第145話 さわやかな朝
【1】
さすがにこれ以上王妃殿下に負担をかけたくないのでカプロン卿が退出してからは明かりを落とし眠って貰う事にした。
カタリナ修道女と二人の王立学校の修道女も帰寮して貰う事にし、ファナのメイドにはロックフォール侯爵家への状況説明と私たちの対処計画の説明を託し、又安全確保の為エヴァン王子たち留学生三人のサーヴァントを借りるので取り急ぎ代わりのサーヴァントとフィリピーナを寄越して貰えるようにライトスミス商会への使いもお願いした。
ロックフォール侯爵家なら意を汲んで独自にバックアップしてくれるだろう。ただ私たちが思っている以上に酷い報復を企てる可能性は有るのだが。
ジョン王子は私の部屋や治癒術士隊の部屋の準備やこれからしばらくの離宮内での対応の指示に赴いている。
しばらくしてフィデス修道女がゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家の交代要員を連れてやって来た。
このタイミングで私も眠る事にして部屋の隅に設えられたベッドに入ってからふと気づく。
あっ! 着替えの服を頼むのを忘れた。
そう思いながらも睡魔に勝てずそのまま寝入ってしまった。
【2】
割と気持ちのいい朝を迎えた。
もう既にアドルフィーネとナデタが王妃殿下の私室の厨房を使って朝食を整えている。
「ゴルゴンゾーラ公爵家のヨハネス様には昨夜の出来事は既にお耳に入れております。それから厨房のスタッフは全員邸内にて待機させ、朝からサロン・ド・ヨアンナの調理人達が入って食材の点検と朝食の準備にかかっております」
ナデタが手早く昨夜の状況を説明しつつデニッシュとベーコンエッグの朝食を側机の上に置いてコーヒーを淹れる。
「ああ、良い薫りじゃな。それはコーヒーなのかえ」
「王妃殿下におかれては、病み上がりという事で香りだけで御辛抱ください。その代わり暖かいミルクをお持ちしております」
アドルフィーネがそういうとスクランブルエッグとバターの乗ったホットケーキを乗せたトレイの横にホットミルクとシロップのピッチャーを置いた。
「良い良い、このケーキは絶品じゃな。このシロップをかけても良いのか? おお、これならば 病み上がりと言わず毎朝でも構わぬぞ」
「それで昨夜の尋問で護衛長と執事長それにメイド長と給仕長も関わっておられたようで御座います。全ての罪を料理長と毒見係のフランシス様に押し付ける予定だったと思われます」
「それでフランシスは?!」
「離宮の外の庭園で…服毒死だそうです。多分飲まされて捨てられたのでしょう」
「なんと…良く仕えてくれた心根の良い娘だったのに…」
「それと昨日饗宴場に居たメイドとサーヴァントは全て解放して職務に当たらせております。ただその時に邸内の雑事に当たっていた者と厨房からの運搬に携わっていた者は邸内待機で順次尋問を受ける事になっております」
「昨夜の晩餐会には邸内のメイドとサーヴァントが殆んど入っておったので、尋問対象は十人と言ったところかのう。毒見用の取り分けをした者は捕らえておるのだな」
「はい、その様で御座います」
「ならば朝食後に使用人名簿を持って来てたも。先ずは信の置ける者から仕分けじゃ」
王妃殿下も動き出すようだ。
私も朝食を食べながらアドルフィーネに指示を出す。
「ベアトリスの事だけれどカロリーヌ様に使いを出して貰えないかしら。それと…」
「それでしたらもう済みました」
そのベアトリスが治癒術士たち用に
「昨晩
ベアトリスが俯き加減でボソリと言う。
「カロリーヌ・ポワトー
さすが気遣いの人カロリーヌ・ポワトー
「あのそれで…」
「その折にイブリンに頼んで着替えの服も届けて貰うように手配いたしました」
アドルフィーネがそう言うと、寝室のドアが開きウルヴァがひょっこりと顔を覗かせた。
「セイラ様、お召し替えを致しましょう」
そう言って私の普段用のドレスを持って入って来た。
部屋の外ではイヴァンたち近衛騎士と従卒たち六人がテーブルを囲んで朝食を頬張っていた。
さっきからイヴァンたちの機嫌の良さそうな声が聞こえていたのはウルヴァが彼らの朝食を準備していたからだったのだろう。
【3】
「それで王太后の御様子はどうなのかしら」
「はい、先ほど朝食の材料をいただきに参った時には未だお目覚めになっておられなかったようです」
着替えを終えて洗面を済ませた私にパイル地のタオルを渡しながらウルヴァが答えてくれた。
「其方のタオルだが何やら変わった生地であるな」
「それは聖女ジャンヌ様が考案なされたジャンヌ織りと言う織り方で織られたタオルで御座います。王妃殿下も洗面と併せてお身体もお拭きいたしましょう」
治癒術士も二人が慌てて王妃殿下の側に駆け寄りお湯で湿らせたタオルを準備し始める。
「これは! 心地よい肌触りじゃな。糸も特別なのか。どこで購える?」
「普通のコットンで御座います。ジャンヌ様が織機も考案されまして大量に作れるようになりましたから今は安価になっております。シュナイダー商店が取り扱っておりますからオーブラック商会に申されれば特注品を用立ててくれると思います」
「アドルフィーネ、エマ姉が聞けば拗ねるわよ」
「シュナイダー商店という事はあの娘か。よく気が付くなアドルフィーネ。オズマ・ランドックを呼んで手配させよう。あのエマ・シュナイダーが拗ねる顔を見てみたいからな」
そんな事を言いつつ体をふき終わった王妃殿下は手渡された使用人名簿と鉛筆を手に取った。
「ペンではないのか? 黒炭でも無いようだが…。なんじゃこれは? 黒くて書きやすい。いったい何と言うものじゃ」
「アヴァロン商事が開発した鉛筆と申す物です。書き損じてもパン屑で消す事が出来ます。持ち運びも簡単で先をナイフで削って使えば済むので芯が折れても大丈夫です。芯先に専用のキャップを付ければ移動中に折れたりすることも少なくなります。それに安全な鉛筆削り器も開発しました。これは鉛筆を刺して手で回すだけで綺麗に削れ、削りカスは箱の中に納まります。これも小型なので…」
「セイラ様! そういう事は今仰らずとも特別品を作り王妃殿下に献上すれば良いのです。キャップ付きの鉛筆と鉛筆削りを専用の箱に入れて家紋を付けて献上いたします、王妃殿下」
「パン屑も?」
「セイラ様!」
「ほんによく気が付く有能なメイドじゃな、其方らは。直接雇い入れる事は出来んが、交代で其方らのもとに修行に出す事は出来るかのう」
「そちらに控えるベアトリスはそう言うメイドで御座います。ポワトー
「そうか、ならば私の離宮でも導入しようではないか」
「そうだ、ウルヴァ。私にも紙と鉛筆を持って来てちょうだい。王太后殿下がしばらくこちらで暮らされるのならば生活改善のための処方箋を作らなければいけないから、とりあえず朝のメニューだけでも早急い準備して貰わなければね」
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