閑話10 ウィキンズと王都 (2)

 ◇◆◇◇◇◇◇


 前夜、疲れた顔で帰ってきたボウマン副団長は朝早くに又出て行った。

 入れ替わりにやって来たレオナルドとウォーレンが王立学校の見学に行こうと誘いに来た。

 どうせ自分たちも入学するのだから下見ついでに一緒に行こうと言う事らしい。


 王立学校では校舎や宿舎の外観見学をさせて貰い、一般生徒宿舎の騎士団の先輩たちに顔つなぎの挨拶しに向た。

 先輩たちにレオナルドとウォーレンが俺の事情をえらく誇張して話してくれた。

 惚れた女を守るため手を出す貴族を叩きのめせるように近衛に入って不良貴族の動向を探るとか、貴族の従者連中を叩きのめす大義名分を得る為に近衛で勢力を伸ばすとか…。


 近衛騎士団ならば貴族の従者を叩き切っても、大義名分が有れば許されるという。その特権を利用するために近衛に入ると思われたようだ。

 騎士団員にとってはそれが正当化できるくらいに貴族とその従者を嫌っているのだ。

 それに騎士団員は卒業後はエリートと認められるが、どこの州に配属されるかわからない。

 しかし近衛なら平民出は出世はしないが王都から離れる事は無い。

 お嬢が王都にいる間は目の届くところに居られるのだ。


「それでお前の言うお嬢様ってどんな娘だ? さぞかし可憐な才女なんだろうな。それとも魔力が豊富な修道女か?」

「…。?」

 そう言うイメージはお嬢にはないなあ。

「商家の娘で才女だけれど可憐じゃないなあ。聖教会には通てって関係者だけれど聖職者には全然向かないし。魔力は高いって奥様が言ってたが魔法を使ったところは見た事無いし」


「…まあか弱いお淑やかなご令嬢って事だな」

「いや、か弱くはないぞ。十歳の時に冒険者崩れの暴漢を投げ飛ばして腕の骨を叩き折ったし」

「そっ…そんな噂が有る娘なのか」

「噂じゃない。その暴漢に追われてたのが俺で、お嬢が助けに入ってきたんだ。俺に体術を教え込んだのはお嬢だぞ。まあ今じゃあお嬢には負けないけどな」


「聖教会に通っているんだから信仰心の熱い娘なんだろう」

「そうでもないなあ。聖教会の司祭様たちには尊敬されているけど、やってる事は聖教会名義で子供を集めて金儲けだもんなあ」

「聖教会で金儲けって…」


「いや、違うぞ町の貧乏な子供たちの為にやってるんだぜ。だから司祭様たちに尊敬されているんだ。下町の子供たちが飢えないように、路頭に迷わないように聖教会と協力して算術や文字を教えたり工房を作って仕事をさせたりしてるんだ。厚かましくてたくましいけど、優しいとてもいい娘だよ」

「ゴッダードと言えば南部だなあ。清貧派の中心地だな…もしかして噂に聞いた闇の聖女様なのか?」

「違う、違う。聖女ジャンヌ様は隣のレスター州の人だ。お嬢は聖女には程遠いけどゴッダードの街でお嬢の世話になってない子供はまず居ないな」


「そう言う事か。お前も清貧派なんだな」

「ああ、そうだけども? ブリー州じゃあ清貧派しかいないぜ」

「清貧派の聖教会とつながりが深い商人の娘を教導派貴族の連中から守るのが使命か。平民出で地方出身でしかも清貧派じゃあ、近衛師団じゃあ爪はじき確定だからな。それを押して近衛に入ると言う事はそう言う事だったのか」

 何やら騎士団の先輩たちもベルナールとレオナルドも勝手に結論を出して納得している。


「おれは信仰心も薄いし聖教会にもあまり行かねえが教導派の貴族連中は大嫌いだ。清貧派の貴族なら話もするが、教導派貴族は俺たちの事を人だとすら思っていない。だから闇の聖女様にも期待してるんだ」

 レオナルドの言葉でなんとなく平民の教導派への忌避感が解ってきた。


「ブリー州と言えばロックフォール家はブリー州だったよなあ。たしかロックフォール侯爵家の中に小さな教会堂が有って、清貧派の教室と工房が有るぞ。俺の親父があそこの庭師をしていて、去年から妹が教室に通い始めてな。なんか『セイラ様の三つの誓い』とか言う紙を渡されて読み書きの勉強を始めてたなあ」

