第144話 それぞれの想い

【1】

 エストレラ・カプロン卿はこの状況に些か戸惑っていた。

 現役の伯爵の側付きメイド、そして公爵家や侯爵家の使用人、更には他国の王族のメイドや治癒術士を勝手に取り仕切っている子爵令嬢という存在に。

 対応や指示は明確で的確、特に異論をはさむ事は無いが、その態度は王族の前に有って不遜、それをあのプライドの高いマリエル殿下が咎め立てすることすらない。


「王妃殿下、宜しいのか? 僭越で無礼とは思うので御座るが…その殿下に置かれては獣人属にあまり良い印象をお持ちでないと認識しておったのだが」

「まあな。生まれや教育も有ったのであろうが、今でもハウザー王国の獣人属は好きではない。ただ個人に有って信頼に足る者か、能力や技量の有る者かという事ならそれは別。そこなアドルフィーネの実務能力は並の官僚では到底及ばぬ。先程ナデタの戦闘を見せて貰ったが、力業なら卿でも後れを取るかもわからぬぞ」

 その言には少しカチンときたが、本人が意識を変えてくれるなら何も問題は無いだろう。


「それを伺えたなら、申す事は御座らん。今すぐ拙者が取り仕切って対応致そう。悪いが王妃殿下と王子殿下で内密に話がしたい。そこな近衛騎士三人! 其方らは応接の獣人属サーヴァントと図って寝室扉前とこの私室の警備を行え。メイドと治癒術師は拙者の命としてすべて寝室外に一旦待機させよ。拙者も詳細を詰めた後直ぐに合流する。それから解っておると思うがここでの話は他言無用だ!」

「「「はっ」」」

 イヴァン達三人は直立で敬礼するとすぐさま走って室外に出て行く。


「それで、セイラ・カンボゾーラとやらは、いったい何者で御座るか?」

 そこで王妃殿下や王子殿下から聞かされた話に驚愕と疑問は募ったが、あの娘が何なのかさっぱり判断がつかなかった。

 判ったのは只者では無い事、そして敵に回してはいけないという事だった。


【2】

「後はベアトリスだが、其の方なんとかならんか」

 そうジョン殿下が仰られた時にベアトリスはもう駄目だと思った。

 私はいつも運が悪い。

 出て行く時にイヴリンが『ベアトリスは美味しいものが食べれて~、ホント~に羨ましい~♪』などと言っていたが、結局このざまだ。


「ベアトリスは…ポワトー伯爵家の家臣ですから…」 

 セイラ様が何か仰っているが、どうせ王家に押し切られてしまうのだろう。

 まあこれと言った取柄も無く大した能力も無い私がその様な大役は無理だと言えばどうにか辞退出来るかも知れない。

 こんな威圧感の塊の様なメイド二人に挟まれて仕事なんて、絶対ムリなんだから。


「ナデテが太鼓判を押したと申していたではないか。どうにかならぬか」

 …死んだ!

 今死刑宣告がなされた…。

 何より王妃殿下から要請が行ってカロリーヌ様が突っぱねられるはずも無い。

「カロリーヌ様に伺ってみます」

 ベアトリスは力なくそう答えた。


【3】

 マリエル王妃はあらためてエストレラ・カプロンに問われて思った。

 部屋の内にも外にも獣人属が居る状況も以前の様に嫌悪感を持つことなく了解できる。

 ヨアンナの様に周りに獣人属の少女を侍らせて悦に入る趣味は無いが、ここに居るような有能な者なら大歓迎だ。

 話しながら多分そこにいる不遜な小娘に私も毒されているのだろうなあと思う。


 不誠実な者や愚か者は大嫌いだが、不遜だが有能で芯の通っているこの娘相手なら嫌う理由は無い。

 利害が合わねば敵対するが、一致するなら心強い相手ではある。

 そう考えればファナ・ロックフォールであれヨアンナ・ゴルゴンゾーラであれ同様だ。

 まあああ見えて情に脆いヨアンナ・ゴルゴンゾーラは別格か。

 性格は合わないがあの娘は裏切る事は無いと思えたからジョンの許嫁にしたのだから。


 そしてその二人だけでなくカロリーヌ・ポワトーや聖女ジャンヌをも取り込んでいるこの娘の影響力には改めて恐れ入る。

 実質のシャピの内政を牛耳っているのは多分この娘だろう。

 先月のアジアーゴの封鎖作戦を指揮したこの娘なら、今後北海の制海権を握るために使えば即座に対応できるだけの技量は持っていると思う。


 息子のジョンとの仲もかなり良好なようだ。本人たちは否定しているが、ライバルであり腹の内を晒し合う友人というような関係なのだろう。

 そう思うとこの先ジョンの治世は安泰だと思えてくる。

 元々の地盤の東部の有力貴族や官僚の有能な子弟、南部一帯を仕切る大貴族家、北西部を押さえる大公爵家、更に北部や西部の新興貴族に北海を押さえる伯爵家、さらにハウザー王国の王族だ。

