を許可させる事。
最低でも子供たちの下山、出来れば子供達を救出しカマンベール領で保護する事。
そして坑道内での洗礼前の子供の雇用をカマンベール子爵領では禁止する事を通達し、聖年前の子供に関しても雇用に制限を行うよう通達し受諾させる事だ。
そんな議論を重ねているともうすでに五の鐘を過ぎていた。
そろそろジェブリ家の関係者が来る頃だ。
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