 …それは確かグリンダが作って聖教会教室に配布していたやつだ。

 しかしウォーレンの父親がロックフォール家の関係者だったとは。


「誰でも何かの役に立つ、命は金で買えない、知恵は盗まれない」

「ああ、それだ。それと後は掛け算表だな。ブリー州ではみんな知ってるんだな」

「…そのセイラ様っていうのがウチのお嬢だよ。今言ったのはお嬢の口癖だ。それを筆頭メイドのグリンダが勝手に紙に刷って清貧派の聖教会すべてに配布したんだ。そもそも聖教会教室も工房もお嬢がはじめた事なんだよ」


「ゴッダードでセイラて言えば、セイラ・ライトスミスの事じゃないのか? そのお嬢っていうのはその関係者か?」

「本人だよ、本人。セイラ・ライトスミスは十三歳の子供なんだよ」

「「…えっ? えっーーー!」」


 まあみんなそんな反応をするだろうなあ。その夜レオナルドとベルナールが部屋にやって来た。もちろんお嬢の話を聞くためにだ。

「いまだに信用できねえ。嘘じゃあないだろうが誇張され過ぎてないか?」

「そう言われるのは慣れたよ。でも俺は洗礼式の前からお嬢と遊んでたんだ。お嬢がチョーク工房を始めた時からずっと一緒にやってきた。だから、嘘も誇張もないんだ」

そして二人に洗礼式から後のことを話して聞かせた。自分でも話していて現実味が薄いと思うが事実だからなあ。


「親父の仕事柄、セイラ・ライトスミスの事は色々と聞いてるんだ。何せ妹が聖教会教室に通っているからな。マヨネーズの事もな。ゴッダードじゃあ庶民の食い物でも王都じゃあ超高級品だ。ロックフォール家でしか作っていねえ」