 エヴァン王子が即位に失敗しても国境辺のハウザー王国北部諸侯は親ラスカル王国の路線を貫くだろう。


 ならば母として即位までの道筋に転がる有象無象を焼き払ってその道を盤石にしてやろうではないか。


【4】

 エストレラ・カプロンは光の聖女の話を聞かされた時はさすがに信じる事が出来なかった。

 セイラ・カンボゾーラは理屈は有るのだとこれは技術だとそう言うがだからそれを信じろとは言えない。

 しかし部屋に居る治癒術士たちは驚きと興奮で受け止めているが、不可能だとは思っていないことは明らかだ。


「セイラ様、心肺停止からどれくらいたっていたのでしょうか?」

「フィディス修道女は三百を数えていないと言っていたわ」

「でも、そんなに時間が過ぎて…」

「やはり心臓に光の魔力を」

「厳密には心臓の鼓動のリズムを復活させると言う…」


 専門的な事は理解できないが奇跡としか思えない。

「まるで神の御業ですね」

 王妃殿下の言葉に思わず本音がついて出る。

「神ではない! あのような女を蘇らせるのは悪魔の所業だ!」


「ごめんなさい。それは私もそう思った」

 すんなりとセイラ・カンボゾーラに謝罪されて一気に興奮が冷める。

「いや、大人げなかった。あのまま死なれていれば更に面倒な事になっておった。これで王子殿下の仰る通り拙者らに有利になる。そうと判れば早速動きださねばな光の神子を押し立てて推して参ろう」

 そう言うと彼はすっくと立ちあがり寝室を出た。


 扉の外で火搔き棒や鎖を持って待機していた近衛騎士団の生徒に声をかける。剣が無い状態で代わりの得物を代用するその気概は中々に見どころが有る。

「貴様ら、ついて参れ。武器を渡してやる。それから拙者のする事を良く見ておけ」

 三人の騎士が付いて来る。


 王妃殿下の私室を出るとちょうど手配した三人の近衛護衛騎士が階段を上がってきたところだった。

 手早く指示を出すとカプロン卿はイヴァン達三人を伴なって警護控室に入り装備を付けさせる。

「警備長、毒見係だったメイドのフランシスは見つかったのか?」

「いえ、部屋に人影は無く邸内にも…。多分逃走したと」

「今日の毒見役は男だったと聞くが?」

「それは、メイド達の勘違いではと」

「ではその男の毒見とやらは探しておらんのか?」

「顔も分らぬあやふやな証言では、何より証言している者の半数近くは獣人属ですし」


「判った。おい、三人! こいつを捕縛しろ抵抗すれば殺しても構わん」

 即座に三人が警備長に襲い掛かり床に転がすとあっと言う間に締め上げてしまった。

「驚いた。手際が良いな」

「はい、先輩に徒手格闘の達人がおりまして薫陶を受けました」

「離せ! カプロン中隊長! 俺は侯爵家の縁者だぞ外様の伯爵の分際でどう言うつもりだ」

「王妃殿下暗殺未遂の共犯者だ。縛り上げて猿轡を噛ませておけ。近衛護衛兵! 執事長、メイド長、給仕長を直ちにここに呼べ! 抵抗すれば捕縛して連れてこい」


「カプロン中隊長殿、料理長は宜しいのですか?」

 ウラジミール・ランソンの問いかけにカプロン中隊長は無表情に答える。

「彼は後だ、一番嫌疑が薄く高位貴族の後ろ盾も無いので多分シロだ。だから尋問の内容を聞かせる訳に行かん。物事には手順と言うものが有るのだ」


 執事長達三人が連れて来られると部屋の中の状況を見てギョッとした表情を浮かべた。

「扉の前にも部屋の周辺にも誰も近づけさせるな! 分かったらさっさと持ち場に付け! ヨセフ・エンゲルス騎士団員、施錠して貴様の持って来た火搔き棒を閂代わりに差しておけ」


 それを聞いて連れて来られた三人が顔色を変える。

 それから後は夜更けまで三人の罵り合い懇願する叫び声が響き渡った。

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