「街の店でも買えるが、ゴッダードからの購入品は余り日持ちがしないし輸送料もかかるからな」


「なあ、ウォーレン。ロックフォール家に連れて行って貰えないかなあ。あそこには仲間がいるんだ。俺の一つ上で昔の仲間なんだ」

「よしわかった。隊長に言って明日は休みを貰ってやるよ。近衛と予科の見学は明後日以降だ」


◇◇◆◇◇◇◇


「ここがロックフォール邸…」

ゴーダー子爵邸は知っているがまるで規模が違った。それこそちょっとした村くらいのデカさだ。

「口を開けていないで行くぞ。許可書は貰っているからさっさと来いよ」

ウォーレンは門衛に許可書を提示するとずかずかと邸内に入って行く。俺とレオナルドは慌てて後に続いた。


門から入って直ぐに教会堂が有った。その隣には教室と工房が有り、アバカスの音と子供たちの声が聞こえる。

俺たちはその横を通って本館の厨房に向かった。

朝食後の片付けの最中なのだろうか、見習いらしき少年たちが表の井戸端に食器を並べて洗っていた。


「すまない、見習い君たち。この厨房にダドリー・ボアと言うものは居ないかな?」

「…? ダドリー? いえ、聞いたことないです」

「…えっ、そんなはずないんだが。去年成人式を終えた料理人なんだが」

「それならアントルメティエが知ってるかなあ?」

「ザコさんなら知ってるかもな。でもなあ、あの人を煩わせるとほら…」


「そのアントルメティエとか言う人は難しい人なのかい」

「いやそんな事無ないですよ。親切だし気さくないい人だけど、年上の男連中に嫌われてるというかなんというか…」

「嫉妬されてのか?」

「うん、そうだね。嫉妬されてるのかな…」

「腕が良いんだろうな。若くて腕が立てば嫉妬されるのはつきものだぜ、騎士団でも同じだったからな」

レオナルドがしたり顔で言う。


「いえ、そう言う事じゃ無くて本当に嫉妬されてるんです。なんかザコさんに逆らったら屋敷中のメイドを敵に回す事になるんで」

「なにかいけ好かない奴だなあ」

「ザコさんはそんなこと思ってないんでしょうがね。あの人はどっちかって言うと女性が苦手なんですけど、なんでもてるんだろう?」


「おいお前ら、何をして…。おや騎士さん達何か御用ですか?」

奥から先輩格らしい見習いが出て来て言った。

「すみません。こちらにダドリー・ボアと言うものは居ませんか? 友人なんです。去年成人式を迎えたばかりの男で」

「聞いたことないなあ。成人式を終えたのならザコさんに聞けばわかるんじゃないかな」


「すみませんがその方に聞いて貰えませんか」

「良いですよ。アントルメティエちょっと聞きたい事が有るんですが」

先輩見習いが奥に声を掛ける。

「なんだー?」

奥から返事が返ってきた。

「ダドリー・ボアと言う人を探してお客さんが来てますが、ザコさんはそう言う人知りませんか?」


厨房の扉が開く音がして、どかどかと大きな足音が響いた。

「バカヤロー。お前ら誰に何聞いてやがる。俺の名前はザコじゃねえんだ。ダドリー・ボアはこの俺…。ウィキーンズ、ウィキンズじゃないか。お前でかくなったなあ」

「久しぶりだなあ。ダドリー…なんでザコなんだ?」


忙しい中ダドリーは俺の為に時間を割いてくれて厨房の隅にテーブルと軽食まで用意してくれた。

お互いに現状報告だが、横にいるレオナルドとウォーレンは、俺たちの会話を唖然とした表情で聞いている。


「なあ、セイラ・ライトスミスって化け物だなぁ」

「マヨネーズもファナセイラもセイラ・ライトスミスの発案だとはなあ。おまけに聖教会教室も工房もセイラ・ライトスミスが洗礼式後に始めたって、お前たちの話を聞かなければ信用できなかったぜ」


「まあゴッダードの聖教会では司祭長よりもお嬢の方が影響力がでかいからなあ」

「えー、ゴッダードは今そんな事になっているのか。さすがはセイラだね。そう言えばあいつメリージャの支店で新メニューを始めたらしいじゃないか。レシピを売って貰えないかなあ」

「それは、エマかグリンダに言ってくれ。それにパルメザンでも店を出すらしくてそこでも新メニューを考えてるらしいぞ。リオニーがそんな事を言ってた」

「リオニー? ああ、チョーク工房でエマの手下だった奴だな。獣人属の女の子の四人組の一人だよな」


「今じゃあ、グリンダの忠実な配下だよ。グリンダを教主にしてお嬢を崇め奉っているぞ。あいつらの前でお嬢の悪口を言ったら寄って集ってボコボコにされちまう」

「わかるぞ。女はこえーぇよなあ。ここのメイドさん達も同じだよ。気に入らない奴は集団で追い込まれて首にさせられちまうんだぜ。前のパティシエもに睨まれて首になっちまったし、俺の先輩だった見習い三人組もの画策で追い出されちまった。エマだってグリンダだってひどかったけれど、ここのメイドさん達も怖いよ。最近はグリンダが時々訪ねて来てここのメイドと何か画策してるしよう。ほんとに女は怖いよ」


「話を聞く限りじゃあ、俺はそのセイラとか言うお嬢さんが一番怖いね。南部・西部の州に勢力を伸ばして、メリージャ!? それってハウザー王国だろ。国外にまで店を持ってるって、それが十三の子供のする事か?」

レオナルドの言葉に続けてベルナールも話始める。

「しかし、ウィキンズが近衛に入る必要性は納得できるな。平民でもそこまで力と金が有れば貴族連中も放っておかないだろう。ただ一介の騎士に守り切れるかだな」


「俺たちが行く王立学校の軍務科は成績優秀者は特待生になれる。普通は上級貴族や近衛貴族の子弟に譲るもんなんだが、ウィキンズ、お前絶対特待生になれ。じゃないと守り切れんかもしれんぞ。武芸だけじゃ無くて座学でも成績優秀者にならなければ駄目だ。学年で三人の特待を目指せよ」

思った以上に大きな話になって、プレッシャーもきつくなって来た。


ダドリーが王都に出てからでも聖教会教室に工房、アバカスにリバーシにセイラカフェ、おまけにハウザー進出。

お嬢は今もパルミジャーノ州で何やら画策している様だが、二年後はもっと色々と厄介事を起こしていそうな気がする。

お嬢、頼むから少しは自重してくれよ。


そしてその夜もボウマン副団長は疲れた顔で帰ってきた。

この人も一体何の仕事を命じられているんだろう。

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